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あなたのために祈りましょう
しおりを挟む翌朝になって、私は祈里と伊萬里の状態を確認した。
「祈里、声は出せるか?」
「あー…あー!はい。出せます」
「…よかった。伊萬里は?声は出せるかい?」
「………っ……っ」
「…ダメか…」
恐らく、祈里が声を失わなかったのは《古代の鬼巫女》である氷見子の加護のおかげだろう。
次に伊萬里へと声をかける。口を開けたり、閉じたりしているが、声を出すことが出来なかった。
伊萬里は、私に答えられなかったのが悲しかったのか…瞳に涙を溜めると、泣き出してしまった。
思わず抱きしめたくなったが、踏み止まると、祈里に向かって言った。
「祈里…伊萬里を落ち着かせたら、私の部屋に来なさい」
「え?」
伊萬里の背中を撫でていた祈里は私の言葉を聞いて、固まった。
(ああ…あの事を気にしているのか。まあ、仕方ないよな…)
どこか他人事のように考えた後に祈里に向かって言った。
「大切な話だ。前の時のようにはならないさ」
「…分かりました。すぐに向かいます」
「急がないよ。私は部屋に戻るから…伊萬里のこと、頼んだよ」
「はい」
私は立ち上がると障子へと向かい、開けると後ろ手で閉めた。
祈里と伊萬里が頭を下げ、私を見送る姿を見たくなかったからだ。
一一やめてくれ。私はそんな事をされる資格なんてない。
自分の部屋へと戻る最中に、私は物思いにふけっていた。
元々、双葉家の当主は志津子だった。双鬼村では当主となるのは男だけとは限られてはいない。女性が当主になる為には、村の長である美智代の許可と承認、当主の試験に合格しなければならないのだ。
私は…夜神町から来たよそ者でしかなく、双葉家の中では最下位であると美智代に太鼓判を押されたほどだった。
志津子が《鬼神》と一体化してしまった今、家を守れる者は私一人しかいないことになる。即ち、次期当主は私になるが、私にはそんな資格はないと思っている。
きっと、美智代はこう言うだろう。
『妻一人守れぬ者に、当主の資格など無し』
「…………」
(それでいいさ…その方がこっちも気楽でいいからな)
部屋へと辿り着き、箪笥の上にある伏せられた写真立ての横にロケットペンダントが置いてあった。そのロケットペンダントの蓋を開けた。
中には、家族写真が納められていた。赤ん坊の祈里と伊萬里を幸せそうに抱いている志津子。その志津子を優しげに、愛おしげに見つめる私。
「…………」
(これがあれば、私は、私でいられる…)
写真を人なですると、蓋を閉じた。チェーンを開き、後ろに手を回すと、小さな穴の中に留め具を通した。
ネックレスの付け方は、志津子に教えてもらった。男の私が女性に教わるのもおかしく感じたが、志津子は笑顔で付け方を教えてくれた。
『いつもは、私が頼ってばかりいるのに、何だかおかしな感じですね。遊糸様?』
「そうだね…志津子…一一」
一瞬。
一瞬だけ一一志津子が後ろに居て、話しかけてきたような気がして、振り返った。
そこには誰もいなかった。当然だ。志津子は、もうこの世の人ではなくなってしまったのだから。
「父様?入ってもよろしいですか?」
「…ああ…祈里…いいよ。入っておいで」
「失礼します」
外から祈里の声が聞こえた。私は無意識に流れた涙を手で拭うと、祈里を部屋へと招き入れた。
祈里は緊張した面持ちで、私の正面に来ると正座をして座った。私も正座をして座る。
ゆっくりと、深呼吸した。
何を話すかは決めている。だが、上手く話せるかは分からない。
《あの人》からの許可も出ている。祈里には全てを話すことを許可されているのだから、問題はない。
意を決して、私は祈里へと言った。
「祈里…これから話すことは、簡単に信じられることじゃないかも知れない。だが…最後まで、私の話を聞いてほしいんだ」
「はい。父様」
一一外では、蝉たちが鳴き始めた。
「まずは…そうだな。《確定された未来》について話そうと思う」
「《確定された未来》?」
「そうだ。私達も、双鬼村の人々の未来は、《確定》されているんだ」
「な、何の話をされてるんですか?未来なんて、誰にも分からないものでしょう?」
祈里は戸惑いの表情を浮かべていた。予想通りの反応に、私は頷くと立ち上がった。
箪笥へと近付き、隠れ板で隠していたものを取り出した。
私の手にあるのは黒い箱形の装置。一見普通の機械に見えるが、ただの装置ではない。
「それは…?」
「《Recording time record》意味は、《記憶 時間 記録》という意味だ。
RTEは《時を越え、時間が止まった世界で記録し続ける』機械でな…この装置が起動している限り、《現代、過去、未来》に《時越えの穴》を通って自動的に記録するんだ」
「あ…まさか…《確定された未来》というのは、その装置が…?」
「その通り。昼には、私の道志達が双鬼村へとやって来て、RTEの説明をした後《鬼人候補》達を監禁することになっている」
「秋鳴くん達を…!?」
祈里は勢いよく、立ち上がった。よく見ると、涙目になっている。彼女は、私の元までやって来ると、ズボンを両手で握りしめながら言った。
「なんでもします…!
なんでも、言うことを聞きますから…!!どうか、秋鳴くん達を閉じ込めないでください…!!」
「……………」
一一心に、細い針が刺さったような痛みが私を襲った。
私は祈里と同じ姿勢になるように屈むと、両肩に手を置いて言った。
「ごめんな…祈里。父様には…もう、どうすることも出来ない」
「そんな…!」
「双鬼村は…今夜《山火事で滅びる未来》にある。
秋鳴君達は夏の終わり頃まで監禁され、一人ずつ、《確定された未来》へと飛ばされる。
誰にも止める事は出来ない。私にも…お前にも」
「………一一」
祈里の目から、涙が次々と流れていく。涙を拭うため、私は親指で彼女の頬を撫でながら言った。
「夜まで、まだ時間はある。これからどうするかは伊萬里と話し合って、決めなさい。分かったね?」
「…はい。分かりました」
鼻を啜りながらも、祈里は頷き、私に頭を下げて部屋から出て行った。私はただ、見つめている事しか出来なかった。
***
一一父様が話された事を整理するのに、時間が掛かってしまった。気が付けば、庭で蜩が鳴いていた。時間はあっという間に過ぎてしまった。
「………」
(私に…何が出来るだろう…)
鏡台の前に座り込み、自分自身を見つめながら、祈里は考え込んでいた。
《確定された未来》を変えることは出来ない。
断言したということは、未来を覆すことは不可能ということだ。
どうすればいい?どうすれば…伊萬里や秋鳴達…双鬼村の人々のためになる?
今、自分に出来ることを考えるのだ。祈里は精一杯頭を回し、考え込んでいた時だった。
チリリン、チリンチリン…
はっと祈里は息を呑んだ。鈴の音が鳴ったということは、氷見子が現れる前触れだからだ。
ふと、鏡へと目を移すと一一顔を霧に隠された巫女服を着た女性が写っていた。
「氷見子様…!」
【迷っているのですね…祈里】
「…はい。全て、お聞きになられていたのですね…」
女性がすぐに氷見子だと気付いた祈里は姿勢を正した。真っ直ぐに氷見子を見つめながら言うと、彼女は鏡へと手をつきながら言った。
【祈里…私と手を合わせなさい】
「え…?あ、はい…」
戸惑いながらも、鏡へと手を添えた。氷見子の手が合わさった瞬間一一何かが流れ込んできた。
「……っ」
(これは…氷見子様の、霊力…!?)
かつて氷見子は、凄まじい霊力を携えて《鬼灯六人衆》と共に《怨業鬼》と戦ったとされる巫女として語り継がれてきた。
祈里の体内はあっという間に氷見子の霊力で満たされた。
自然と氷見子は手を離したと同時に、祈里も手を離した。
「氷見子様…今のは、一体…?」
【私の半分近くの霊力を貴女へと送りました】
「!」
【祈里…我が子孫。よく聞きなさい。
貴女は、私の《生き写し》。貴方には《大いなる使命》を果たす義務がある】
「《大いなる使命》…」
【そうです。お父上が言ったとおり、未来は確定されています。避けることは不可能です。
しかし…まだ《希望》はあります。その方法を今から伝えます。心して聞きなさい】
「はい…!」
そこに、弱気になった祈里はいなかった。氷見子の言葉の数々を、しっかりと頭へと刻みつけた。
***
【父様の言っていた事は本当だった。運命の夜がやって来ると、双鬼村は炎に包まれてしまった。
私は、鬼神と完全に一体化した母様を封印するため、父様に《逃げて》と言った。
父様は、言った。
『お前を置いておく事は出来ない!!一緒に逃げるんだ!!』と。
首を横に振った。それは無理だ、と。
私には、分かる。父様は、優しい人だ。
母様のことも、私と伊萬里のことも愛してくれた。
それだけで、十分だった。私は、ううん。私達は沢山の愛を父様と母様に貰ったよ。
そしたら、父様は泣いてた。《鬼繋がりの儀式》が終わった後のように泣いていた。
『泣かないで。父様。大丈夫。鬼神を何とかしたら、すぐに追いつくよ』
そう言うと、父様は『本当か?』と小さな声で言った。
私がにこりと笑ってみせると、父様は顔を歪ませ、屋敷の外へと逃げていった。
そう。それでいいの。
私は、父様が無事なら…秋人くん達が無事なら、それでいいの。
氷見子様から教えて頂いた秘術を使って、母様と鬼神を《黒い海》へと飛ばした。封印の扉へと押し込んだ。母様は発狂し、扉を強く叩いて、私へと何か言っていた。言葉は聞き取れなかった。しばらく経つと、扉は静かになった】
扉を見つめたまま、祈里は《鬼の眼》を発動した。
予想通り、父は発狂していた。伊萬里の事を《私だと思い込んでいた》事を後悔していた。
私を一一《過去の双鬼村》へと置いてきてしまったことを嘆いていた。
氷見子様の秘術の内の一つ。《御魂写し》を行ったのだ。
お互いの魂を交換し、強く祈りを氷見子様へと捧げるのだ。
そうすると、本物か偽者かが、他人にも家族の者でさえも分からぬほどに、似てくるのだ。
代償として、《神糸》で術者本人は、魂を双鬼村へと縛り付けられることになるのだ。
これが、氷見子様が私へと提案してくれた案だった。この案のおかげで、伊萬里を双鬼村から逃げ出させる事が出来た。
(父様…ごめんなさい…)
今もなお、双鬼村へと引き返そうとしている遊糸に祈里は、罪悪感で心が押し潰されそうになった。
(これが…最初で最後の反抗ですから…許してくださいね…)
父の泣いている姿を見たくないと思った祈里はそっと目を閉じた。
一一ふと、秋人の笑顔が頭に浮かんだ。
「アキ、くん…」
チリリン、チリンチリン…
『君が…祈里ちゃん、だよね?俺には、すぐにわかったよ!
だって、俺…君のこと一一』
好きなんだもん。
耳元で小さな声で言った秋人は、頬を赤く染めていた。
こんな私の事を…好きだと言ってくれた秋人のことが、頭から離れてくれなかった。
氷見子様は言っていた。
【五十嵐 秋人を信じなさい。彼ならば、きっと…いえ。貴女を迎えに来るはずです。
1度諦めても…必ず、貴女を迎えに来てくれます。
それまで、貴女は一一彼のために、祈りなさい】
秋人の為に《祈る》
それが、私の使命ならば、私は…祈り続ける。
秋人の事を信じているから。大好きだから。大好きな人の為ならば、人は何でも出来ることを、私は知っている。
だから、私は《祈り》続ける。
いつか、秋人くんが迎えに来てくれるのを、私はずっと、ずっと、待ち続けることを誓ったのだ。
一一例え、この想いが叶わなくてもいい。
その代わり一一どうか、氷見子様…秋人君達を守ってください…お願いします。
祈里は、両手に力を込め、祈り続ける彼女を一一《慈悲鬼の先祖》は見つめ続けていたのであった。
END
***
【双葉家*双葉 祈里編】END
next→ 【淡月家*淡月 夕日編】へ続く。
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