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一石

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 この石を見ると無性に奴に会いたくなる。





あれは高校生2年のことだ。

私の高校はスポーツに力を入れていた。
どの競技においても強豪校だった。

私は野球部。
数ある厳しい部活の中でも、群を抜いて厳しいと噂されるほど苛烈な部だった。

軍隊並みの統率力と鬼教官のような監督、
絶対に崩せない上下関係。

当時の事を思い出すと、今でも身がすくむ。


そして、もちろん全寮制である。

二人で一部屋、あるのは2段ベットと机が二つ。

部屋割りは同期と一緒が原則だったのが、唯一の救いではあった。





一石(いちごく)




珍しい苗字だと思う。

二年生になってからの私のルームメイトだ。

私が2段ベットの下で、一石が上。



見た目は、日焼けで真っ黒の丸坊主。
まあ、みんなそうだったが。


性格は、とにかく真っ直ぐな漢。


度の超えた理不尽には、しっかりと立ち向かう、そんな奴だった。

そんな性格だ、監督や先輩にはもちろん嫌われていた。
ある意味では問題児。

ただ、私ら同期からは度々ヒーローに視える時があった。

不平不満を代弁してくれるのだ、そう視えて当然だろう。




二年生の11月、夜はかなり寒くなってきた頃だった。
ある日、2段ベットの上で一石は言った。


「明日、オレは一石投じてやろうと思う」


何についてかは言わなかったが、最近の監督の理不尽な態度に対してだろうなと察しはついた。


「また、目つけられるぞ」

心配半分、期待半分の返答をした。


「誰かが言わなきゃいけん」
「苗字からして、オレがやらなきゃならん」


「一石だから? バカだろお前」


沈黙。
上からは、もう返答は無かった。





翌朝、朝練終わりに、いつものように監督の説教という名の憂さ晴らしが始まった。

私達部員の役目は、深刻な顔でただ聞くだけ。
異論も反論もそこにはいらない。



「おい!!」



突然の大声に我々はもちろん、監督も身体をビクつかせた。


一石だった。


本当に何か言うのかと、私の鼓動は早くなり手のひらが汗ばんだ。
きっと本人以上に緊張していた。


「なんだ、お前」

監督はすごい剣幕で一歩前に出た。


「、、、、、」

一石は何も言わずに、徐に右のポケットに手を入れていた。


なんなんだ、怖気付いたのか一石。
そう思った瞬間だった。


一石の右手に握られた、まあまあな大きさの石。


「え? は? え?」

思わず声が出た。


一石投じるとは言ったが、まさか物理的にだとは考えもしなかった。

本当に投げるのか。

それにしても、石デカすぎやしないか。

監督、死ぬんじゃないのか。





「ガッシャーン」




窓ガラスの割れる音が、私のぐちゃぐちゃな思考を上書きした。



一石の投げた一石は、監督の頬を掠めて、体育館の窓ガラスを突き破っていた。

皆、呆然と立ち尽くしていた。

一石も、ただ立ち尽くしていた。




幸い体育館に人はおらず、誰一人怪我人はいなかった。

コントロールのいい奴だ。
はなから監督に当てる気は無かったのだろう。




その後、大勢の教職員に一石は連行されていった。

母親が迎えに来て、とりあえずの自宅謹慎になり、後日彼に停学処分が下された。

そして一石はその処分を蹴り、自主退学を選び学校を去った。






年明け、一石は寮の荷物を取りに来た。

「部屋が広くなってよかったな」

彼は清々しいまでの笑顔だった。


「何も退学しなくてもよかったじゃんかよ」


「、、、」
「退学までがセットだったからな」



会話はそれだけだった。

あの日の夜の決意の沈黙を、私は思い出していた。




監督は相変わらず理不尽だったが、朝の説教タイムは、それからなくなった。


空になった上のベットには、その功績だけが残った。









あれから十年以上たった。

あの日投げられた石を、私は今もそれとなく保管している。

不思議なエネルギーを秘めた石だ。


たまに見つめては奴を思い出す。



奴が今どこで何をしてるのかは、全くもって分からない。




だが、これだけは言える。




きっと今日もどこかで一石投じてるに違いないと。
















































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