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秘密の荒城

父のお願い

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 時刻は21時。闇が段々と濃くなっていく頃合いである。リリィとベルナは馬車に揺られながら、外を眺めた。

 エルターナの夜は神秘的だ。
 晴れていれば深い藍の星空が広がり、その一つ一つの輝きは真珠のように洗練されている。そして北の空には大きな月が浮かび、深く闇に沈む国を優しく包み込む。その美しさに一目で心を奪われ、夜が明けなくても良いとさえ思ってしまう人々もいる。

 そのため夜を描いた絵画は何枚も制作され、今も昔も貴族たちの間で人気を博している。リリィも何枚か気に入った画家のものをコレクションしているのだ。

「でもお父様も無理難題を言うわね。ランドール公爵家まで行ってこいって言うなんて…。娘をよそのなわばりに放り込むようなものじゃない。ものすごく緊張しちゃうわ。もう…あー。すでに疲れた。」
「ランドール公爵家といえばレオニア家最大のライバルですよね。旦那様も珍しいことをなさるわー。」


 リリィの父親であるレオニア公爵はいまをときめく貴族の中の貴族。エルターナでは外交のトップについていて、国王からの信頼も厚い。少々親バカな面があるものの、リリィにとっては良き父親であり大人の像である。
 1時間前の父親からのお願いはこうだ。

『今からランドール公爵の息子さんにお手紙を届けてほしいんだ。最近懇意になってね。リリィの交友関係を広げておくいい機会だと思うから、これをきっかけに仲良くなっておいで。リリィは息子さんとも年が近いし、話も合うと思うよ。』

 にこやかな笑顔でそう言われた。
 ランドール公爵は、長きに渡ってレオニア家とともに国を支える貴族だ。ずる賢い狐のような人だけれど、貴族としての腕は確か。
 力を持つ両家は、祖父より前の代からお互いをライバル視している。
 だからこそリリィとしては気が進まなかったものの、尊敬する父親の頼みである。仕方ない。嫌だけど。
そうして夜だというのに、わざわざ手紙を届ける羽目になったのだ。

「ランドール公爵の息子というと、ジューク・ランドール様のことですよね。とてもミステリアスな雰囲気のお顔の人だとか。妹のミリア様ともよく似ているみたいですね。」

「そうね。私も夜会で何度か会ったことはあるわ。挨拶を交わす程度だったけど。ランドール公爵自身はお父様と犬猿の仲で、ジュークもお金や地位に執着するタイプ。儚くミステリアスなのは顔だけね。そして広い縦のつながりを大事にする。使いようでは良い忠犬になるのかもって感じ。
でもミリアの方は逆に政界の派閥に興味がない。わずかな横のつながりを大事にして、とてもひっそりとしている。噛み合わないわよね。」


 ランドール公爵家の兄妹、ジュークとミリアはエルターナで有名だ。

 なんせとてつもなく仲が悪い。ただただ喧嘩が多いというわけではない。
感情の起伏や、ものの考え方ーーーつまり性根のベクトルが正反対なのだ。兄妹だから雰囲気だけは似ているものの、恐ろしいほどに二人は反りが合わない。

『妹はなぜあんなに、嫌味で凡庸なやつなんだろうねぇ。まったく理解に苦しむ!成長できない人間の基本だな。僕は社交的だからね、ああいう奴は理解できない。』
『兄は人間関係にかこつけて、自分のステータスを上げることが大好きなだけ。あんなクズと兄妹になってしまったのが運の尽きですね。』

 こんな有様だ。
 お互いにそれをわかっているのか、二人は同じ空間にいようとしないのだ。
リリィだって、二人揃っているところを一度も見たことがない。

 しいて言えばリリィはミリアの方が心地よい。自慢話や欲が目に見えてしまうジュークは、なんというか正直苦手だった。父親が用意してくれた機会であるが、仲良くなれる気がしない。

「二人揃えば、儚い美しさの兄妹としてきっと人気が出たと思うんですけどね…。」
「うーん。それは絶望的ね。あの二人、お互いをいないものとして扱ってるくらいだもの。」

 そうこう言っているうちに、馬車がランドール家に到着した。ベルナがなれた所作で従者に取り次ぎを頼む。
 リリィもジュークに会うのは久しぶりだ。らしくもなく緊張してしまう。


あー!あの胡散臭い奴のことだし、なんか品定めみたいなことされたらどうしよう!


心の中が密かに荒ぶった。

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