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【五十嵐 秋人編一零】プロローグ
しおりを挟む一学期の修了式が終わった。俺…五十嵐 秋人は人生で初の告白を幼なじみの双葉 いのりにすることにした。
教室はこれからの予定について和気あいあいと話し合い、騒がしかった。
俺はいのりに話しかけ、話があるからと屋上へと向かった。
『………』
一一教室を出た俺たちを信司が見つめていたことなんて、知らなかった。
屋上に出ると暖かな春の風が吹いていた。二月は少し寒かったが、三月から徐々に暖かくなっていったのはつい最近のことだ。
『暖かいな…いのり…』
『………』
いのりの方へと振り向くと一一彼女は微笑しながらコクリと頷いた。
いのりは、昔から喋れなかった。
夜神町…それが俺達が暮らしている町だ。
夜神高等学校に通っている生徒は、夜神町出身者が多かったが、双鬼村の出身者も通っていた。
まあ、夜神町や高校についての話はまた後ほどしたいと思う。
一一今は、いのりにどうやって告白するかが問題だった。
昨日の夜からどう切り出せばいいのか、告白する方法を色々と考えては見たが…一向に良いアイディアは浮かばなかった。(しかもあまり眠れなかった)
幼馴染みである緋都瀬達に言うわけにもいかない。
どう話を切り出そうかと、色々と考えていると、制服の袖を引っ張られた。
『悪い…ちょっと、座ろうか…』
『……』
いのりは首を縦に振った。秋人といのりは屋上の入口から数歩進んだところで止まり、腰を下ろした。
一一俺といのりは、よく学校の屋上で話をしていた。
話したいと思った時は、屋上で話すということはいのりと昔から決めていたことだった。
いのりに告白するのを、どう話し始めれば良いかと迷っていると…いのりはいつも、持ち歩いているスケッチブックに文字を書き込んで、自分の想いを伝えた。
【アキ…あなたに伝えたいことがあるの】
『伝えたいこと…?』
いのりの言葉に心臓が高鳴るのを感じた。
『もしかしたら…いのりの方から告白されるのか…!?』
期待に胸を膨らませながら、いのりがページをぺくり、言葉を書き込んだ瞬間一一ドアが開いた音がした。
『はぁ…はぁ…ハハハハハ…!』
『信司?』
突然現れたのは…信司だった。俺は信じられない目で信司を見つめた。
『なんでこんなタイミングにアイツが来るんだ?』とかそんなことでない。
一一嫌な予感がした。信司の様子は明らかにおかしかったからだ。
息を整えた信司は一一カッターナイフを取り出した。
『おい、何してる!?やめろ!!』
『来るなっ!!いのりちゃんがどうなってもいいの!?』
『くっ…!』
信司は走り出すと秋人といのりの前まで一気に近付いてきた。
信司はいのりの手を引いて、フェンスの前まで来るといのりを人質にした。
信司の言葉に俺は何も出来ず、その場に踏みとどまるしかなかった。
ここは屋上だ。
もし、飛び降りたら、いのりの命はない。
緊迫した状況だったが、ふと、いのりの様子に疑問を感じた。
いのりは、信司に抵抗しなかった。
普通の女子高生なら、怖がったり、怯えたりするはずだ。
だが一一いのりは…信司がしたことを『待っていた』とばかりに微笑みながら信司の元へと連れて行かれた。
俺は信司にゆっくりと近付きながら言った。
『信司…落ち着け…やめるんだ…!』
『ひっ…来るな!!来るなあ!!』
『一体…お前は何に怯えてるんだ!? そんなことをして何になる!!いのりを放せ!!』
『うっ…う…ぐ…ダメなんだ…!ごめん…ごめん…アキ……いのりちゃん…!』
『……っ!』
『………』
一一この時の俺は…信司のやっていることが理解できなくて、問いかけることしか出来なかった。
信司は、泣きながら、震えた手で…カッターナイフを秋人に向けながら言った。
俺達の会話を聞いていたいのりの行動に、俺は目を見開いた。
『あれ…?』
『いのり…?』
『…………』
一一いのりは、信司の腕から抜け出した。
唖然と見ていることしか出来ない俺達に、いのりは屋上の金網をよじ登り、向こう側に行った。
我に帰った俺は、慌てて彼女を呼び止めた。
『いのり!!やめ、』
『……一一』
一一幼い頃の起こった《とある事件》のせいでいのりは、喋ることが出来なかった。
だから、彼女が口を開いて、何を言ったのかは分からなかった。振り向いた時のいのりは、穏やかな顔をしていた。
いのりは…金網から手を放すと一一下へと落ちていった。
***
「……ら…い…し…」
一一誰かが、呼んでいる。
「うるさい…」と思いながら、目を開けると一一
「ん……」
「やっと起きたか。この寝ぼすけ」
あ…今国語の時間だっけ…
しかも、国語の担当は、竜舞であった。竜舞はため息をついた。
「放課後、覚えとけよ」
「はい…」
俺と竜舞先生とのやりとりに、クラスメイト達はクスクスと小さく笑い声を立てていた。
竜舞が咳ばらいをすると、教室の中は静かになった。
「34ページの二行目からだぞ」
「……」
音読の時間だったらしく、竜舞はページと何行目かを言おうとした。
それより先に俺の席から斜め席に座っている緋都瀬が教えてくれた。
「鏡野…」
「はは…すみません!口が滑っちゃいました!」
苦笑しながら、言った緋都瀬に竜舞はニヤリと笑うと、彼に言った。
「よし。お前も放課後残り決定な」
「はーい…」
「……」
(あとで謝っておこう…)
秋人は緋都瀬に悪いと思いつつも、音読を始めた。
夜神町。
周りを山で囲まれている小さな町だ。
人口は三万人。田舎町だが、水も空気も上手い。
最近になって大型スーパーが建設され、俺達のような高校生でも自転車で行ける距離にあった。
高校一年の担任は竜舞先生だった。二年生の担任も竜舞先生になったことには驚いた。
俺と緋都瀬、信司、玲奈、羽華、真樹絵、いのりは幼なじみだった。
『双鬼村』から夜神町へと引っ越してきたのだ。
その引っ越しには理由がある。
十年前に起こった大規模な山火事が原因となったのだ。
その頃、小学生だった俺は緋都瀬達と一緒に遊んでいたことが多かった。
真樹絵は昔から体が弱く、中学一年生の時から鏡野病院に入院し、療養することになった。
学校の勉強は通信教育で補っており、緋都瀬が宿題を持って行ったり、ノートを見せていた効果もあると思う。
信司にも変化があったが…それは、あとで話すことにする。
高校の話に戻ろう。
一年生の時に使われていた校舎は、『旧校舎』と呼ばれ…近々取り潰されることになる。
理由は……一年生の終業式に屋上で起きた事件が原因だった。
《双葉 いのりの転落事故》
屋上から落ちたいのりは即死のはずだが…死体は見付かっていなかった。
今では行方不明扱いになっている。
《夜神校の怪事件》
一転落死した彼女はどこへ?一
翌日には新聞、ニュースで報道され、世間に伝えられた。
夜神町は小さな町なので、噂はすぐに広まった。
『怖いねぇ…』『若いのにどうして…』『高校生同士の喧嘩?』など…様々な噂が飛び交っていた。
信司は屋上での事件以降…不登校となり、精神に異常があるとされ、精神病院に入院することになった。
あの日を境に信司は、お見舞いに来た緋都瀬を見る度に『ごめんなさい』『許して』と言ってるらしかった。
今の俺にとって信司はどうでもいい。
いのりの行方が一番気になっていた事だった。
「………」
放課後、俺と緋都瀬は竜舞先生と共にノートとプリントを運ばされていた。
ふと、窓を見ると一一《旧校舎》が見えたので俺は立ち止まった。
(いのり…)
竜舞は立ち止まり、振り返ると、秋人を心配そうに見つめていた。
緋都瀬は、秋人の傍まで行くと、静かに話しかけてきた。
「早く…見つかるといいな」
「あぁ…」
「行こうぜ。先生待ってるし…」
「悪い…」
「気にすんな」と言って緋都瀬は笑顔で言った。
気を取り直した秋人は、緋都瀬と共に歩いていき、竜舞と一緒に職員室に入っていった。
END
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