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第1章 異世界へ
熟練のリザードマン
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(40分遅刻しました!申し訳ないです!💦)
森の階層を探索し、遂に階段を見つけた隆人だが、そこには一体のリザードマンがいた。
その階段前に立ちふさがるという姿に階層主という前世でよく見た単語が浮かぶが、すぐに違うようであると気づく。
そのリザードマンは黄色の肌をした全身を鎧や盾、剣で包んでいるが、その所々に大小様々な傷がついており、よく見ると片目は大きな傷によって閉じられている。
そして逆に、纏っている雰囲気はほかの魔物とは一線を画しており、強者であることがすぐにわかる。
実はこのような敵と隆人は上階でパワーレベリングをしていた頃に既に遭遇したことがあった。
ところで、魔物というのは人間だけではなく魔物同士とも戦っている。そもそも魔物は人間を狙って襲っているのではなく、遭遇した他の生物に見境なく襲いかかっているのである。
中には同族で群をなしたり、強い相手を避けたりする魔物も存在するが、基本的に同種以外の魔物とは敵対しているのだ。
その為、ダンジョン内では魔物同士の戦いも絶えず、日々無数の魔物が戦っては敗れ消えていく。
ある一体の非常に強力な魔物が勝ち抜いたとおもったら次の瞬間には群の魔物に食いつくされたり、毒で大型をも仕留める魔物が毒の効かない小さな魔物にやられたり……と、まるでサイクルのように。
その中で死なずに生き続けることは非常に厳しい。
しかし何事にも例外は存在する。極々稀に生存競争を生き抜き、長い時を生き続けている個体も存在する。
そこには、他の魔物に比べて優位なスキルがあったとか、相性が良かったとか、ただ単に運が良かったとか、様々な理由が存在する。
だが、どんな理由であれ、実際に熾烈とも言える競争を勝ち抜いてきた彼らには、他の魔物にはない濃密な経験と時間が存在する。
故に肉体スペックは同種に比べて高く。判断能力や対応能力が優れている。つまり、かなり強い。
そして彼らは死地を生き抜いた強者の風格といったものを持っていた。
以前戦ったのはゴブリンであったが、単騎にも関わらず、当時LV.40程であった隆人が身体強化に加えて天駆や魔法を駆使してなんとか勝てるレベルであった。本来なら身体強化すら無くても勝てる相手のゴブリンが、である。
と、そこまで考えて再びリザードマンを見据える。
「あの魔物もおそらくあのゴブリンと同じ"生き抜いた者"。そしてこの圧力。あの魔物は今までのどの魔物よりも強い……」
数多の戦いをくぐり抜けてきたであろう防具、そして全身についた無数の傷跡。そして何より身に纏っている強者たる風格が、このリザードマンが長きを生き抜いてきたものであると言うことを示していた。
更にあの時はゴブリンだったが、今回は未知の魔物であるリザードマン、纏う風格もゴブリンの比ではなく強さの底が見えない。そして、
「逃げられない……ね、逃げに走った瞬間にやられる」
直感的に悟った。既に相手もこちらに気づいている。無闇に突っ込んでこないのはあのリザードマンが生き抜いてきた経験での判断能力によるものなのだろう。
だが、その視線はこちらをじっと見据えている。
そして対する隆人も考え事をしている間も視線と意識の大半はリザードマンの方に向いている。あの魔物は強く、意識をそらしたら終わりだと理解している。
そして今、背を向けようものなら即座に手に持った剣がこちらに振られるだろうと想像がついた。
つまり、隆人に残されている選択肢はあのリザードマンと戦うことのみ。そこまで考えた隆人は意識をリザードマンに向けたままステータスを確認する。
隆人/人間族 LV. 58 job なし
HP 270/270 MP 137/157 (20)
STR 111
MND 92
VIT 98
AGI 97
魔法適正 風
スキル
ユニークスキル 身体強化 LV.4 〈神速〉〈剛力〉
パッシブスキル 危機回避 LV.1
習得スキル 天駆 LV.1
ストレージ LV.1
ここまでの探索でLVが少し上がったようである。そして、蜘蛛魔物との戦いで消費した分のMPもストレージに使用している分の20を除いて回復している。
状況で言えば万全人いっても良いだろう。
「できるなら撃破、最低でも十分逃げられるだけの傷を与えるか足止め、それが出来なければ死ぬ。かな」
そう言う隆人だが、その顔に悲壮感は無い。むしろこれから起こるであろう戦いに向けどう猛ともいえる雰囲気を醸し出していた。
適度に力を抜き構える。リザードマンの方も開戦を察したのか空気が変わる。
そして隆人は己がユニークスキルを発動させる式句を狼煙を上げるが如く唱えようと口を開く。
「いくよ、『身体!?」
ヴゥーーーー!!
と、発動句を唱える直前頭の中にアラートが鳴り響く。そして急かされるようにその場から退避する。
ズバァッッッ
「は、速い!?」
隆人が退避をした瞬間、先程までいた地面に斬撃線が刻まれる。言うまでもなくリザードマンの攻撃である。
こちらが戦闘態勢に移ろうとしているのを察して先制攻撃を仕掛けてきたのだ。そしてその威力は地面にバックリと付いた傷が示している。先程のアラートーーパッシブスキルの危機回避が発動しなかったらその時点で終わっていただろう。
危機回避 LV.1 消費MP ー
パッシブスキル
自分に対する攻撃が致死性であった場合発動
対象者の脳にアラートを鳴らし警告する
致死性であっても対応済みの時、不発
レベル上昇でアラートの細部化
危機回避は最近のパワーレベリングの中で手に入れたスキルであったが、危機に陥る場面がなかった為、今回が初めての発動であった。
そして、危機回避が発動したということは今の一撃は隆人にとって致死であったということだ。
(見えなかった……予想以上の強さだね)
隆人の額に冷や汗が流れる。
そしてリザードマンは攻撃から逃げた隆人に対して、今度こそ仕留めようと更に追撃を加える。
「やらせないよ!『身体強化』!」
隆人もユニークスキルを発動させる。全身に力がみなぎり、強化された視力が高速で接近し攻撃してくるリザードマンの動きを視認する。
ガキィ
リザードマンの持つ剣と隆人の手にある短剣が激突し、火花が散る。強化された筋力であるいは、と考えていた隆人であったが、リザードマンの膂力も凄まじく、剣はビクともしない。
だが、リザードマンの攻撃はそれだけではない。ぶつかっている剣の力が込められ、すぐに抜けたと思った瞬間。剣がブレ、横薙ぎの2撃目が繰り出される。
それをなんとか短剣の腹で弾いた隆人はその勢いで少し後退する。その顔には驚愕が浮かんでいた。
「……剣術?」
そう、いまリザードマンは競り合っている剣の反動を利用して瞬時に第二撃に繋げてきた。それは魔物の攻撃というより、熟練の剣士による剣技と思えるものだった。
もちろん本物の剣士には遠く及ばないが、恐らく長年の戦いで身につけたであろう剣技擬きはリザードマンの人外の膂力と合わさって、一段速い剣撃を生み出していた。
さらにリザードマンの攻撃は続く、後退した隆人への追撃として振るわれた切り上げ、それを身体強化中の五感で認識し回避した隆人に向かって、勢いそのまま突きを繰り出す。
隆人も突きに対応し、短剣を滑らせる事で突撃の軌道をずらす。さらにその最中に口の中でももごもごと何か呟く。
「〈風よ、束ねて刃を成し、彼の敵を切り裂かん〉……」
それは魔法の詠唱である。そして突撃を弾いた直後、リザードマンに向かって叫ぶ。
「『ウィンドカッター』!!」
魔法が発動し、隆人の目の前に生み出された風の刃、その数三本。それが一斉にリザードマンに向かっていく。
バババチィ!
突然至近に現れ、飛んでくる風の刃。それをなんとリザードマンは手に持った剣で切り裂きかき消した。しかも3本とも。いくら速さは高くないとはいえ、恐るべき反応速度である。
だが、それも隆人にとっては予想通りだったのだろう。風の刃を放ってすぐに自分も一気に接敵する。
あの3本のウィンドカッターは囮であり、本命はウィンドカッターの対処に意識を向けたリザードマンの隙を突く隆人本人の攻撃であった。
隆人の策通りに一瞬ウィンドカッターに意識が向いたリザードマンはその後の隆人の攻撃に対する反応が少し遅れる。隆人の短剣がその首に迫る。
「グァァァァァ!」
「んなっ!?」
本来であれば必殺のタイミング。だがリザードマンの"生き抜いた者"としての力はそれを覆す。
吠え声とともに体を逸らしながら無理やり滑り込ませた剣はなんとか短剣の攻撃を防ぐ。
とはいえ、完全に防げたわけじゃなく短剣の攻撃はリザードマンの脇腹を深く裂いた。
だが、隆人の顔色は冴えない。完全な奇襲であり、それでも仕留められず、上手く逃げられる程深い傷は与えられていない。そしてこの程度の奇襲、リザードマンはすぐに対応してくるだろう。
千載一遇のチャンスを逃したのだ。
そして、脇腹の傷など無いかのようにリザードマンは再び隆人に剣を振るう。
そして先程と同様に繰り広げられる剣戟。その力は互角……ではなかった。肉体のスペックは同等。しかし技術という点において隆人はリザードマンに劣っていた。
まだ転生して2週間の隆人に対し、このリザードマンは長い間を戦い勝ち抜き、その中で培われた剣の技がある。
そこに生まれたわずかな差が越えられない壁となって隆人に立ちふさがる。剣戟が何度も繰り返されるうちに、じわじわと隆人の全身に切り傷が増えていく。魔法で迎撃したり防いだりはしているが、それも完璧ではなく、更にMPも減っていく。隆人の足元が少しずつ赤く染められていった。
後一歩、それが果てしなく遠い。
しかし、当の隆人はニヤリと不敵に笑っていた。何度かの激突で、後一歩。彼我の差がそれだけであることを理解し、それを超える術を知っていたから。
「『身体強化』、解除」
そして、自らにかかっていた身体強化のスキルを自分から解除する。吹き出していた青白いオーラが消え、急に動きの鈍くなった隆人の肩口をリザードマンの剣がざっくりと切る。
しかし隆人の不敵な笑いは消えていない。というよりむしろ増している。
そして再びMPを体に流し、身体強化を再び発動しようとする。だが、流しているMPは今までの比ではなく、4倍近くのMPが消費されていく。
鍵となったのは身体強化のスキル欄に書かれていたある言葉。
『MPの消費量とスキルレベルに応じて上昇率変化』
レベル1の時は固定で10しか消費されなかった身体強化だが、スキルレベルが上がってそれ以上の消費ができるようになっていた。そしてその上限はスキルレベルの上昇と比例してあがり、今は最大40まで一度に使える。
とは言っても効果が4倍になるわけではなく、少し多く増えるだけ、とても消費に見合っているとは言い難いものである。
だが、互いの強さが切迫したこの状況、後一歩の差が勝負を分けるこの戦いで、上昇率が少し増えるというのは計り知れない効果を発揮する。
「『身体強化・Ⅳ』!!」
裂帛の気合とともに発動する身体強化。だが吹き出す青白いオーラはかなり増えており、隆人から発せられる圧力も大きくなっている。
ふと、隆人は自分のステータス欄に目を向ける。
隆人/人間族 LV. 58 job なし
HP 62/270 MP 8/157 (20)
STR 111(+62)
MND 92
VIT 98(+55)
AGI 97(+54)
魔法適正 風
スキル
ユニークスキル 身体強化 LV.4 〈神速〉〈剛力〉
パッシブスキル 危機回避 LV.1
習得スキル 天駆 LV.1
ストレージ LV.1
「グァァァァァ!」
今まで以上の存在感を出している隆人に危機感を感じたのであろうか、リザードマンが突撃してくる。
それを短剣で受け止める隆人。最初と全く同じ構図である。唯一違っている点は、
「はぁぁぁぁぁぁ」
互いが競り合っているのではなく、確実に隆人が押していることだろう。
ガキィィン
遂にリザードマンの剣が弾かれ後退する。隆人は更に追撃する。
先程と逆の光景である。
リザードマンも剣技を駆使し攻撃してくるが、隆人はそれを読み、より早く動くことで悉くを潰していく。
そしてリザードマンの攻撃が大振りになった瞬間。地面を横に蹴り回避。リザードマンの剣が空を切る。
更に空中で天駆を発動しその場で瞬時に切り返す。その勢いのまま、短剣をリザードマンに向けて振るう。狙いは首ではなく胴体。
今度は剣の割り込みも間に合うことはなく、短剣はリザードマンの胴体を袈裟懸けに深々と切り裂いた。
吹き出すように飛び散る鮮血。紛れもなく致命傷だった。
そしてその瞬間、隆人の体がグラリと揺れ、包んでいたオーラが消えた。多くのMPを消費した身体強化はその分肉体への負担も大きく、効果時間も短くなるのだ。
「グァ……ァァ……」
リザードマンはまだ動きを止めていない。既にいつ事切れてもおかしくない傷でありながらこちらに一歩一歩進んでくる。
「ま、まずい……」
身体強化で無理をした反動と戦いのダメージで、隆人は既に動けない。リザードマンの攻撃を止める手立てがもうない。
そしてリザードマンが隆人の目の前に立つ。隆人も覚悟を決め、めをつむった。
ザクッ
しかしいつまで経っても痛みがやってこない。目を開けると剣は目の前に刺さっており、リザードマンがこちらをじっと見据えていた。
その姿は、自らを破ったものに愛剣を託す剣士のように隆人に移り、隆人が剣の柄を握ったのを見届けた後、リザードマンは崩れ落ちて絶命した。
隆人も緊張の糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。その顔は満足気であり、手にはリザードマンの剣が握られていた。
隆人が復帰し、歩いて小部屋に帰れるようになったのはそれから5時間経った後だった。
森の階層を探索し、遂に階段を見つけた隆人だが、そこには一体のリザードマンがいた。
その階段前に立ちふさがるという姿に階層主という前世でよく見た単語が浮かぶが、すぐに違うようであると気づく。
そのリザードマンは黄色の肌をした全身を鎧や盾、剣で包んでいるが、その所々に大小様々な傷がついており、よく見ると片目は大きな傷によって閉じられている。
そして逆に、纏っている雰囲気はほかの魔物とは一線を画しており、強者であることがすぐにわかる。
実はこのような敵と隆人は上階でパワーレベリングをしていた頃に既に遭遇したことがあった。
ところで、魔物というのは人間だけではなく魔物同士とも戦っている。そもそも魔物は人間を狙って襲っているのではなく、遭遇した他の生物に見境なく襲いかかっているのである。
中には同族で群をなしたり、強い相手を避けたりする魔物も存在するが、基本的に同種以外の魔物とは敵対しているのだ。
その為、ダンジョン内では魔物同士の戦いも絶えず、日々無数の魔物が戦っては敗れ消えていく。
ある一体の非常に強力な魔物が勝ち抜いたとおもったら次の瞬間には群の魔物に食いつくされたり、毒で大型をも仕留める魔物が毒の効かない小さな魔物にやられたり……と、まるでサイクルのように。
その中で死なずに生き続けることは非常に厳しい。
しかし何事にも例外は存在する。極々稀に生存競争を生き抜き、長い時を生き続けている個体も存在する。
そこには、他の魔物に比べて優位なスキルがあったとか、相性が良かったとか、ただ単に運が良かったとか、様々な理由が存在する。
だが、どんな理由であれ、実際に熾烈とも言える競争を勝ち抜いてきた彼らには、他の魔物にはない濃密な経験と時間が存在する。
故に肉体スペックは同種に比べて高く。判断能力や対応能力が優れている。つまり、かなり強い。
そして彼らは死地を生き抜いた強者の風格といったものを持っていた。
以前戦ったのはゴブリンであったが、単騎にも関わらず、当時LV.40程であった隆人が身体強化に加えて天駆や魔法を駆使してなんとか勝てるレベルであった。本来なら身体強化すら無くても勝てる相手のゴブリンが、である。
と、そこまで考えて再びリザードマンを見据える。
「あの魔物もおそらくあのゴブリンと同じ"生き抜いた者"。そしてこの圧力。あの魔物は今までのどの魔物よりも強い……」
数多の戦いをくぐり抜けてきたであろう防具、そして全身についた無数の傷跡。そして何より身に纏っている強者たる風格が、このリザードマンが長きを生き抜いてきたものであると言うことを示していた。
更にあの時はゴブリンだったが、今回は未知の魔物であるリザードマン、纏う風格もゴブリンの比ではなく強さの底が見えない。そして、
「逃げられない……ね、逃げに走った瞬間にやられる」
直感的に悟った。既に相手もこちらに気づいている。無闇に突っ込んでこないのはあのリザードマンが生き抜いてきた経験での判断能力によるものなのだろう。
だが、その視線はこちらをじっと見据えている。
そして対する隆人も考え事をしている間も視線と意識の大半はリザードマンの方に向いている。あの魔物は強く、意識をそらしたら終わりだと理解している。
そして今、背を向けようものなら即座に手に持った剣がこちらに振られるだろうと想像がついた。
つまり、隆人に残されている選択肢はあのリザードマンと戦うことのみ。そこまで考えた隆人は意識をリザードマンに向けたままステータスを確認する。
隆人/人間族 LV. 58 job なし
HP 270/270 MP 137/157 (20)
STR 111
MND 92
VIT 98
AGI 97
魔法適正 風
スキル
ユニークスキル 身体強化 LV.4 〈神速〉〈剛力〉
パッシブスキル 危機回避 LV.1
習得スキル 天駆 LV.1
ストレージ LV.1
ここまでの探索でLVが少し上がったようである。そして、蜘蛛魔物との戦いで消費した分のMPもストレージに使用している分の20を除いて回復している。
状況で言えば万全人いっても良いだろう。
「できるなら撃破、最低でも十分逃げられるだけの傷を与えるか足止め、それが出来なければ死ぬ。かな」
そう言う隆人だが、その顔に悲壮感は無い。むしろこれから起こるであろう戦いに向けどう猛ともいえる雰囲気を醸し出していた。
適度に力を抜き構える。リザードマンの方も開戦を察したのか空気が変わる。
そして隆人は己がユニークスキルを発動させる式句を狼煙を上げるが如く唱えようと口を開く。
「いくよ、『身体!?」
ヴゥーーーー!!
と、発動句を唱える直前頭の中にアラートが鳴り響く。そして急かされるようにその場から退避する。
ズバァッッッ
「は、速い!?」
隆人が退避をした瞬間、先程までいた地面に斬撃線が刻まれる。言うまでもなくリザードマンの攻撃である。
こちらが戦闘態勢に移ろうとしているのを察して先制攻撃を仕掛けてきたのだ。そしてその威力は地面にバックリと付いた傷が示している。先程のアラートーーパッシブスキルの危機回避が発動しなかったらその時点で終わっていただろう。
危機回避 LV.1 消費MP ー
パッシブスキル
自分に対する攻撃が致死性であった場合発動
対象者の脳にアラートを鳴らし警告する
致死性であっても対応済みの時、不発
レベル上昇でアラートの細部化
危機回避は最近のパワーレベリングの中で手に入れたスキルであったが、危機に陥る場面がなかった為、今回が初めての発動であった。
そして、危機回避が発動したということは今の一撃は隆人にとって致死であったということだ。
(見えなかった……予想以上の強さだね)
隆人の額に冷や汗が流れる。
そしてリザードマンは攻撃から逃げた隆人に対して、今度こそ仕留めようと更に追撃を加える。
「やらせないよ!『身体強化』!」
隆人もユニークスキルを発動させる。全身に力がみなぎり、強化された視力が高速で接近し攻撃してくるリザードマンの動きを視認する。
ガキィ
リザードマンの持つ剣と隆人の手にある短剣が激突し、火花が散る。強化された筋力であるいは、と考えていた隆人であったが、リザードマンの膂力も凄まじく、剣はビクともしない。
だが、リザードマンの攻撃はそれだけではない。ぶつかっている剣の力が込められ、すぐに抜けたと思った瞬間。剣がブレ、横薙ぎの2撃目が繰り出される。
それをなんとか短剣の腹で弾いた隆人はその勢いで少し後退する。その顔には驚愕が浮かんでいた。
「……剣術?」
そう、いまリザードマンは競り合っている剣の反動を利用して瞬時に第二撃に繋げてきた。それは魔物の攻撃というより、熟練の剣士による剣技と思えるものだった。
もちろん本物の剣士には遠く及ばないが、恐らく長年の戦いで身につけたであろう剣技擬きはリザードマンの人外の膂力と合わさって、一段速い剣撃を生み出していた。
さらにリザードマンの攻撃は続く、後退した隆人への追撃として振るわれた切り上げ、それを身体強化中の五感で認識し回避した隆人に向かって、勢いそのまま突きを繰り出す。
隆人も突きに対応し、短剣を滑らせる事で突撃の軌道をずらす。さらにその最中に口の中でももごもごと何か呟く。
「〈風よ、束ねて刃を成し、彼の敵を切り裂かん〉……」
それは魔法の詠唱である。そして突撃を弾いた直後、リザードマンに向かって叫ぶ。
「『ウィンドカッター』!!」
魔法が発動し、隆人の目の前に生み出された風の刃、その数三本。それが一斉にリザードマンに向かっていく。
バババチィ!
突然至近に現れ、飛んでくる風の刃。それをなんとリザードマンは手に持った剣で切り裂きかき消した。しかも3本とも。いくら速さは高くないとはいえ、恐るべき反応速度である。
だが、それも隆人にとっては予想通りだったのだろう。風の刃を放ってすぐに自分も一気に接敵する。
あの3本のウィンドカッターは囮であり、本命はウィンドカッターの対処に意識を向けたリザードマンの隙を突く隆人本人の攻撃であった。
隆人の策通りに一瞬ウィンドカッターに意識が向いたリザードマンはその後の隆人の攻撃に対する反応が少し遅れる。隆人の短剣がその首に迫る。
「グァァァァァ!」
「んなっ!?」
本来であれば必殺のタイミング。だがリザードマンの"生き抜いた者"としての力はそれを覆す。
吠え声とともに体を逸らしながら無理やり滑り込ませた剣はなんとか短剣の攻撃を防ぐ。
とはいえ、完全に防げたわけじゃなく短剣の攻撃はリザードマンの脇腹を深く裂いた。
だが、隆人の顔色は冴えない。完全な奇襲であり、それでも仕留められず、上手く逃げられる程深い傷は与えられていない。そしてこの程度の奇襲、リザードマンはすぐに対応してくるだろう。
千載一遇のチャンスを逃したのだ。
そして、脇腹の傷など無いかのようにリザードマンは再び隆人に剣を振るう。
そして先程と同様に繰り広げられる剣戟。その力は互角……ではなかった。肉体のスペックは同等。しかし技術という点において隆人はリザードマンに劣っていた。
まだ転生して2週間の隆人に対し、このリザードマンは長い間を戦い勝ち抜き、その中で培われた剣の技がある。
そこに生まれたわずかな差が越えられない壁となって隆人に立ちふさがる。剣戟が何度も繰り返されるうちに、じわじわと隆人の全身に切り傷が増えていく。魔法で迎撃したり防いだりはしているが、それも完璧ではなく、更にMPも減っていく。隆人の足元が少しずつ赤く染められていった。
後一歩、それが果てしなく遠い。
しかし、当の隆人はニヤリと不敵に笑っていた。何度かの激突で、後一歩。彼我の差がそれだけであることを理解し、それを超える術を知っていたから。
「『身体強化』、解除」
そして、自らにかかっていた身体強化のスキルを自分から解除する。吹き出していた青白いオーラが消え、急に動きの鈍くなった隆人の肩口をリザードマンの剣がざっくりと切る。
しかし隆人の不敵な笑いは消えていない。というよりむしろ増している。
そして再びMPを体に流し、身体強化を再び発動しようとする。だが、流しているMPは今までの比ではなく、4倍近くのMPが消費されていく。
鍵となったのは身体強化のスキル欄に書かれていたある言葉。
『MPの消費量とスキルレベルに応じて上昇率変化』
レベル1の時は固定で10しか消費されなかった身体強化だが、スキルレベルが上がってそれ以上の消費ができるようになっていた。そしてその上限はスキルレベルの上昇と比例してあがり、今は最大40まで一度に使える。
とは言っても効果が4倍になるわけではなく、少し多く増えるだけ、とても消費に見合っているとは言い難いものである。
だが、互いの強さが切迫したこの状況、後一歩の差が勝負を分けるこの戦いで、上昇率が少し増えるというのは計り知れない効果を発揮する。
「『身体強化・Ⅳ』!!」
裂帛の気合とともに発動する身体強化。だが吹き出す青白いオーラはかなり増えており、隆人から発せられる圧力も大きくなっている。
ふと、隆人は自分のステータス欄に目を向ける。
隆人/人間族 LV. 58 job なし
HP 62/270 MP 8/157 (20)
STR 111(+62)
MND 92
VIT 98(+55)
AGI 97(+54)
魔法適正 風
スキル
ユニークスキル 身体強化 LV.4 〈神速〉〈剛力〉
パッシブスキル 危機回避 LV.1
習得スキル 天駆 LV.1
ストレージ LV.1
「グァァァァァ!」
今まで以上の存在感を出している隆人に危機感を感じたのであろうか、リザードマンが突撃してくる。
それを短剣で受け止める隆人。最初と全く同じ構図である。唯一違っている点は、
「はぁぁぁぁぁぁ」
互いが競り合っているのではなく、確実に隆人が押していることだろう。
ガキィィン
遂にリザードマンの剣が弾かれ後退する。隆人は更に追撃する。
先程と逆の光景である。
リザードマンも剣技を駆使し攻撃してくるが、隆人はそれを読み、より早く動くことで悉くを潰していく。
そしてリザードマンの攻撃が大振りになった瞬間。地面を横に蹴り回避。リザードマンの剣が空を切る。
更に空中で天駆を発動しその場で瞬時に切り返す。その勢いのまま、短剣をリザードマンに向けて振るう。狙いは首ではなく胴体。
今度は剣の割り込みも間に合うことはなく、短剣はリザードマンの胴体を袈裟懸けに深々と切り裂いた。
吹き出すように飛び散る鮮血。紛れもなく致命傷だった。
そしてその瞬間、隆人の体がグラリと揺れ、包んでいたオーラが消えた。多くのMPを消費した身体強化はその分肉体への負担も大きく、効果時間も短くなるのだ。
「グァ……ァァ……」
リザードマンはまだ動きを止めていない。既にいつ事切れてもおかしくない傷でありながらこちらに一歩一歩進んでくる。
「ま、まずい……」
身体強化で無理をした反動と戦いのダメージで、隆人は既に動けない。リザードマンの攻撃を止める手立てがもうない。
そしてリザードマンが隆人の目の前に立つ。隆人も覚悟を決め、めをつむった。
ザクッ
しかしいつまで経っても痛みがやってこない。目を開けると剣は目の前に刺さっており、リザードマンがこちらをじっと見据えていた。
その姿は、自らを破ったものに愛剣を託す剣士のように隆人に移り、隆人が剣の柄を握ったのを見届けた後、リザードマンは崩れ落ちて絶命した。
隆人も緊張の糸が切れたようにその場に崩れ落ちる。その顔は満足気であり、手にはリザードマンの剣が握られていた。
隆人が復帰し、歩いて小部屋に帰れるようになったのはそれから5時間経った後だった。
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どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。
でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!
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転生したら神だった。どうすんの?
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異世界転生した時に心を失くした私は貧民生まれです
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前世日本人の私は剣と魔法の世界に転生した。
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【完結】神スキル拡大解釈で底辺パーティから成り上がります!
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平均レベルの低い底辺パーティ『龍炎光牙《りゅうえんこうが》』はオーク一匹倒すのにも命懸けで注目もされていないどこにでもでもいる冒険者たちのチームだった。
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底辺パーティ『龍炎光牙』の大躍進が始まる!
第16回ファンタジー大賞奨励賞受賞作です。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
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田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
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【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです
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~タイトル変更しました~
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短編→長編に変更しました。
R4.6.20 完結しました。
長らくお読みいただき、ありがとうございました。
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