千年の祈り、あるいは想い(うらみ)

味桜

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千年の追想、あるいは追悼(5話ラストからの分岐) BADENDルート 〜愛に狂った怪物〜

愛に狂った怪物 01

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この話は『千年の祈り、あるいは想い』の後編『千年の追想、あるいは追悼』の『第5話どれだけ想っても』ラストシーンからの分岐ストーリーです。

もしあの時ルビーラが愛に狂ってしまったら…というルビーラ目線のBADENDルートです。

※性描写、暴力表現、強◯、生々しい表現、男性妊娠を含みます。
18歳未満の方、救いのないBADENDが苦手な方は閲覧をお控えください。  
※蛇が苦手な方も閲覧をお控えください。
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「きみを愛している」

 未来の王でもなく、君主でもない一人の男は、ルビーラの唇へ静かに己のそれを重ねた。

 紅玉ルビーのような瞳が儚く瞬く。その瞳から透き通った宝石のような雫がこぼれ落ちるのを、窓から差し込む月明かりだけが照らしていた。

「……従者としての私を忘れることを今夜、どうか赦してください」
「………ああ」
「……愛しています、ダイモンド」
「……ッ、ルビーラッ」

 互いに熱く甘く名を呼びながら臥榻がとうへなだれ込んだ。
 言の葉は時に呪いとなる。告げた者、受けた者へ絡みつく鎖となり、蛇毒の如く心を蝕んでゆく。
 ルビーラは解っていた。自らもその言葉を告げてしまえば、今夜だけでは済まないことを。
 
―――それでも、彼がほしい。

 立場を忘れたふたりの青年は、互いを求めた。今までの時を埋めるように、目の前の存在が幻ではないと確かめるように。

*****

 心も身体も溶けてしまいそうなほど、熱く激しい交わりが終わった刻。
 ルビーラは隣で眠る想い人を見つめていた。
 母親譲りの金糸のような髪。父親を思わせる精悍な顔立ち。金剛石のような淡いグレーの瞳は、今は瞼と長いまつ毛が覆い隠していた。

―――どんな罰を受けようと、現世で結ばれたい。来世、生まれ変わって、また逢えたとしても―――

「きみを忘れるなど、耐えられないのです」

 仄暗い光を宿した紅玉の瞳。その瞳の奥に、ふとよぎった名前があった。

 遥か、遥か太古の時代。
 エスピリカが風に乗りトルマーレへやってくる前。
 彼らには、かつて献身的に仕えたくんしゅがいた。
 その名は「アポフィウス」――かつて、破壊と創造の神として崇められた存在であった。
 しかしその傲慢さと残虐さ、目を背けたくなるほどの淫蕩さに耐えかね、ついにエスピリカは神のもとを出奔した。
 眷属と信仰を失い邪神へと堕ちたアポフィウスは、報復としてエスピリカへ短命の呪いをかけた。

 エスピリカには、限られた者にのみ代々伝わる秘術があった。太古に仕えた"邪神"を降臨する儀式である。
 邪神について公な伝承は禁忌とされ、族長とそれに準ずる者へのみ、口伝えで語り継がれていた。

 ―――王の子を孕めぬこの身体……創造の力を持つあの御方なら―――

 ルビーラは臥榻からそっと降りた。音もなく王子の私室を後にすると離れの自室へ戻り、チェストから小刀を手に取った。
 己の美しい銀髪を一房掴むと、惜しげもなく彼は斬り落とした。
 そして突如、小刀を自らの腕へ突き刺した。

「ぐっ…………!」

 苦痛なうめき声が漏れる。しかし、ルビーラの所作には一切の迷いがなかった。
 溢るる血を、斬り落とした髪へしたたらせる。淡い銀の髪は、あっという間に紅く染まっていた。

「………、…………、…………」

 ルビーラはなにやら小声で囁やき始めた。それは"呪歌さかうた》"と呼ばれる、エスピリカが邪神――元君主へ懇願し、語り掛ける禁忌の呪い|《まじない》であった。
 そして彼は、血染めになった自らの髪を口へ含み、己の血を飲み干した。
 予知能力を有したエスピリカだけが行える、邪神降臨の儀式であった。

 腕からの出血が収まった頃。髪を染める血がやけに赤黒さを増していた。黒い蛇のような影が一瞬、血溜まりの上で蠢いたように見えた。

 ―――今宵夢の中、御身と相見えんことを―――

 ルビーラは再び念じると、一人にしてしまった想い人の臥榻へ、来たときと同じように音もなく帰っていった。
 
*****

 暗い、昏い場所。淀んだ空気と負の感情が満ち満ちている空間。
 ルビーラはいつの間にやら、そこへ佇んでいた。 
 ゆっくりと顔を上げると、暗がりの奥に何かの気配がした。
 そして"それ"の他に、暗がりで蠢く数多の気配が感じられた。

 ―――蛇だ。無数の蛇がこちらを睨んでいる。

 トルマーレでは、蛇は魔の遣いとされていた。取り憑いた者の理性を壊し、気を狂わせる存在として、忌み恐れられていた。

『力を与えし君主を奔った、謀反者の末裔が……此度、卑しい姿を晒し、この期に及んでわれに何用だ』

 "それ"とは離れているのはずなのに、耳の中で声がする。蟒蛇うわばみの面を被った人間のようなものが、朽ちた玉座からこちらを見下ろしていた。 

「創造と破壊の神アポフィウス。わたくしはエスピリカ現族長、ルビーラと申します。此度、御身おんみへ願い申したいことがあり、馳せ参じました」

 面の奥から蔑んだまなざしがルビーラを射抜いた。
 アポフィウスと呼ばれた"それ"は鼻で嗤い、目線をこちらへ向けたまま顔を傾斜させた。好意的とは程遠い感情を向けられているのは明らかだった。

『地獄の果てまで恥知らずな畜生けだものめ。我を裏切った分際で何を抜かす。存在を消されたくなくば、今すぐ我の視界から失せろ』
「我が願いが、御身によって聞き届けられた暁には、私は御身のにえとなります」

 面の奥から探るような目が光る。刃物を背に隠し持った相手を見るように。

『一体如何なる目的ぞ』

 ひび割れた玉座の下から、一斉に無数の蛇が這い出てきた。それらはルビーラを囲い、後ろ手に縛るように腕に絡み付いた。

『申してみよ。我を呼び出してまでの願い、分不相応のものなら蛇が貴様を噛み殺すまで』

 肌を這いずる鱗、シャーシャーと不快な威嚇の声が絶え間なくルビーラを苛む。
 しかし臆することなく彼は、蛇面の奥の不気味な光を真っ直ぐに見つめた。

「創造神である御身より、『生』の力を授かりたいのです」

 蛇の威嚇音が一層騒がしくなる。絞め殺そうとするかのように、ルビーラの首にまで数多の蛇が巻き付き始めた。
 アポフィウスは音を立てて玉座を立つ。地の上を流れるように歩み寄ったかと思うと、ルビーラの顔を粗暴に掴み上げた。

「うっ………!」
何故なにゆえそう願う。所以を申せ』
「……どうしても、現世で結ばれたい相手がおります。かの人のため、『生』の力が必要なのです」
『貴様も酔狂なものだ。一時の気の迷いのため、祖先が奔った君主へ契約を願い出るとは。卑しい畜生が考えるに相応しい願いだ』
「一時のッ、気の迷いなどではごさいません……! かの人の記憶なき来世でなく、かの人との記憶が刻まれた現世で、結ばれたいのです……!」
『くくくッ……ハハハハハハッ!』

 ルビーラを掴み上げたまま、アポフィウスは高々と嗤い続けた。

『貴様、名は何と申したか』
「エスピリカ族長、ルビーラにございます」
『ルビーラ……実に淫猥な名前だ』

 面の隙間から漏れる光が細められる。まとわりつく粘液のようなまなざしがルビーラの顔を舐め回していた。

『我が生の力を貴様へ与えし時、貴様は我に何を差し出す』
「く、はっ……この身を、すべて差し出します。かの人と結ばれたなら、如何の形であれ、御身の贄となります」
『そうか。ならば、貴様の願い叶った後、貴様の魂は我のものぞ。祖先のように奔ることは断じて赦さぬ』

 喉を締め上げられ気が遠のく。薄れゆく意識の中、ルビーラは―――

「御身の、仰せのままに」

 愛に狂った精霊の末裔が、悪魔へ魂を売った瞬間だった。

『契約、成立ぞ』

 アポフィウスの両手が光る。よどんだ空間をまばゆい紅が貫いた。かと思うと、ルビーラの自由を戒める蛇が、さらにきつく四肢を締め上げ始めた。 

『貴様に生の力を与えよう。暴れるでないぞ』

 長く尖すぎる爪が、ナイフのようにルビーラの衣服を切り裂いた。雪のような肌が顕となった。
 岩肌のような手が背後から、ルビーラの腹の上を撫でた。

「はッ、あ、あ……」
身動みじろぐな』
「……ッ!? う゛ッ、ああああ……ッ!!」

 執拗に撫で回したかと思うと、邪神の指先がルビーラの引き締まった腹へめり込んでゆく。痛いとも苦しいとも形容し難い異様な感覚が、ルビーラに襲いかかった。

「かはッ……! う゛ッ、うう……!」
『貴様の身体へ、生の力を与えているのだ……"かの人"の子が宿る場所を……貴様の望むことだろう?』

 アポフィウスが耳元で囁く。悶え苦しむルビーラに囁かれるそれは呪詛のようだった。 

「ひっ……!? そ、そこは―――」

 下腹部の中にまでめり込んだ手が掴んだ、こりこりとした器官。独特の感触を弄ぶようにアポフィウスは腹の中をまさぐり続けた。
 ルビーラに、苦痛以外の感覚が生まれ始めた。全身の血が湧き上がるようなその感覚に、彼は必死に声を漏らすまいと唇を噛んだ。 

 ―――この感覚を共有して良いのはかの人だけ、"彼"だけだ……!

 そう誓っているのに、漏れる吐息と声を止められない。
 そう、これは「快感」であった。腹の中を暴かれる、この世のものとは思えない異様な感覚に混じり、耐え難いほどの快感が神経という神経を支配していた。
 全身が熱くなり、思考力も判断力もとろけてゆく。今すぐこの熱を放出してしまいたい衝動がルビーラを絶えず苛んでいた。


 地獄のような時間が続いた後。腹からゆっくりと手が抜けていく。あんなに鋭い爪や手をめり込ませたというのに、ルビーラの腹には傷一つ付いていなかった。

「はぁっ、はぁっ……ふ……ぅ……」

 蛇に戒められたまま、全身の力が抜ける。火照った身体の上をひんやりとした鱗が這い回る。

『成し果たせり……』 

 言うや否や、アポフィウスは力の入らぬルビーラの腰を持ち上げ、その衣服をさらに切り裂いた。
 あらわになった秘所へ、猛る邪神の岐立がねじ込まれた。

「う゛ッ、がはッ………!」

 一気に最奥まで突き上げられ、あまりの苦しさにルビーラは吐き気を堪えた。

「かはッ……! くる、し……!」
『今、此処で証さん。我が与えた生の力を』

 ルビーラの顔が苦痛に歪むのを愉しむように、アポフィウスは背後から荒々しく、暴力的に突き上げ続けた。華奢な身体がばらばらに砕け散りそうなほど、邪神は彼を蹂躙し続けた。

 ルビーラは己の心が泥の塊へ沈んでゆくのが解った。心はもちろん、身体の奥まで侵入を赦すのは、後にも先もダイモンド一人のはずだった。夢想の世界、そして同意なき挿入とは言え、彼以外に身体を赦してしまった事実が大罪のように感じられてやまなかった。
 それも、苦痛だけでなく快楽までが伴うなど―――。

 ぐいと髪を掴まれて我に帰る。
 と同時に、腹の中に熱いものが放たれていることが解った。

「はぁッ、はぁッ、ぁ、うぅ……」
 
 射精したにもかかわらず、邪神の剛直は硬さも大きさも保ったままルビーラの胎内からずるりと抜けていった。
 引き抜かれるのに伴い、秘所からどろりとしたものが溢れ大腿を伝う。それすらも今のルビーラには痺れるような快感だった。

―――私は、こんなにも淫靡で穢れた魂だったのか。
 
 身体を戒めていた蛇が離れていく。しかし突き刺さった自責の念が、蛇のように体内を這いずり回っていた。

 その時―――

「……ッ!? あ゛っ、うっ、あ゛あ゛ぁ……!」

 胎内を何かが蠢いている。下腹部に手をやると、内側から掌を圧迫する何かが暴れ回っていた。

「う゛ッ、あ゛ッ……! うっ、うぇ……!」

 身体の内側から突き上げられるような感覚に、激しい吐き気を催した。口元を抑え、内臓ごと吐き出しそうな感覚を、這いつくばって耐える。

「がはッ、う゛、おぇ……がッ、あ゛あああッ!」
 
 ルビーラの苦痛な叫びと共に、彼の胎内より何かが這いずりいでてきた。
 "それ"は人間のはらわたのような色形をした、目のない蛇のような生き物だった。
 己の腹から生まれ出てきた不気味すぎるそれに、ルビーラは言葉を失った。

『見よ、我が与えし生の力――貴様は、子を宿す力を有したのだ』
「………ッ、これ、は……」
『案ずるな。人の子を身籠れば、人の形をしたものが生まれる』

 面の下の光が爛々と輝いてルビーラを見下ろす。その瞳は獲物を追い詰めた大蛇そのものだった。

『我は、貴様の望みを叶えた。これで貴様の魂は、我がものぞ……』

 視界が霞み、意識が遠のいてゆく。アポフィウスの言葉だけが、遠くに近くに木霊し続けている。
 それを最後に、ルビーラの意識は強引に遮断された。

*****

「――ラ、ルビーラ!」

 凛とした鈴のような声に呼ばれ目を醒ます。目の焦点が徐々に合っていき、ふと見上げると、心配そうにのぞきこむダイモンドと目が合った。

「……ん、ダイモンド……?」
「大丈夫かい? 随分苦しそうな顔をしていたから、思わず起こしてしまったよ」

 どこか体調でも悪いのかと心配するダイモンドに、ルビーラは現実に還ってきたことを実感した。

「いいえ、体調が悪い訳ではないようです。何か夢でも見ていたのかと」
「そうか。なら良かった。その、てっきり……」

 ダイモンドは言いかけて頬を赤らめると、

「その、僕が昨夜、きみに無理をさせすぎてしまったんじゃないかと思って……」
「……っ、それは……」

 ふたり揃って紅く染まり目を逸らす。確かに昨夜は、熱く激しい初夜だった。若さと、積りに積もった想いがものを言い、果てても果てても互いに求め合った長夜だった。

「……私は……、平気です」
「なら、良かった。焦ったよ。もうすぐばあや達が起きる刻だ。名残惜しいが、そろそろきみは離れに戻ったほうがいいかもしれない」

 朝を告げる窓辺を切なく見つめ、朝日浴びるダイモンドの金髪は太陽のようだった。その美しさも存在も、トルマーレの太陽そのもののようにルビーラは感じていた。
 ふと、突如心臓が大きく跳ねた。
 かと思うと、夢の内容が鮮明にルビーラの脳内を駆け巡った。
 面を冠した邪神、数多の蛇、腹へめり込む手、そして―――。

 下腹部には、心臓の形のように対なす蛇の形の痣が、契約証明のように浮き上がっていた。
 動揺をなんとか隠して身支度を整え、退室しようとするルビーラの手をダイモンドの手が掴まえた。

「今夜……また来てくれるかい?」

 昨夜の熱が冷めぬ目で、グレーの瞳が見つめる。

「……はい。また、皆が寝静まった刻に」

 その返事に、心から嬉しそうなグレーの瞳が輝いていた。

 この瞳が見つめてくれるなら。きみさえいてくれるなら。他は何もいらない―――

 腹の底からそう思えるほどに、ルビーラは溺れ始めていた。

*****

 銀の月がトルマーレの上空から微笑む刻。
 ルビーラは自室で、血染めの髪の残骸と、赤黒く染まった小刀を見つめていた。髪へ付着した血は蛇の形に固まり、あり得ないほど黒を帯びていた。
 ルビーラの周りそこかしこに、理性を壊す蛇―――邪神との契約を印すかのようなものが浮かび上がっていた。 
 それを見つめる紅玉の瞳には、後悔など微塵も宿っていなかった。   

 廊下を行き交う足音や話し声が聞こえなくなった頃。ルビーラは想い人の元へと足を運んでいた。
 耳を澄ましてやっと聞こえる程度の力で、王子の私室を叩く。扉はさっと開けられ、星明かりが細く照らすグレーの瞳が彼を出迎えた。

「待っていたよ、ルビーラ」

 恋に浮かれた、金剛石のようなまなざしが向けられる。この視線を己が独占しているのだと思うと、蛇が刻まれた箇所が疼いた。 
 王国は忌中だというのに。それも目の前の想い人は、肉親を亡くしたばかりだというのに。
 哀しみを埋めるかのように縋る彼を、壟断する背徳感。他の家臣へは見せない顔を、己一人が占有する優越感。それらは歪んだ高揚感へと結びついてゆく―――。
 こんなにも、高貴とは懸け離れた感情が己に根付いていた事を、ルビーラは初めて知った。

 ―――違う。この醜い感情は最初から私の中に在った。私が、認めようとしなかっただけだ。 

 幼くしてエスピリカの族長として教育され、国の未来を予言する者として、多くの大人から期待を一身に背負った。似たような境遇のふたりが邂逅し、惹かれ合い、互いに一人の人間として心を通わせ合うようになったのは必然と言えるのではないだろうか。
 
 未来の王らしくなる彼を目の当たりにする度、ルビーラの心は満たされた。この国の未来は、希望の光が満ちている。そんな想いで胸が一杯になった。 
 しかし、彼が国の太陽へ近付けば近付く程。ふたりは近くて遠い、絶対的な君主と従者―――私的な愛など赦されない、確固たる主従の関係となってゆく。
 その運命に気付いた時、満たされた胸に、小さな穴が開いていた。その穴は水に溶けて広がるインクのように、少しでも気を抜けば一気に広がってしまう。   
 穴に気づかないふりを、ルビーラはずっとし続けていた。

 ―――大人たちの期待など余所に、彼はずっと、私を一人の人間として、友として。そして特別な存在として受け入れてくれた。
 どうか、どうかもう少しだけ。この特別な関係が終わりを告げるまで―――。


「ルビーラ」

 名前を呼ばれふと我に帰った。

「はい。私の愛するダイモンド」
「……早く、きみを感じたい」

 ふたつの唇がどちらからともなく重なり合い、やがて切ない吐息が混ざり合った。

 心地よい王子の臥榻へ身を投げ出し、覆いかぶさるダイモンドを抱きしめる。なかなか離そうとしない彼に、ルビーラは尋ねた。

「今日もお忙しかったんでしょう」
「……ああ。やはり、新しい公務に慣れるのは、もう少し時間が必要みたいだ」

 声のトーンが下がる。母への喪失感、そして妻を失ってから塞ぎ込むようになった父へ、疲労の感情が色濃く滲む声色だった。

「夜だけでも私が癒やします。夜だけでも、私に溺れてください」

 愛する者への想い――執着を表すたび、腹の蛇が疼いた。
 すべては自身の意志なのか、それとも蛇が気狂わせているのか。今のルビーラにはどちらでもよいものだった。

「……そんなに煽られたら、優しくできない」
「優しくないきみも、見てみたいものですね。私にしか見せない、顔を……」

 淡いグレーの瞳に、情欲の炎が灯る。先より激しく、蛇が疼いた。
 ダイモンドはルビーラの漆黒の衣装を手際よく解くと、彼の素肌をあらわにした。
 すると―――

「……ッ! これは……?」

 ダイモンドの手が、下腹部の痣をなぞる。たったそれだけでも、全身を駆け巡るような快感がルビーラの中に生まれた。

「あぅっ、……それ、は」
「どうしたんだ、誰かにやられたのか!?」
「ちが、くて――」
「ならどうしたと言うんだ。蛇が歪んで絡み合ったているような痣だ。まさか、何かの呪いか?」

 奇妙すぎる痣を見つめ、ダイモンドの鋭い勘が働いた。その輝く瞳に、対成す蛇が反射して映り込んでいた。

「ねぇ、ダイモンド……」

 ルビーラの白い手が想い人の頬を包み込み、艶めかしく撫でた。

「我らエスピリカには、太古の昔に仕えた君主がおりました。火山神の子孫に仕える、今より遥か昔に……」
「うっすら耳にしたことがある。破壊の邪神とやらに服従を強いられていたとか」
「破壊と、創造の神です。私はその神へ願い、『生』の力を得たのです」
「『生』の力、だと……?」

 全く腑に落ちないといった様子で、ダイモンドがルビーラの瞳を見据えた。

「一体どういうことだ、ルビーラ」
「神との契約で、私は子を成す力を得たのです。きみの子を、宿す力を」
「……な………っ!!」

 ダイモンドが息を呑んだ。まばたきひとつせず、眼を丸くして紅玉の瞳をのぞき込んでいた。
 その貫くような視線に、腹の蛇が蠢くかのような錯覚を覚えた。

「エスピリカの族長にのみ伝わる、邪神を呼び出す禁忌の術があるのです。禁を犯してでも、悪魔に魂を売ってでも、私は現世できみと結ばれたい。たとえ、歪な形であっても」
「ルビーラ……きみは……きみはそこまで覚悟をして……邪神と取引してまで僕を受け入れてくれたのか……?」
「……たとえ生まれ変わっても、きみを憶えていないなんて……耐えられません。きみを憶えていて、愛しているこの現世の記憶があれば、私は生まれ変われずとも構わないのです」

 下腹部が、痣が、第二の心臓のように轟く。創られた子宮の真上で絡み合った蛇が暴れている。ダイモンドの背後にさえ蛇の黒い影が見えた気がしたが、そんなことはどうでもよかった。 
 ルビーラの、狂気じみた覚悟を目にしたダイモンドの瞳に、新たな炎が灯る。先までの、ルビーラの身を案じる、悲哀を含んだ光は消え失せていた。
 蛇のように鋭くなった瞳孔には、情炎の灯火が音もなく轟々と燃え盛っていた。 

「……現世のきみのすべてを、僕のものにする」

 ダイモンドは低く囁いた。それに被せるように、どこからか蛇の威嚇音が聞こえる。  

「あっ……ダイモンドッ……!」

 蛇の踊る腹を撫で上げ、そこへ口付けると、ダイモンドはルビーラの脚をぐっと拓いた。 

「エスピリカを妃とするのは、前例がないだけで不可能ではない」

 未来の王は、譫言うわごとのように囁いた。

「ダイ……あっ、はっ、あああ………っ!」

 胎内に、隆起しきった雄の猛りがねじ込まれてゆく。潤滑油が無くとも濡れそぼる"そこ"に、やはり身体を創り替えられたのだと自覚する。
 ダイモンドはゆっくりと一気に奥まで押し込むと、その胎内を確かめるようにそのまま留まった。
 腹の奥まで満たされるそれに、昨夜より質量も長さも増したようにルビーラは感じていた。

「―――んっ、あ、ああっ!」 

 猛るそれが、暴れ始めた。ルビーラの胎内なかをすべて暴くかのように。逃さぬように、腰を縫い留めるように抑えつけられる。 
 昨夜とは違った激しさと、暴力的なまでの荒々しさ。金剛石の虹彩に縁取られた、蛇のような瞳孔がルビーラを射すくめて離さなかった。
 ダイモンドの息が上がる。しかし打ち付ける身体の勢いを緩めることなく、我を忘れたように彼はルビーラを求めた。

「ルビー、ラ……! 僕のっ、ルビーラ……!」

 想い人の名を何度も呟く。最初にその名を口にした瞬間、一瞬だけ普段のダイモンドへ戻った気がした。しかしルビーラの蕩けた紅い瞳を見つめると、再び取り憑かれたかのように瞳孔が鋭利になった。

「生んでくれ、僕の、子をっ」
「ダイモン、ド……っ、あっ、うぅ……んっ……!」

 外に声が漏れないよう、必死に口元を押さえる。廊下では家臣が、他のエスピリカが聞き耳を立てている錯覚すら覚えた。

「ダイ、モンド……! 声がっ、音が……あァっ、外に、聞こえ―――」
「聞かせてやればいい。きみは僕の伴侶となるのだから、なッ」
「―――っ、あっ、ひっ、ああああッ!」

 胎内をひときわ強く突き上げられたかと思うと、最奥が熱いもので満たされた。愛する者の精が、ルビーラの胎内へ注ぎ込まれていた。
 昨夜とは、似てもどこか異なるその感覚。まるで精が、胎内の奥底まで自力で這い回るようだった。

 ふたりの荒い呼吸が重なる。まだ互いに息も整わぬうちに、ダイモンドはルビーラの身体を強引に反転させた。

「……ぅあっ、ダイモンド……」

 猛りを失うことを知らぬそのくさびが、背後より襲い来る。

「かはっ、うっ、うぅ……!」

 勢いが弱まるどころか、先より剛直さを増したそれが、今放った精を掻き出すように突き上げる。

「やっ、ダイ、モンド……っ、あっ……!」

 激しさを増す抽挿に、彼を受け入れるそこが泡立つ。まむしが男根へ取り憑いたかのような精力の強さに、腹の蛇が悦び、胎内はさらにそれへと吸い付いた。

「あっ、ダイモンドっ、ダイ、モンドっ……!」

 猛々しすぎる行為に苦痛を覚える。しかし麻薬のように、それを上回る快楽が、頭の先から爪の先まで絶えず駆け抜けていた。

 ダイモンドと心も身体も交わらせる中、ルビーラの耳の奥では絶えず何かが囁いていた。

『孕め、孕め、我の子を―――』

 呪詛を繰り返すのようなそれも、今のルビーラにとってはどうでもよいものだった。
 想い人との愛に溺れ、快楽に縋りつく彼の音の世界は、その愛しい息遣いと、凛とした鈴のような声しか響いていなかった。
 



 


 


 


 


 
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オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。 最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。 ※女の子もゴリゴリ出てきます。 ※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。 ※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。 ※なるべくさくさく更新したい。

【完結】守護霊さん、それは余計なお世話です。

N2O
BL
番のことが好きすぎる第二王子(熊の獣人/実は割と可愛い) × 期間限定で心の声が聞こえるようになった黒髪青年(人間/番/実は割と逞しい) Special thanks illustration by 白鯨堂こち ※ご都合主義です。 ※素人作品です。温かな目で見ていただけると助かります。

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