4 / 7
序章 ─da capo─
3話 持つべきものは友ね
しおりを挟む
朝6:00。
私の五度目の人生が始まってから、1時間経った。
我がオルグイユ伯爵家では、この時間から活動し始める。そろそろあの農民上がりの従者が部屋に来るはずだわ。そしたら先ずは、ソイツを私の旅に同行させないと……。
そこまで考えて、ハッとする。
今までは長い間拘束されて、魔法でずーっと頭の中を掻き回されていたから、いつも何かに酔っている感覚だったけど。今はスラスラ言葉が出て来るし、とても頭がはっきりしてる。もう5回目だけど、凄く新鮮だわ! あー、やっぱり逆行直後の爽快感は最高ね!
「お嬢さん、朝だぞ。起きてるかー?」
気の抜けた声と共に彼がやってきた。
ノックも無しにやってきたコイツが、件の従者。浅葱色の長髪を括って、半開きの藍色の瞳を向けてくる彼の名は、ジーンという。12歳の少年だ。
「あれ、今日は起きてるのか。おはよう」
「ご機嫌ようジーン。相変わらずノックは無いのね!」
「いや、だってお嬢さん、この時間はいつも寝てるから。この前だって腹出しながら寝てただろ?」
「……ね、寝てる時のことなんて覚えてないわよ」
やたらと失礼なコイツは、オルグイユ伯爵領の一つだったヴェルデ村からやって来た。その村は兎に角貧しくて。っていうか、貧しい村がひしめきあってる上に、凄い辺境だったのよね。そのせいで争いも絶えなかったし、事実ヴェルデは焼け落ちて、その時の生存者はコイツ一人だったわ。
丁度その時、私もお兄様に連れられてヴェルデに来ていたの。そしたら村は硝煙でプスプス言ってるし、小汚い男の子は地面を這ってるしで、本当地獄絵図だったわね。
私はその頃同じ歳くらいの友達が居なかったから、拾って介抱してやったジーンに「礼儀なんてどーだって良いから、私の友達になって頂戴!」って言ったの。結果がコレよ。二人きりの時は面白いくらい立場を弁えない奴になったわ。ま、楽しいから良いんだけどね!
私、オルグイユ伯爵家の中では、お兄様の次にジーンを信頼しているの。だからね。今までは旅に出る選択肢すら思いつかなかったからダメだったけど、今回だけは死んでも連れて行きたいのよ……!
「んで、なんでそんなに張り切ってんだよ? 今日のパーティそこまで楽しそうなやつだったっけ」
「逆よ逆、私今日中にこの家を出るわ! それで歌歌いになるの!」
あらジーン君、何故天を仰いで両手で顔を覆ってるのかしら? 貴方の細い指しか見えないんじゃない?
「悪い、お嬢さんが何言ってんのか分かんねぇ。貧民上がりの残念な頭でも分かるように言ってくんねぇ?」
「えっ、そのままの意味よ! 私、今日のパーティ……いえ、寧ろこのままこの家に居たら大変な事になるから、絶対出て行きたいの!」
自分の短い腕をコレでもかと動かして説明するけど、ジーンは押し黙っている。暫くして、動き疲れた私を前に、ゆっくりと両手を外した彼が言った。
腹の底から響くような、酷く冷たい声で。
「やっぱ動機の方はよく分んねぇけど、なぁ。アンタ本気で家を出るって言ってんのか?
この家を出れたとしても、グレイシャスで歌歌いになろうとするなんて狂人の発想だぜ? お嬢さんだって知ってんだろ。ここで許されてる娯楽は本だけだ」
燻んだ藍色の瞳が、全ての光を跳ね除けて私だけを見つめている。彼の瞳の澱の中で、くるくると揺れている私は、酷く緊張しているらしかった。彼は正直で、いつだってその言葉に偽りはない。実際、この国で音楽活動をするなんて、阿呆でも思いつかないでしょうね。
この国って、ホンットーに常軌を逸するくらいお堅いのよ。南のアゼルダ共和国なら、とても音楽が発展しているのに。私が4度の人生で音楽を学べたのだって、「新婚旅行♡」とか言ってエリカに連れて来られたアゼルダの文化のおかげだもの。
けどね。私がなんとか生きていけそうな道は、これしかないの。
もう薬漬けになるのは嫌。
もう延々と魔法で快楽を覚えさせられるのも嫌。
拘束されて、身体中傷だらけにされて、私の中も外も、何もかも踏みにじられて。エリカの気味の悪い笑顔で一生を閉じるのも、もう、嫌なの。
腹の前で手を組んで、強く握りしめる。
あの時の苦痛に比べれば、爪が手のひらに食い込む痛みなんてどうって事ない。苦労したって構わないの。ああ、でも私、今ジーンも大変な道に引きずり込もうとしてるのね。類は友を呼ぶ、って案外あるのかもしれないわ。だって私がしてる事って、エリカが私の人生を奪ったのと同じくらい、無責任な事なんだもの。
「ごめんなさい。分かっているの。
だけど、これ以上の策がないのよ」
組んだ手を額に当てて、祈るように目を閉じる。
毎回私が逆行する時、最初に眼を覚ますのは今日の朝5:00だった。いつだって、微塵の時間も無いのだ。
「……あー、いや。こっちこそごめん。もうやめてくれ、そんなに苦しそうなアンタなんて見たくない」
掠れた声でそう言った彼は、少し震えだしていた私の肩を撫でた。手を下ろした私の視界に、悲しそうな顔をしたジーンが映り込む。
「正直、お嬢さんの言う事が全然理解出来ないけどさ。
アンタがそこまで思いつめて、それでもそれしか無いって言うなら、俺も付いていく。地獄だろーとなんだろーと、俺の命はアンタのもんなんだ。死ぬまで付いていくぜ、俺のお嬢さん」
「──私、まだ付いて来てほしいなんて、言ってないわ」
「おーおー、ここに来て強がりか? 俺が居なきゃ何も出来ない世間知らずのアンタには、ちょっと無理があるぜ」
口角を上げるジーンが、初めて出会った時の死んだ目をしたジーンを思い出させる。コイツがあの日生き残ってくれて良かった。
私の最初の従者が、私の最初の親友が、私の最初で最期の、最高の悪友が。ジーンで良かった。
「じゃ、そうと決まったら行くぞ」
「え、でもお父様とお兄様に一言言わなきゃ」
せり上がっていた私の涙が、彼の面倒臭そうな表情で引っ込んだ。私今そんなに可笑しい事言った!?
「黙って出て行くに決まってんだろ」
ぶっきらぼうに言いきった彼は、呆然とする私の腕を引っ張って、自分の方に引き寄せてから。随分と意地悪そうな笑顔を浮かべた。
私の五度目の人生が始まってから、1時間経った。
我がオルグイユ伯爵家では、この時間から活動し始める。そろそろあの農民上がりの従者が部屋に来るはずだわ。そしたら先ずは、ソイツを私の旅に同行させないと……。
そこまで考えて、ハッとする。
今までは長い間拘束されて、魔法でずーっと頭の中を掻き回されていたから、いつも何かに酔っている感覚だったけど。今はスラスラ言葉が出て来るし、とても頭がはっきりしてる。もう5回目だけど、凄く新鮮だわ! あー、やっぱり逆行直後の爽快感は最高ね!
「お嬢さん、朝だぞ。起きてるかー?」
気の抜けた声と共に彼がやってきた。
ノックも無しにやってきたコイツが、件の従者。浅葱色の長髪を括って、半開きの藍色の瞳を向けてくる彼の名は、ジーンという。12歳の少年だ。
「あれ、今日は起きてるのか。おはよう」
「ご機嫌ようジーン。相変わらずノックは無いのね!」
「いや、だってお嬢さん、この時間はいつも寝てるから。この前だって腹出しながら寝てただろ?」
「……ね、寝てる時のことなんて覚えてないわよ」
やたらと失礼なコイツは、オルグイユ伯爵領の一つだったヴェルデ村からやって来た。その村は兎に角貧しくて。っていうか、貧しい村がひしめきあってる上に、凄い辺境だったのよね。そのせいで争いも絶えなかったし、事実ヴェルデは焼け落ちて、その時の生存者はコイツ一人だったわ。
丁度その時、私もお兄様に連れられてヴェルデに来ていたの。そしたら村は硝煙でプスプス言ってるし、小汚い男の子は地面を這ってるしで、本当地獄絵図だったわね。
私はその頃同じ歳くらいの友達が居なかったから、拾って介抱してやったジーンに「礼儀なんてどーだって良いから、私の友達になって頂戴!」って言ったの。結果がコレよ。二人きりの時は面白いくらい立場を弁えない奴になったわ。ま、楽しいから良いんだけどね!
私、オルグイユ伯爵家の中では、お兄様の次にジーンを信頼しているの。だからね。今までは旅に出る選択肢すら思いつかなかったからダメだったけど、今回だけは死んでも連れて行きたいのよ……!
「んで、なんでそんなに張り切ってんだよ? 今日のパーティそこまで楽しそうなやつだったっけ」
「逆よ逆、私今日中にこの家を出るわ! それで歌歌いになるの!」
あらジーン君、何故天を仰いで両手で顔を覆ってるのかしら? 貴方の細い指しか見えないんじゃない?
「悪い、お嬢さんが何言ってんのか分かんねぇ。貧民上がりの残念な頭でも分かるように言ってくんねぇ?」
「えっ、そのままの意味よ! 私、今日のパーティ……いえ、寧ろこのままこの家に居たら大変な事になるから、絶対出て行きたいの!」
自分の短い腕をコレでもかと動かして説明するけど、ジーンは押し黙っている。暫くして、動き疲れた私を前に、ゆっくりと両手を外した彼が言った。
腹の底から響くような、酷く冷たい声で。
「やっぱ動機の方はよく分んねぇけど、なぁ。アンタ本気で家を出るって言ってんのか?
この家を出れたとしても、グレイシャスで歌歌いになろうとするなんて狂人の発想だぜ? お嬢さんだって知ってんだろ。ここで許されてる娯楽は本だけだ」
燻んだ藍色の瞳が、全ての光を跳ね除けて私だけを見つめている。彼の瞳の澱の中で、くるくると揺れている私は、酷く緊張しているらしかった。彼は正直で、いつだってその言葉に偽りはない。実際、この国で音楽活動をするなんて、阿呆でも思いつかないでしょうね。
この国って、ホンットーに常軌を逸するくらいお堅いのよ。南のアゼルダ共和国なら、とても音楽が発展しているのに。私が4度の人生で音楽を学べたのだって、「新婚旅行♡」とか言ってエリカに連れて来られたアゼルダの文化のおかげだもの。
けどね。私がなんとか生きていけそうな道は、これしかないの。
もう薬漬けになるのは嫌。
もう延々と魔法で快楽を覚えさせられるのも嫌。
拘束されて、身体中傷だらけにされて、私の中も外も、何もかも踏みにじられて。エリカの気味の悪い笑顔で一生を閉じるのも、もう、嫌なの。
腹の前で手を組んで、強く握りしめる。
あの時の苦痛に比べれば、爪が手のひらに食い込む痛みなんてどうって事ない。苦労したって構わないの。ああ、でも私、今ジーンも大変な道に引きずり込もうとしてるのね。類は友を呼ぶ、って案外あるのかもしれないわ。だって私がしてる事って、エリカが私の人生を奪ったのと同じくらい、無責任な事なんだもの。
「ごめんなさい。分かっているの。
だけど、これ以上の策がないのよ」
組んだ手を額に当てて、祈るように目を閉じる。
毎回私が逆行する時、最初に眼を覚ますのは今日の朝5:00だった。いつだって、微塵の時間も無いのだ。
「……あー、いや。こっちこそごめん。もうやめてくれ、そんなに苦しそうなアンタなんて見たくない」
掠れた声でそう言った彼は、少し震えだしていた私の肩を撫でた。手を下ろした私の視界に、悲しそうな顔をしたジーンが映り込む。
「正直、お嬢さんの言う事が全然理解出来ないけどさ。
アンタがそこまで思いつめて、それでもそれしか無いって言うなら、俺も付いていく。地獄だろーとなんだろーと、俺の命はアンタのもんなんだ。死ぬまで付いていくぜ、俺のお嬢さん」
「──私、まだ付いて来てほしいなんて、言ってないわ」
「おーおー、ここに来て強がりか? 俺が居なきゃ何も出来ない世間知らずのアンタには、ちょっと無理があるぜ」
口角を上げるジーンが、初めて出会った時の死んだ目をしたジーンを思い出させる。コイツがあの日生き残ってくれて良かった。
私の最初の従者が、私の最初の親友が、私の最初で最期の、最高の悪友が。ジーンで良かった。
「じゃ、そうと決まったら行くぞ」
「え、でもお父様とお兄様に一言言わなきゃ」
せり上がっていた私の涙が、彼の面倒臭そうな表情で引っ込んだ。私今そんなに可笑しい事言った!?
「黙って出て行くに決まってんだろ」
ぶっきらぼうに言いきった彼は、呆然とする私の腕を引っ張って、自分の方に引き寄せてから。随分と意地悪そうな笑顔を浮かべた。
0
お気に入りに追加
16
あなたにおすすめの小説
虐殺者の称号を持つ戦士が元公爵令嬢に雇われました
オオノギ
ファンタジー
【虐殺者《スレイヤー》】の汚名を着せられた王国戦士エリクと、
【才姫《プリンセス》】と帝国内で謳われる公爵令嬢アリア。
互いに理由は違いながらも国から追われた先で出会い、
戦士エリクはアリアの護衛として雇われる事となった。
そして安寧の地を求めて二人で旅を繰り広げる。
暴走気味の前向き美少女アリアに振り回される戦士エリクと、
不器用で愚直なエリクに呆れながらも付き合う元公爵令嬢アリア。
凸凹コンビが織り成し紡ぐ異世界を巡るファンタジー作品です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

転生しても山あり谷あり!
tukisirokou
ファンタジー
「転生前も山あり谷ありの人生だったのに転生しても山あり谷ありの人生なんて!!」
兎にも角にも今世は
“おばあちゃんになったら縁側で日向ぼっこしながら猫とたわむる!”
を最終目標に主人公が行く先々の困難を負けずに頑張る物語・・・?
私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜
月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。
だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。
「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。
私は心を捨てたのに。
あなたはいきなり許しを乞うてきた。
そして優しくしてくるようになった。
ーー私が想いを捨てた後で。
どうして今更なのですかーー。
*この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる