伯爵令嬢は五度目の人生で流浪の歌歌いとなる

はみがき(井崎しずく)

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序章 ─da capo─

5話 邂逅

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 僕こと、エリカ・フォン・ドルチェは天才だ。
 考えた通りにやれば、必ず求めた結果全てが手に入る。
 ……勿論、成功に向けた努力あっての事だけど。
 その有能さは疎まれるべきだし、羨まれるべきだと思っている。

 けれど、僕自身はこの有能さが好きになれなかった。
 魔法の仕組みを魔法陣として書き抜けば、周りの大人は皆気持ち悪いものを見る目で見てくる。言われた通り本を読んで、寸分の狂いなく本の内容を覚えた時だって、彼らは上部でしか褒めてくれなかった。
 引きつった頰。痙攣する下瞼。毎度やらされる無理難題。それに見合った努力。

 全てが、偽物の良い子ちゃんである『エリカ王子』を作っていた。







「殿下、少しお待ちください」

 グレイシャス王国領の一つ、東のオルグイユ伯爵領の森林で、僕たちは立ち往生を食らった。原因は突然足を止めた馬にある。夜の親交パーティに間に合うのか、そもそもあとどのくらいで着くのか、この辺りの道に明るくないビストレの騎士たちが相談していた。
 彼らはグレイシャスの使徒から事前に説明を受けていたはずなのに、何故覚える努力をしなかったんだろう。僕が聞いていたら、絶対に覚えていられただろうに。

 そうして募る苛立ちの中で、少し魔が差した。
 僕はゆっくりと馬車の近くから離れて、森の深部へ向かった。

 耳に飛び込んで来るのは、煩わしい大人の声ではなく、柔らかい鳥の声。目に入るのは、乾いた羊皮紙ではなく、瑞々しい木々達。

「うわぁ」

 何もかもが新鮮で、何もかもが美しかった。
 もうこのまま森に紛れて、王子なんて面倒な事辞めちゃおうかな。なんて、そう思っていた時。急に開けた場所に出た。

「──!」

 そこに居たのは、長い紺の髪を一房だけ編み込んでいる少女だった。陶器のような滑らかな肌に、淡い桃色に染まった頰が良く映える。端的に言って、木に腰掛けて眠る彼女は、言葉を失う程美しい。新緑の重い陰に溶けるような彼女は、童謡に出て来る妖精そのものだった。

「欲しい」

 彼女の瞳は何色なんだろう。紺に映える色だと良いな。
 ああ、あの身体はどれほど柔らかいんだろう。どのくらい深く爪を立てたら、真紅の血が顔を出すのかな。


「ほしい」


 ああ ああ 嗚呼!
 あの 清廉な少女を 壊したい。
 僕だけ。 ただのエリカだけを 瞳に映して欲しい。
 欲しい。
 ホシイ。

 ほ し い 。



「殿下、殿下!?」

 聞き慣れた従者の声で夢から覚める。
 なんて。なんて素晴らしい夢だったんだ。やっと天才である自分を好きになれそうだよ。有難う僕、有難う両親。

「いつか必ず、君を迎えに行くね」

 去り際に僕がそう呟くと、少女が俄かに体を震わせた気がした。





「うっわ凄い悪寒がした……っていうか寝ちゃってたわ、あっぶなーい!」

 滴り落ちそうになる涎を拭って、寝ぼけ眼で辺りを見回す。さっき確かに誰かに見られていると思ったのに、其処にはもう何の気配もなかった。なんだったのかしら、今の不快感。

「おいコラお嬢さん、アンタ寝てただろ。人が頑張ってこの先の道確認してきてやったってのに」

 刹那、私の頭に拳が飛んできた。
 ぐぉぉぉ、と反射的に吐きながらも、痛む頭をさすって振り向く。其処には、鬼の形相で此方を見ているジーンが立っていた。

「いやごめん、ごめんてジーン君。私だって寝たくて寝たわけじゃないのよ。まだ10歳の体がどのくらいスタミナがあるのか分かってないだけで」

「は?」

「あっ、いや、なんでもない!」

 ひー、寝起きはダメね、面白いくらい頭が回らないわ。
 小首を傾げながら、そそくさと去って行こうとするジーンに、私は食らいつくようについて行く。それにしても、さっき感じた悪寒。なんかエリカに見られてた時感じてたやつに似てた気がするんだけど……ま、気の所為よね!
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