【完結】四肢切断 - 目が醒めたら -

くるんてぷ

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旅のはじまり

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麻尋まひろは成田空港に向かうタクシーの窓から晴れない顔付きでぼんやりと空を見上げた。
「疲れた…。」思わずつぶやく。
急に思い立ちフィリピン行きの往復航空券を購入したのは一週間前。深夜近くまで仕事をし、ほぼ徹夜で荷造りしタクシーに乗り込んだところだった。毎日の激務に心底疲れ、南国に逃げたかった。単なる小旅行だが、忙しい毎日を一瞬忘れてリラックスできれば十分だった。
欲を言えば気の合う友人や彼氏と一緒に旅をしたかったが、仕事ばかりで普段からひとりで行動することが多かった。

空港にむかう直前の母との小さな口論を思い出す。麻尋は母と二人で暮らし。口ゲンカはいつものことだった。母はひとり旅を心配しあれこれ聞いてきたのだが、時間もなく邪険にしてしまい、険悪な雰囲気のまま家を出た。
麻尋は24歳。この歳になっても何かと口うるさい母がいつも疎ましかった。同い年でもすでに結婚し、母になっている友人たちもいる。彼氏さえおらず、いつまでも自立できない自分に苛つきもあった。
母が心配して口うるさくなるのはわかるが、有難く受け止めることはできなかった。
自分に父親がいないのが母のせいとすら考えたこともあった。
父親の記憶があまりないせいか、男性とどう接していいのか戸惑うことも多く、数人と付き合いをしたが半年しかもたなかった。
彼氏が欲しいし結婚もしたい気持ちはあるが、恋愛自体、自分には難しい未知の世界のように感じた。

いつの間にうたた寝したのか、目を開けるとすでにタクシーが空港内に入るところだった。

麻尋にとってフィリピンは初めてだ。今までに東南アジアならタイやマレーシアを旅したが、何となくフィリピンの方が日本人が巻き込まれる事件が多い気がして避けていた。
今回は格安チケットが目に止まり、そのまま勢いで6泊の行程でチケットを購入したのだった。宿は深夜に慌ただしくネット予約をしたばかり。

空港に着くとすぐにチェックインをすませた。睡眠不足で眠い。出国手続きをさっさと済ませ、ゲートに向かう。ゲートにつくなり空席に座り込む。仲良くはしゃぐ隣の若いカップルの声がだんだん小さくなる。

周りのざわつきに気付き慌てて立ち上がる。搭乗開始だ。そのまま飛行機に乗り込むと、また目を閉じた。

麻尋が眠いのは徹夜のせいだけではない。
口うるさい母とのやりとり、激務による疲れ、職場の人間関係、彼氏もおらず結婚へ無縁な自分の将来への不安。ストレスが眠気に拍車をかける。
はやく南国の海を見て気分転換したかった。

恋愛経歴の少ない麻尋だが、化粧上手で顔立ちも整っている。着こなしもおしゃれでシングルに見えない。言い寄られることもある。しかし男性とのやりとりが得意ではなく、なかなか深い仲になれない。
過去の恋愛は悲しい別ればかりで思い出すほど気が滅入る。麻尋の失恋ばかり。
母はいつも相手のことを聞いてきては、交際を反対した。
「理想どおりにはいかない」「私の恋人は私で決める」と母の言葉に反対するが、結局どの恋愛も実らなかった。

ピン・ポーンと機内アナウンスが始まる。もう到着間近だ。ほとんど寝ていたが出された機内食はしっかり食べた。食べるのが早くいつでも食欲があり、どこでも寝られるのがある意味特技だった。
化粧と髪を直しながら窓に目をやる。天気がいい。海が眩しい。綺麗だ。小さな島がいくつもあるフィリピン。楽しい旅になりますように。飛行機の着地を待った。
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