先輩は無貌の神

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第11話

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 マンションから徒歩5分。
 僕と先輩が通っている大学の門を潜り、校内へ。落ち着いた雰囲気の学内は、いつも通り程々の学生たちで賑わっている。
 今日の講義は午後からだし、先輩は予定無いらしいし。午前中は研究室でゆっくりできそうだ。

「なんだか久しぶりな感じがするねぇ」
「そりゃそうでしょう」

 三日も来てなければ、そんな感覚にもなるだろう。この先輩は、もっとアウトドアな趣味を持ったほうがいいと思う。
 いや、でもそれで怪我とかしたら余計にお世話する手間が増えるだけか。やっぱり却下で。

「そもそも、激しい運動はいつもしてるか……」
「ん? なんか言ったかい、後輩くん」
「いえ別に」

 先輩と一緒に住むようになってから、セックスしてばっかりだったしな。一日の運動量自体は、割と足りてるんじゃなかろうか。
 と、そんな益体もないことを考えていたら、いつの間にか研究室は目の前だった。どうやら、思った以上に移動経路が体に染み付いているらしかった。

「さーて、今回の実験は成功するかなー?」
「成功する前提で実験してくださいよ、先輩」
「いやいや、そんな分かりきった実験をしてもつまらないだろう? 分からないからこそ実験するのだよ、後輩くん」
 
 なんか唐突に正論ぶつけられたんだが。

「……急に先輩は物事の核心を突いてきますよね」
「ふふん。なんたってわたしは天才だからね」

 そうだったな。先輩は天才だった。

「天才なら、自分の身の回りのことにもその才能を発揮してほしいんですけどね」
「お邪魔しまーす!」

 僕のお小言を右から左へ受け流して、先輩は研究室の扉を勢いよく開けた。
 いや聞けよ。せめて聞いてるふりぐらいしろ、このぷにロリオナホールが。

「いらっしゃーいですー、せーんぱーい」

 中に入った先輩を出迎えたのは、僕の同期である一之瀬陽毬だった。
 子供みたいな体型と、妙に間延びした話し方をする、この研究室のマスコット的存在だ。
 そして、先輩と対を成す存在でもある。主にその胸部装甲──おっぱいにおいて。

「陽毬ちゃん、頼んでいたものは出来てるかい?」
「もちろんですよー。先輩のためならー、あたしはなんだって出来ちゃうんですからー」

 ニコニコと笑いながら、一之瀬は机の上に置いてあった試験管を先輩に手渡す。
 出かける前に言ってた、蒸留がなんとかってやつか。また変な効能の薬じゃなきゃいいけど。

「相変わらずの手際だな、一之瀬」
「あ、北条ちーっす。ぶぶ漬けでも食うか?」
「お前さぁ……」

 なんかこいつ、僕にだけは異様に当たりが強いんだよなぁ……なんか嫌われるような事したっけ。心当たりが無いんだが。
 というかお前、僕に対してだけキャラが違い過ぎなんだよ。なんだそのチャラ男みたいな喋り方は。

「こらこら陽毬ちゃん。女の子がそんな言葉遣いしちゃいけないぞ」
「きゃー、先輩におこられちゃったー❤すみませーん、はんせいしてまーす❤」
「この腹黒ロリめ……」

 メスの顔しよってからに。

「ところでせんぱーい、今回はどんな薬を作るつもりなんですかー?」
「ふっふっふ……今回作る薬はね、ズバリ『感度3000倍になる薬』だよ!」
「うわぁ」

 想像以上に頭悪い薬だった。
 っていうか、そんな薬作って何するつもりだ? 対魔忍ごっこでもするつもりなのか?

「いいですねー。あたしにもお手伝いさせてくださーい」
「勿論だとも! さぁ、さっそく実験開始だ!」

 がんばれー。草葉の陰から応援してるー。

「どこ行くつもりだい、後輩くん」
「ちょっと隅っこで暮らしてみようかなと」

 研究室のすみっコで論文でも書こうとしたら、先輩に服の裾を掴まれて引き止められた。
 なんですかその目は。僕にも手伝えって言いたいんですか。普通に嫌なんですけど。

「人手はいくらあっても困らないからね。さぁ、こっちへ来てもらおうか」
「えー」
「先輩からのお誘いを断るのか……? 北条……?」

 なんか背後からドスの効いた声が聞こえるんですけど。しかもなんか、視界の端に謎の液体が入った注射器が見えるんだけど。
 あれ、もしかしてこれ詰んでる? 分かりやすく詰んでないか、この状況?

「覚えておけ、先輩のお言葉は神の言葉。先輩のお誘いは天国への道しるべ。それを断るということは、地獄に落とされても文句は言えないということだ。この背信者め」
「怖い怖い怖い。耳元で囁くな」

 いつの間にか背中に張り付いていた一之瀬が、小声でめちゃくちゃ濃密な呪詛を放ってくる。
 先輩には見えない位置に音もなく移動してくるあたり、こいつ実は忍者なのかもしれない。
 しかもコイツ、目がやばい。ガチだ。これはガチで異教徒を狩る信徒の目だ。

「……その注射器の中身は何だよ。何が入ってるんだよ」
「大したものじゃない。ごく普通の塩酸だ」

 バカかよ。
 何考えてんだこいつ。全然大したものじゃねぇか。なんだごく普通の塩酸って。それはもうただの塩酸だろうが(?)。

「それより、早く返答しろ。先輩のお誘いを受けるのか、快諾するのか」
「…………」

 実質一択なんですがそれは。

「えっと、あの……」

 視線を落として、先輩の顔を見下ろす。期待に満ちた目で僕を見上げてくるその姿は、とてつもなく可愛らしく、それでいて庇護欲をそそるものであった。
 ああもう分かったよ。手伝えばいいんだろ、手伝えば。

「……二宮が来るまでなら、手伝っても良いですよ」
「本当かい!? よし、じゃあさっそく実験を始めよう!!」

 顔をぱぁっと明るく輝かせ、先輩は一目散に部屋の奥にある研究台へと走っていってしまった。そんなに急いだら転んじゃうだろうが。
 まったく、しょうがない先輩だな──なんて思っていたら、背後からものすごい怨嗟の籠った呼吸音が聞こえてきた。怖い。

「命拾いしたな、北条。先輩のあの笑顔に免じて、命だけは助けてやる」
「お前はどこから目線なわけ?」

 背中から手を離し、僕の隣にストッと着地する一之瀬。なんか妙に身のこなしが軽いんだよな、こいつ。
 しかもなんか今、すっげぇ物騒なこと言ってなかったか、この腹黒ロリ。こいつ実は暗殺者か何かじゃないのか。

「だったらその物騒なもの早く仕舞えよ」
「ああ、これはただのビタミン剤だ」
「おい」
「打ってみるか? 疲れが取れるぞ」
「お前ほんとさぁ……」

 呆れて言葉が出てこない。
 なんだってコイツは、僕にばっかりこういう態度なのだろうか。他の人に見せてる可愛らしさはどこへ行ったんだ。

「ほれ、さっさと行け。先輩を待たせるんじゃない」
「わかった。わかったからケツを蹴るな」

 ゲシゲシと乱暴にケツを蹴ってくる一之瀬から逃げるように、僕は先輩の元へと向かう。
 その瞬間。

「……まったくー、北条くんは果報者ですねー……」

 そんな声が、背後から聞こえた気がした。


⭐⭐⭐


「よし。ではまずコレとコレを混ぜ合わせて、と」
「先輩、こっちの薬品はどうしますか?」
「ああ、それはこっちのコレと纏めて──」
「あのー……なんか試験管が光ってるように見えるんですがー」
「んっ!?」
「あ、マズいね。分量ミスったみたいだ」


⭐⭐⭐


「ふぅー……よしっ」

 二宮凛花は、研究室の扉の前で息を整え、気合を入れた。
 ノートパソコンも、研究資料も準備オーケー。これで完璧に先輩との時間を謳歌できる。

「ふ、ふふ……んっ」

 ニヤけそうになる頬を無理やり引き締め、頭を振る。いつも通り演じなければいけない。ウザ可愛くて手の掛かる後輩の姿を、完璧に。
 それが先輩との繋がりを、より強固にしてくれているから。

「お、お邪魔しまーッス!」

 意を決して、扉を開けた──その瞬間。

「……やぁ」
「……けほっ」
「……あぁ、来たのか二宮」

 二宮の目に飛び込んできたのは、まっくろ焦げになった三峰、一之瀬、北条の姿であった。

「な、何があったんスか!?」
「あぁ、ちょっと実験に失敗してね」
「それでこの有様というわけだ」
「けほっ、けほけほっ……けむいですー」

 どうやら、実験に失敗して思いっきり爆発したらしかった。まぁこの三人にとっては、こんなのいつもの事である。
 しかし、今年入学してきたばかりの二宮にとっては、初めて見る光景であるわけで。

「えぇ……」

 まっくろ焦げになっても平気そうな顔をしている先輩たちの姿を見て、二宮凛花はその場で少し後ずさるのだった。
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