6 / 6
秘密の荒城
父のお願い
しおりを挟む
時刻は21時。闇が段々と濃くなっていく頃合いである。リリィとベルナは馬車に揺られながら、外を眺めた。
エルターナの夜は神秘的だ。
晴れていれば深い藍の星空が広がり、その一つ一つの輝きは真珠のように洗練されている。そして北の空には大きな月が浮かび、深く闇に沈む国を優しく包み込む。その美しさに一目で心を奪われ、夜が明けなくても良いとさえ思ってしまう人々もいる。
そのため夜を描いた絵画は何枚も制作され、今も昔も貴族たちの間で人気を博している。リリィも何枚か気に入った画家のものをコレクションしているのだ。
「でもお父様も無理難題を言うわね。ランドール公爵家まで行ってこいって言うなんて…。娘をよそのなわばりに放り込むようなものじゃない。ものすごく緊張しちゃうわ。もう…あー。すでに疲れた。」
「ランドール公爵家といえばレオニア家最大のライバルですよね。旦那様も珍しいことをなさるわー。」
リリィの父親であるレオニア公爵はいまをときめく貴族の中の貴族。エルターナでは外交のトップについていて、国王からの信頼も厚い。少々親バカな面があるものの、リリィにとっては良き父親であり大人の像である。
1時間前の父親からのお願いはこうだ。
『今からランドール公爵の息子さんにお手紙を届けてほしいんだ。最近懇意になってね。リリィの交友関係を広げておくいい機会だと思うから、これをきっかけに仲良くなっておいで。リリィは息子さんとも年が近いし、話も合うと思うよ。』
にこやかな笑顔でそう言われた。
ランドール公爵は、長きに渡ってレオニア家とともに国を支える貴族だ。ずる賢い狐のような人だけれど、貴族としての腕は確か。
力を持つ両家は、祖父より前の代からお互いをライバル視している。
だからこそリリィとしては気が進まなかったものの、尊敬する父親の頼みである。仕方ない。嫌だけど。
そうして夜だというのに、わざわざ手紙を届ける羽目になったのだ。
「ランドール公爵の息子というと、ジューク・ランドール様のことですよね。とてもミステリアスな雰囲気のお顔の人だとか。妹のミリア様ともよく似ているみたいですね。」
「そうね。私も夜会で何度か会ったことはあるわ。挨拶を交わす程度だったけど。ランドール公爵自身はお父様と犬猿の仲で、ジュークもお金や地位に執着するタイプ。儚くミステリアスなのは顔だけね。そして広い縦のつながりを大事にする。使いようでは良い忠犬になるのかもって感じ。
でもミリアの方は逆に政界の派閥に興味がない。わずかな横のつながりを大事にして、とてもひっそりとしている。噛み合わないわよね。」
ランドール公爵家の兄妹、ジュークとミリアはエルターナで有名だ。
なんせとてつもなく仲が悪い。ただただ喧嘩が多いというわけではない。
感情の起伏や、ものの考え方ーーーつまり性根のベクトルが正反対なのだ。兄妹だから雰囲気だけは似ているものの、恐ろしいほどに二人は反りが合わない。
『妹はなぜあんなに、嫌味で凡庸なやつなんだろうねぇ。まったく理解に苦しむ!成長できない人間の基本だな。僕は社交的だからね、ああいう奴は理解できない。』
『兄は人間関係にかこつけて、自分のステータスを上げることが大好きなだけ。あんなクズと兄妹になってしまったのが運の尽きですね。』
こんな有様だ。
お互いにそれをわかっているのか、二人は同じ空間にいようとしないのだ。
リリィだって、二人揃っているところを一度も見たことがない。
しいて言えばリリィはミリアの方が心地よい。自慢話や欲が目に見えてしまうジュークは、なんというか正直苦手だった。父親が用意してくれた機会であるが、仲良くなれる気がしない。
「二人揃えば、儚い美しさの兄妹としてきっと人気が出たと思うんですけどね…。」
「うーん。それは絶望的ね。あの二人、お互いをいないものとして扱ってるくらいだもの。」
そうこう言っているうちに、馬車がランドール家に到着した。ベルナがなれた所作で従者に取り次ぎを頼む。
リリィもジュークに会うのは久しぶりだ。らしくもなく緊張してしまう。
あー!あの胡散臭い奴のことだし、なんか品定めみたいなことされたらどうしよう!
心の中が密かに荒ぶった。
エルターナの夜は神秘的だ。
晴れていれば深い藍の星空が広がり、その一つ一つの輝きは真珠のように洗練されている。そして北の空には大きな月が浮かび、深く闇に沈む国を優しく包み込む。その美しさに一目で心を奪われ、夜が明けなくても良いとさえ思ってしまう人々もいる。
そのため夜を描いた絵画は何枚も制作され、今も昔も貴族たちの間で人気を博している。リリィも何枚か気に入った画家のものをコレクションしているのだ。
「でもお父様も無理難題を言うわね。ランドール公爵家まで行ってこいって言うなんて…。娘をよそのなわばりに放り込むようなものじゃない。ものすごく緊張しちゃうわ。もう…あー。すでに疲れた。」
「ランドール公爵家といえばレオニア家最大のライバルですよね。旦那様も珍しいことをなさるわー。」
リリィの父親であるレオニア公爵はいまをときめく貴族の中の貴族。エルターナでは外交のトップについていて、国王からの信頼も厚い。少々親バカな面があるものの、リリィにとっては良き父親であり大人の像である。
1時間前の父親からのお願いはこうだ。
『今からランドール公爵の息子さんにお手紙を届けてほしいんだ。最近懇意になってね。リリィの交友関係を広げておくいい機会だと思うから、これをきっかけに仲良くなっておいで。リリィは息子さんとも年が近いし、話も合うと思うよ。』
にこやかな笑顔でそう言われた。
ランドール公爵は、長きに渡ってレオニア家とともに国を支える貴族だ。ずる賢い狐のような人だけれど、貴族としての腕は確か。
力を持つ両家は、祖父より前の代からお互いをライバル視している。
だからこそリリィとしては気が進まなかったものの、尊敬する父親の頼みである。仕方ない。嫌だけど。
そうして夜だというのに、わざわざ手紙を届ける羽目になったのだ。
「ランドール公爵の息子というと、ジューク・ランドール様のことですよね。とてもミステリアスな雰囲気のお顔の人だとか。妹のミリア様ともよく似ているみたいですね。」
「そうね。私も夜会で何度か会ったことはあるわ。挨拶を交わす程度だったけど。ランドール公爵自身はお父様と犬猿の仲で、ジュークもお金や地位に執着するタイプ。儚くミステリアスなのは顔だけね。そして広い縦のつながりを大事にする。使いようでは良い忠犬になるのかもって感じ。
でもミリアの方は逆に政界の派閥に興味がない。わずかな横のつながりを大事にして、とてもひっそりとしている。噛み合わないわよね。」
ランドール公爵家の兄妹、ジュークとミリアはエルターナで有名だ。
なんせとてつもなく仲が悪い。ただただ喧嘩が多いというわけではない。
感情の起伏や、ものの考え方ーーーつまり性根のベクトルが正反対なのだ。兄妹だから雰囲気だけは似ているものの、恐ろしいほどに二人は反りが合わない。
『妹はなぜあんなに、嫌味で凡庸なやつなんだろうねぇ。まったく理解に苦しむ!成長できない人間の基本だな。僕は社交的だからね、ああいう奴は理解できない。』
『兄は人間関係にかこつけて、自分のステータスを上げることが大好きなだけ。あんなクズと兄妹になってしまったのが運の尽きですね。』
こんな有様だ。
お互いにそれをわかっているのか、二人は同じ空間にいようとしないのだ。
リリィだって、二人揃っているところを一度も見たことがない。
しいて言えばリリィはミリアの方が心地よい。自慢話や欲が目に見えてしまうジュークは、なんというか正直苦手だった。父親が用意してくれた機会であるが、仲良くなれる気がしない。
「二人揃えば、儚い美しさの兄妹としてきっと人気が出たと思うんですけどね…。」
「うーん。それは絶望的ね。あの二人、お互いをいないものとして扱ってるくらいだもの。」
そうこう言っているうちに、馬車がランドール家に到着した。ベルナがなれた所作で従者に取り次ぎを頼む。
リリィもジュークに会うのは久しぶりだ。らしくもなく緊張してしまう。
あー!あの胡散臭い奴のことだし、なんか品定めみたいなことされたらどうしよう!
心の中が密かに荒ぶった。
0
お気に入りに追加
30
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
光の王太子殿下は愛したい
葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。
わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。
だが、彼女はあるときを境に変わる。
アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。
どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。
目移りなどしないのに。
果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!?
ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。
☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます
葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。
しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。
お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。
二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。
「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」
アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。
「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」
「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」
「どんな約束でも守るわ」
「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」
これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。
※タイトル通りのご都合主義なお話です。
※他サイトにも投稿しています。
【完結】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
〘完〙前世を思い出したら悪役皇太子妃に転生してました!皇太子妃なんて罰ゲームでしかないので円満離婚をご所望です
hanakuro
恋愛
物語の始まりは、ガイアール帝国の皇太子と隣国カラマノ王国の王女との結婚式が行われためでたい日。
夫婦となった皇太子マリオンと皇太子妃エルメが初夜を迎えた時、エルメは前世を思い出す。
自著小説『悪役皇太子妃はただ皇太子の愛が欲しかっただけ・・』の悪役皇太子妃エルメに転生していることに気付く。何とか初夜から逃げ出し、混乱する頭を整理するエルメ。
すると皇太子の愛をいずれ現れる癒やしの乙女に奪われた自分が乙女に嫌がらせをして、それを知った皇太子に離婚され、追放されるというバッドエンドが待ち受けていることに気付く。
訪れる自分の未来を悟ったエルメの中にある想いが芽生える。
円満離婚して、示談金いっぱい貰って、市井でのんびり悠々自適に暮らそうと・・
しかし、エルメの思惑とは違い皇太子からは溺愛され、やがて現れた癒やしの乙女からは・・・
はたしてエルメは円満離婚して、のんびりハッピースローライフを送ることができるのか!?
不機嫌な悪役令嬢〜王子は最強の悪役令嬢を溺愛する?〜
晴行
恋愛
乙女ゲームの貴族令嬢リリアーナに転生したわたしは、大きな屋敷の小さな部屋の中で窓のそばに腰掛けてため息ばかり。
見目麗しく深窓の令嬢なんて噂されるほどには容姿が優れているらしいけど、わたしは知っている。
これは主人公であるアリシアの物語。
わたしはその当て馬にされるだけの、悪役令嬢リリアーナでしかない。
窓の外を眺めて、次の転生は鳥になりたいと真剣に考えているの。
「つまらないわ」
わたしはいつも不機嫌。
どんなに努力しても運命が変えられないのなら、わたしがこの世界に転生した意味がない。
あーあ、もうやめた。
なにか他のことをしよう。お料理とか、お裁縫とか、魔法がある世界だからそれを勉強してもいいわ。
このお屋敷にはなんでも揃っていますし、わたしには才能がありますもの。
仕方がないので、ゲームのストーリーが始まるまで悪役令嬢らしく不機嫌に日々を過ごしましょう。
__それもカイル王子に裏切られて婚約を破棄され、大きな屋敷も貴族の称号もすべてを失い終わりなのだけど。
頑張ったことが全部無駄になるなんて、ほんとうにつまらないわ。
の、はずだったのだけれど。
アリシアが現れても、王子は彼女に興味がない様子。
ストーリーがなかなか始まらない。
これじゃ二人の仲を引き裂く悪役令嬢になれないわ。
カイル王子、間違ってます。わたしはアリシアではないですよ。いつもツンとしている?
それは当たり前です。貴方こそなぜわたしの家にやってくるのですか?
わたしの料理が食べたい? そんなのアリシアに作らせればいいでしょう?
毎日つくれ? ふざけるな。
……カイル王子、そろそろ帰ってくれません?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる