鬼手紙一過去編一

ぶるまど

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星屑の唄

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【坂井家*坂井 真人編】一第五話一






【真人視点】


真咲と仲直りすることが出来た。 奇跡のようなものだった。 数日間真咲がいなかった分を埋め合わせる為に、私は中庭で子どもたちと遊ぶことが多くなった。  前の私だったら、考えられない事だった。

これから…時間を掛けて真咲や真樹絵と過ごしていこうと思っていた矢先に…夜神町から遠野達がやって来た。
RTE。 時を越え《確定された未来》へと飛ばし、ひとつの悲劇を迎える。 悲劇が終わると、時間は巻き戻り、また同じことを繰り返す機械。 RTEも私達にとっては衝撃的だったが、真咲達が鬼人の実験体になるということだ。

ふさげるなと怒鳴りたかった。 子ども達に罪は無いと言いたかった。 だが、声を上げることは無かった。 代わりに力也が怒鳴ったからだ。
遠野達を止めることは出来なかった。 鈴鹿御前の預言は絶対に外れることは無い。 明日の夜になれば…真咲達は地下研究所に連れて行かれてしまう。
認めたくない現実が、次々と押し寄せて来た。 受け入れろということが、難しいと思った。

診療所で入院している緑子には、その日の内に話した。 緑子は長い間黙ったままだった。 心配になった私は「大丈夫か?」と問いかけた。 少し間を置くと、緑子は「うん」と返事をすると、ぽつりと言った。

『なんで…人って分かり合うことが出来ないんだろうね』
「…さあな…私が聞きたいよ」
『そうだよね…答えを知ってたら…真人さんなら答えてくれるよね』
「ああ…」

上手く…言葉が見つからなかった。 私よりも子ども達と長くいれなかったのは緑子の方だった。緑子の気持ちを考えると、私は胸の中が苦しくなった。 彼女はそっと息をつくと言った。

『わたしね…信じてたの。 大昔に喧嘩したっきりの夜神町の人達と双鬼村の人達が手と手を取り合えるだろうって…』
「………」
『でも…ダメだったね……これだと、わたしの夢も諦めるしかないかなぁ?』
「……」

緑子の夢とは一一双鬼村に図書館を建てる事だった。 本が好きな真咲や羽星海の為に緑子が建てようと提案してくれたのだ。『もっと双鬼村を豊かにしたい』という緑子の夢を叶える為、私は建設会社で働いていた。 図書館の設計図は出来ているのだが、問題は大婆様の許可と村人達の認可説明だった。 それさえクリア出来れば、図書館を建てることも出来たかも知れないのに…水の泡となってしまった。


『そう言えば…わたしって…いつも真人さんに心配掛けちゃってるね』
「気にしてないさ。 いつか君の夢は叶うときは来るから…どうか、諦めないでくれ」
『…真人さん…』


緑子の声が、震えた声になった。 泣きそうになっているのだろう。 彼女は人前で泣くことはない。 人に迷惑がかかることが嫌なのだと言っていた。 隣にいれば…彼女の事を抱きしめてやれるのに…と何度思っただろう。

「明日…仕事が休みなんだ。 真咲と真樹絵を連れて…お見舞いに行くよ」
『あら…! うれしいわ! 楽しみにしてるね!』
「楽しみにしててくれ。 じゃあ…また明日」
『はい。 おやすみなさい』
「おやすみ」

受話器を置いて、通話を切った。 久々に緑子と長く話した気がする。  欠伸をひとつすると2階の寝室に向かおうとした時一一電話がまた鳴った。

「?」

歩き去ろうとした足を止め、黒電話の方を振り返った。 こんな時間に誰が掛けてきたのだろうか? 疑問に思いつつも…真人は電話の方に再び向き直ると、受話器をとった。

「はい…もしもし?」
『いやー…夜分遅くに申し訳ないですなぁ…! 坂井殿…!』

「遠野…?」

電話の相手は遠野だった。 声の音色が変わった事に遠野は一瞬怯えたが、一つ咳払いすると言った。

『いやー…実はですね…貴方に相談があるのですよ』
「何ですか?」

『単刀直入にお伝えします。 

貴方が私に《双鬼村の歴史》と《ご先祖様方の真名》を教えて頂ければ…RTEの発動と鬼人の実験は中止致します。 いかがでしょうか?』
「一一」

私は、遠野の言っていることが理解出来ず、固まってしまった。 頭の中で何度も言葉を反復し、ようやく理解すると、私は言った。

「ふさげるな…! そんな条件呑めるわけが一」
『おやおや~! 残念ですなぁ…貴方が条件を呑み込まなければ…この村の村人達は、《滅び》ますぞ?』
「くっ…!」
『明日の夕方まで待ちます。 その間に考えておいて下さいね。 では。 失礼しますぞ』
「なっ…明日の夕方…!? おい!!待てっ!!」

私の叫びも虚しく…遠野は電話を切った。 かけ直す気にもなれず…その場に崩れ落ちてしまつまたのだった。

***


昨日の約束通り…真咲と真樹絵を連れて緑子のお見舞いに来ていた。 《運命の夜》が来るまで普段通りでいようと提案して来たのは、緑子だった。 私も提案に賛成した。 私と緑子…そして真咲の思いは同じだった。 幼い真樹絵だけは守り抜こうと誓ったのだ。

真樹絵は寝る時に私と真咲と一緒に寝たのが、嬉しかったのか…彼女はいつもより楽しそうだった。 いつもは緑子の膝の上で絵本を読むのだが「今日はお外で遊びたい! お父さんきて!」と誘われてしまった。 苦笑すると、病室に真咲と緑子を残して、私と真樹絵はボールの投げあいっこをした。

「……」
(もうすぐ…夕暮れか…)

遠くの森で、烏が鳴いているのが聞こえた。 空が橙色に染まっていくと…遠くの方で何かが見えた。 遠野だ。 約束通り…私の答えを聞きに来たのだろう。

「……」

ちらりと病室の方を見ると、真咲と緑子は話し込んでいる様子で、こちらに気付くことはないと思った。 ボールをついて、私に投げ返そうとする真樹絵を制すると、彼女の元まで行き、屈んでから言った。

「お父さんな…お客さんと話さきゃいけないんだ。 ここで待ってろ。 すぐに戻る」
「え? うん…わかった!」
「…いい子だ」

笑顔で言った真樹絵に微笑して頭を撫でると、私は遠野の元へと向かった。 遠野の目の前まで行くと、ニヤリと笑いながら遠野は言った。

「さて…答えは決まりましたかな?」
「……断る」

遠野を睨み付けながら、言った。肩をすくめると遠野は言った。

「何故ですか? 貴方にとっては好条件だと思うのですが…?」
「…私の家は、祖父の代から双鬼村の歴史と各家の先祖の真名を守ってきたんだ。 よそ者のお前に教える必要はない」
「なるほど…さすが…理知的な坂井殿ですなぁ…では、何をされても、文句は言えませんな?」
「は?」

肩を竦めた遠野は、手元から注射器を取り出すと私の腕に突き刺してきた。 避ける事も払うことも出来なかった。 目を見開く私と嫌らしい笑みを浮かべながら、黄金色の液体を注射する遠野と目が合った。

「一体、何を…!!」
「それは…《姫ノ神様の贈り物》ですよ。 坂井殿」
「あの…女の子の事か…?」

遠野から距離をとると、私は注射された腕を抑えながら言った。 私の言葉に遠野は頷いた。 私の脳裏には…真樹絵と同じ年頃をしていた《翠堂   咲羽》の姿が浮かんでいた。

「いかにも。 貴方に注射したのは、鈴鹿御前様の力の一部ですよ」
「その力とは…なんだ…!?」
「簡単に教えるわけがないでしょうが!! ひゃははははは!!」
「……」

何が楽しいのか。 遠野は突然笑いながら、森の奥へと消えていった。 ただ、私は呆然と遠野の姿を見ていることしか出来なかった。

***


診療所で緑子が一日だけ家にいることが分かった。 私は嬉しかった。 離れ離れになったままで《運命の夜》を迎えることを恐れていたからだ。
遠野に《何か》を注射されたことは、誰にも言っていない。  私だけの秘密にすることにした。

約束の夜…遠野と闇月がやって来た。 遠野とは昨日の夕方に会ったばかりなので、あまりいい思いをしなかった。 真咲は遠野達に連れて行かれる時…ずっと顔を下に向けていた。 私達に振り向くことはなかった。 最後まで真咲は、私達に気を使っていたのだと思うと…胸が締め付けられた。

真咲が連れて行かれてから数時間経った頃…私に異変が起きた。 ぼんやりすることが多くなったのだ。 視界も霞むのが分かった。 緑子は心配していたが、何でもないと誤魔化した。
1人で診療所に行くことも考えたが、止めた。 泰斗に症状の説明をする際に勘づかれてしまうと思ったからだ。
念の為鏡台で、自分の顔を確かめてみると…ありえないものが写っていた。

(目が…金色になっている…!?)

私の目は《金色》に輝いていた。 緑子は何も思わなかったのだろうか? 何故気付かない? 自分に起きている変化についていけなかった。
考えれば考えるほど、悪い方へと考えが傾いていった。 私は考えることを放置した。

「………」
(何があっても…あいつにだけは頼らないぞ…!)

遠野に電話で聞いてみることも考えたが、それも止めた。 鏡の中の自分を睨み付けた。 
それは異変が起きている自分自身を誤魔化すためでもあった。

***

中庭が見える居間で、私と緑子は真樹絵を抱きしめながら、《運命の夜》に備えた。
何故かは分からないが、私の脳裏にはっきりと《運命の夜》がやって来る時刻と日付が分かったのだ。
理由を考える余裕はなかった。 とにかく…真樹絵と緑子だけは守り抜かねばならないと思ったからだ。
《運命の夜》がやって来た瞬間一一黒い触手が私と緑子の足元に巻き付くと抗う暇もなく、黒い穴へと引きいられてしまった。

「………」
(ここは…どこだ…?)

穴に引きずり込まれてから、再び目を開けると私は椅子に座らされていた。 両手と両足は拘束され、身動きがとれなかった。 周りを見回すと、丸電球に、大きな機械があった。 どこかの地下室のような所に来て、何故私は拘束されている? 

「お目覚めですかな? 坂井殿?」
「…遠野…」

遠野がゆっくりと歩きながら、やって来た。 自分の声が掠れていることに気付いた。 私はコイツに聞きたいことがあったのだ。 霞む視界の中で、遠野に問いかけた。

「本当に…私に…注射したのは…鈴鹿御前の力なのか…!?」
「…さすが…坂井殿。 貴方は賢い方だ。 いつまでも隠しておくのも、申し訳ないので言わせて頂きます。

貴方に打ったのは鈴鹿御前様の力ではありません。 我らの信仰する神…《夜刀神》様のお力です…!!クククククク…!!」

「なん…だと…!?」

《夜刀神(やとのかみ)》。 生と死を司る神であるとされ、《月裏の世界》の創造神と言われている。 神話上の神だと思っていた真人にとっては衝撃的だった。

「《夜刀神》様は、人間の精神を支配することに慣れておられましてなぁ…どうしてもお力が必要だったので、使わせて頂いたのですよ」
「くっ…! 嘘つきめ…!」
「何とでも仰らればよろしい。 貴方の目は《極彩色の瞳》となっております。

つ   ま   り …貴方は私の言うことをなんでも聞いてしまうんですよ」
「あ、あ……まさか…!!」

遠野の言葉を聞いた瞬間、真人の顔から血が引いていった。 必死に両手両足の拘束を解こうともがいたが、動かなかった。
そんな真人を見て、遠野は目を細め口元に笑みを浮かべると、彼の耳元まで口を近付け囁くように言った。



「《真人君》?  双鬼村の歴史とご先祖様の真名を…教えてくれるかなぁ?」
「一一はい…」


真人の目が金色に輝くと、全身から力を抜けていた。 長年守ってきた秘密を、遠野に全て…話してしまった。 話し終えた後、真人の目は元通りになったが、目は虚ろになると一筋の涙を流したのであった。

***


その後小型化されたRTEの首輪を付けられ、私は瞬間移動した。 気が付ければ…炎に包まれた我が家が目に映った。 頭の中に浮かんだのは真樹絵の事だった。

「まき…え…」

震える手で無意識に千里様のお力をお借りし、真樹絵を探した。 真樹絵は2階にいた。 傍には一一遊糸と…頭に風穴が開いた真咲がいた。
真咲は…遊糸によって…殺されたのだ。

「うっ…うう…!! 真咲…!!」

両目から涙が滝のように溢れると、私は、燃え盛る家を見つめた。 真咲の死を嘆く暇もなく、真樹絵が遊糸によって連れていかれようとしていた。

「私の…娘を、返せ!!!」

千里の力を掌に集中させた。 光の玉が形成され、地面へと叩きつけた。 すぐに光の玉は戻って来ると、光の玉から真樹絵が現れた。 しっかりと抱き留めると姫抱きにした。

「…お前だけは…守るよ…真樹絵…」

真樹絵の頬を優しく撫でた。 彼女は寝息を寝てて、眠っていた。すぐに遊糸が追ってくるだろう。 真人は助ける事が出来なかった真咲に心の中で謝ると、瞬間移動で姿を消した。


***


「緑子! 無事か!!」
「真人さんっ!!」

瞬間移動している間に真人は緑子を見つけ出した。緑子の前に現れると、真人は緑子を抱きしめた。

「よかった…真樹絵も無事だったんですね…」
「緑子…真咲のことは…?」
「知ってます…千里様に教えて頂きました…」
「…そうか…」

頭の中に浮かんだのは《真樹絵の安全確保》だった。
大きな木の根元に真樹絵を置くための小さな穴を作った。 葉で出来た簡素なベットに真樹絵を横たえると印を結び、小さな守護結界を張った。
真人は緑子を壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。


「これで…よし…」
「真人さん…ごめんなさい……わたしが、もっと強かったら…こんな事にならなかったのに…!」
「君のせいじゃない。 私にも責任がある」
「…これから、どうします…?」
「 私に、考えがある」
「?」

頭に疑問符を浮かべた緑子を、真人は優しく見つめると、耳元で自分の考えを述べた。真人の考えに緑子は目を見開き、首を横に振った。
離れようとする真人を緑子は腕を握って制止する前に…真人は消えてしまった。
残された緑子は、口を手で覆うと涙を流した。
緑子が泣いていると草むらから近付いてきたのは…遊糸だった。 彼は目を細めると、銃を緑子へと向けた。 緑子は涙を拭うと、真樹絵が寝ている穴の前へ行き、両手を広げて言い放った。

「真樹絵だけは…絶対に、渡しませんから!!」
「………」

自分の中でも最大と言える声で遊糸に言い放った。 彼はますます目を細めると呟くように言った。

「無駄な抵抗はしないでくれ…」
「いやです…! みんなにした事と同じように…わたしも手にかければいいじゃないですか!! 何を躊躇してるんですか!?」
「そうだな…貴女の言う通りだ。 覚悟はしてきた。 今まで何人も殺して、裏切ってきた。

だが、貴女だけは……殺せない。 貴女は、志津子と同じように…私を受け入れてくれた人間だからだ」
「…遊糸さん…あなた…」

遊糸は涙を流していた。 銃を持つ手が震えていた。 初めて遊糸の本心を聞いた気がした。 千里が見せてくれた予知夢では、残酷な行為をする彼しか見えなかったからだ。 今にも命を絶ちそうな遊糸を見た緑子は両手を下ろした。

「よかった…最後に…あなたの本心が聞けて…本当に、よかった」
「緑子さん…?」
「…真人さんと、約束したんです。 わたしなら、あなたの思ってることが聞けるだろうから、聞いておいてくれって」
「……」

遊糸は、何か嫌な予感がした。 緑子は笑った。
彼女の手には、白い短刀が握られていて、首元に近付けていた。

「わたしと…真人さんからのお願いです。

どうか…真樹絵達には、酷いことをしないでくださいね。   さようなら」
「なっ!? やめ一一」

短刀で、首を切ると、大量の血が当たりに飛び散った。 血塗れの池に緑子が倒れた。 遊糸は緑子の元に駆け寄ると、膝から崩れ落ち、体を抱きとめた。

「は、う…ぐ…! そんな…!! 緑子さん…! あ、あぁぁぁぁぁ!!」

遊糸の泣き叫んだ声が、森に響き渡っていった。 すると、一匹の《白い蛍》が寄ったきた。

「?」

夏といえども、白色の蛍など見たことがなかった。 疑問符を浮かべていると、蛍は緑子の頭に留まった。 緑子の体全体が白いオーラに包まれると光の粒子となった。蛍と共に光の粒子は空へと舞い上がっていった。
ただ、遊糸呆然と見ていることしか出来なかった。 無線で遠野博士の言葉を理解するのに時間が掛かったが…遊糸は立ち上がると、結界が木の中で眠っている真樹絵の元へと行った。

「坂井 真樹絵を発見しました…はい。 これより回収します…」

感情のこもっていない声音で言うと、遠野博士は何も言わなくなった。 真樹絵を姫抱きにすると、小型のRTEを起動させ、地面へとほおった。
黒い穴へと飛び込もうとした時…真樹絵は小さく呟いた。

「お父さん……大好きだよ…」

「っ!」

《父親に抱っこされている》と勘違いしたのだろう。 遊糸の足が止まった。 寝言だったようで、真樹絵は幸せそうに寝息を立てていた。
泣かないようにしていたのに。 涙は止まってはくれなかった。袖で涙を乱暴に拭き取ると、遊糸は深呼吸をして、黒い穴へと飛び込んでいった。


***


【瞬間移動で、緑子の前から姿を消した私が辿り着いたのは…家の裏手にある神社の中だった。
何故ここに来たのか?答えは簡単だ。 ここにはお爺様や父さん…歴代の当主たちの名前が刻まれた小さな鳥居があるからだ。
《双鬼村の歴史》と《各家の先祖の真名》を遠野に話してしまった。 先代達が守り続けていた秘密を外部の者に話してしまったのだ。
坂井家の当主として、責任を取らねばならないと思ったのだ。

「お爺様…父さん…歴代当主様方……申し訳ございません…!! この罪は…自害して、償います…!!」

丁寧に土下座をすると、白い短刀を取り出すと、躊躇なく首元を切った。 大量の血飛沫が神社内を赤く染めていった。

『真人…』

千里は真人の傍に座り込むと、彼の頭を撫で、開いたままの目を閉じた。 真人の頭を撫でながら、歌い出した。

『白き 蛍や 飛んでいけ 一の朝  二の昼  千の夜を 飛び越えて  高く  高く  飛んでいけ』

歌い終わると、真人の体が白い光に包まれた。 体全体が白くなると、白い蛍がどこかへと飛んで行った。 恐らくは、緑子の元へと飛んで行ったのだろう。
緑子の様子を見に行こうと、千里が立ち上がった瞬間一一胸に黒い刀が突き刺さった。

『がはっ…!』
『千里…久しぶりだな?』
『秋声様…!』

千里の耳元で囁いてきたのは一一秋声だった。 実際に喋っているのは、怨業鬼だ。 刺された心臓から黒い染みが広がっていく。

『お前のせいで…子孫は悲惨な死を迎えたのだ』
『あ、あ…私のせいで…?』
『そうだ…悲しいだろう? 大切な子孫の死を見届けるのは…?』
『はい…悲しい…です…』
『その悲しみを…ワレが、イヤシテヤロウ。

お前のココロとカラダは、今から《我のモノ》だ。 ククク…アハハハハハハ!!』
『あぁぁぁぁぁァァァ!!』

黒い染みは、千里の体全体を覆っていた。 千里が自分と同じ所に堕ちたことを、怨業鬼は歓喜した。 黒く染まった千里はその場に崩れ落ちた。 顔を隠していた布は消え去り、奇妙な仮面を付けていた。

『ア、ア…ウ…ア…』
『安心しろ…千里…いや、《庾鬼》ヨ…これからは、その名で生きよ。 わかったナ?』
《アァ…》

《庾鬼》は怨業鬼を見上げると頷いた。 怨業鬼はニヤリと笑うと、《庾鬼》の首に黒い首輪を着けるとその場から姿を消した。

***


《自害したあと、白い蛍となって緑子を迎えに行った。 彼女は私の言った通りに、首を切った。 緑子の魂を連れてとんでいると、いつの間にか《鈴白の森》に着いていた。
死した魂は《鈴白の森》へと導かれると聞いたことがあった。森の番人である籠守鬼様の元へ行くと、掌にそっと私を乗せてくれた。

『よく…やったな。 ご苦労であった』

蛍となった私には、答えるすべはなかった。 羽を閃かせると、籠守鬼様は頷いた。

『そなたらの息子は、我の中で寝ておる。 千里様は…怨業鬼に乗っ取られた秋声様によって堕とされてしまった…』

ひとつは安堵。 もうひとつは絶望があった。 籠守鬼様は私を人撫ですると言った。

『だが…全てを諦めることは無い。 点と点が合わさり…六つの鈴が鳴り響いた時…道は開かれるだろう』

私の頭の中で、ぼんやりと真樹絵達の顔が思い浮かんだ。
そうか…あの子達なら…《確定された未来》を変えることが出来るのか…?

『これは、一つの《賭け》だ。 当たるかも分からない。 子ども達を…信じて、待つのだ。良いな?』
《はい…分かりました…》

やっと、声が出せた。 真樹絵達を…親の私達が信じないでどうするのだ?
未来は変えられると信じて、今は待とう。 ここで眠りにつき、真樹絵達に私達を起こしてもらおう。

成長した真樹絵に再会できることを夢見て…私と緑子は眠りについたのであった】

***


【鬼手紙一過去編一*【坂井家*坂井 真人編】第五話】一一END&完結。



next→ 【鬼手紙一未来編一】へと続く。



20190201
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