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リリィ・レオニア

椿と鷹人

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 リリィの前世は椿という名前の日本人の女性。可愛らしいおばあちゃんである。


 ある日縁側で夫と二人、肩を並べていた。
「ねぇ見て鷹人さん。これ。今日孫が見せてくれたの。おとめげーむって言うんですって。すごいわね。近頃はゲームの中に転生したりして、色々なことを楽しむお話もあるんですって。最近はこんなものがあるなんて、時代は随分と変わったのね。」


 ほんわかと笑う上品な老婦人らしい椿は、自分の夫に孫が忘れていったゲームを見せた。年齢はもう80歳。そろそろ人生も潮時である。


 若い頃は高度経済成長期の真っ只中キャビンアテンダントとして奔走し、建築家の夫である鷹人と出会いやがて結婚した。一男一女に恵まれ、今は孫までいる。


 鷹人は彫りの深い、とても渋い顔だ。見る人が見ればヤクザと間違えそうな顔をしている。子どもの頃にはそれはもう、目玉が飛び出るほど無茶をしたらしい。額にはいつかの傷が大きく残っている。


「ほぉー。ゲームねぇ……。俺はあんまり興味無いな。それより今度の海外旅行はどこにいくのか考えとけよ。せっかくだ。椿のまだ行ったことのない国にしよう。」
「そうね。ふふ、夫婦で行く久しぶりに行く旅行ね。もう何十回目かしら。また素敵な思い出をたくさん作りたいわ。でも鷹人さんはいいの?いつも私が国を決めているけれど。」
「構わん。俺が行きたい国はお前の行きたい国だ。椿が今一番見たい景色を見せてやることができれば、俺はそれでいい。」


 振り向いて部屋の壁のコルクボードを眺めると、そこには何枚もの写真が二人の丁寧な字とともに飾ってあった。


『イタリアのジェラート 鷹人さんがこぼしちゃった』『よぼよぼディズニー アリエルのところで椿はうたた寝』『家族でロシア 息子が美女にナンパされました』『札幌 恥ずかしいからプロポーズの言葉は忘れてくれ』


 もう数え切れないほどの思い出が詰まってる。椿は幸せを噛みしめた。
 るんるんとする椿を見て鷹人は一つ咳払いすると、そっと椿の手をにぎる。年を取ってしまったから皮も薄くて柔らかくもなく、か細い。しかしとても温かい。お互いに飽きるほど握ってきた。子どもが生まれたときも、プロポーズのときも。


「どうしたの?」
「なぁ椿。その…、なんだ。うん。さっきの話だが…。もし…。もし、だぞ。転生っていうものがあるなら、俺は必ずお前に出会いにいく…よ。日本だろうがゲームの中だろうが、俺の妻は世界でただ一人、椿だけだ…からな。」

 鷹人は少し照れくさそうに笑った。はたから見ればとてもクサい言葉。けれどそれでも愛する人から言われたからには、心を舞い上がらせる。
 耳だけが赤くなる癖は若い頃からちっとも変わらない。
 椿はくすくすと笑いながら、もう自分と同じくらいの背丈になってしまった夫の肩にこつんと頭を寄せた。


「……あらぁ。嬉しいわ。堅物で無愛想なあなたが二回目のプロポーズ?私はもうよぼよぼのおばあちゃんなのに。じゃあ、約束ね。私がどこにいても、来てくださいな。あ……でも待って。勘の鈍い鷹人さんに見つけられるかしら?私が見つけに行くほうが早いかも?」
「おまえなぁ……」


椿には敵わないな、と鷹人はため息をついた。
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