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序章 ─da capo─

3話 持つべきものは友ね

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 朝6:00。
 私の五度目の人生が始まってから、1時間経った。
 我がオルグイユ伯爵家では、この時間から活動し始める。そろそろあの農民上がりの従者が部屋に来るはずだわ。そしたら先ずは、ソイツを私の旅に同行させないと……。

 そこまで考えて、ハッとする。
 今までは長い間拘束されて、魔法でずーっと頭の中を掻き回されていたから、いつも何かに酔っている感覚だったけど。今はスラスラ言葉が出て来るし、とても頭がはっきりしてる。もう5回目だけど、凄く新鮮だわ! あー、やっぱり逆行直後の爽快感は最高ね!


「お嬢さん、朝だぞ。起きてるかー?」

 気の抜けた声と共に彼がやってきた。
 ノックも無しにやってきたコイツが、件の従者。浅葱色の長髪を括って、半開きの藍色の瞳を向けてくる彼の名は、ジーンという。12歳の少年だ。

「あれ、今日は起きてるのか。おはよう」

「ご機嫌ようジーン。相変わらずノックは無いのね!」

「いや、だってお嬢さん、この時間はいつも寝てるから。この前だって腹出しながら寝てただろ?」

「……ね、寝てる時のことなんて覚えてないわよ」

 やたらと失礼なコイツは、オルグイユ伯爵領の一つだったヴェルデ村からやって来た。その村は兎に角貧しくて。っていうか、貧しい村がひしめきあってる上に、凄い辺境だったのよね。そのせいで争いも絶えなかったし、事実ヴェルデは焼け落ちて、その時の生存者はコイツ一人だったわ。
 丁度その時、私もお兄様に連れられてヴェルデに来ていたの。そしたら村は硝煙でプスプス言ってるし、小汚い男の子は地面を這ってるしで、本当地獄絵図だったわね。

 私はその頃同じ歳くらいの友達が居なかったから、拾って介抱してやったジーンに「礼儀なんてどーだって良いから、私の友達になって頂戴!」って言ったの。結果がコレよ。二人きりの時は面白いくらい立場を弁えない奴になったわ。ま、楽しいから良いんだけどね!
 私、オルグイユ伯爵家の中では、お兄様の次にジーンを信頼しているの。だからね。今までは旅に出る選択肢すら思いつかなかったからダメだったけど、今回だけは死んでも連れて行きたいのよ……!

「んで、なんでそんなに張り切ってんだよ? 今日のパーティそこまで楽しそうなやつだったっけ」

「逆よ逆、私今日中にこの家を出るわ! それで歌歌いになるの!」


 あらジーン君、何故天を仰いで両手で顔を覆ってるのかしら? 貴方の細い指しか見えないんじゃない?


「悪い、お嬢さんが何言ってんのか分かんねぇ。貧民上がりの残念な頭でも分かるように言ってくんねぇ?」

「えっ、そのままの意味よ! 私、今日のパーティ……いえ、寧ろこのままこの家に居たら大変な事になるから、絶対出て行きたいの!」

 自分の短い腕をコレでもかと動かして説明するけど、ジーンは押し黙っている。暫くして、動き疲れた私を前に、ゆっくりと両手を外した彼が言った。
 腹の底から響くような、酷く冷たい声で。


「やっぱ動機の方はよく分んねぇけど、なぁ。アンタ本気で家を出るって言ってんのか?
 この家を出れたとしても、グレイシャスで歌歌いになろうとするなんて狂人の発想だぜ? お嬢さんだって知ってんだろ。ここグレイシャスで許されてる娯楽は本だけだ」


 燻んだ藍色の瞳が、全ての光を跳ね除けて私だけを見つめている。彼の瞳の澱の中で、くるくると揺れている私は、酷く緊張しているらしかった。彼は正直で、いつだってその言葉に偽りはない。実際、この国で音楽活動をするなんて、阿呆でも思いつかないでしょうね。
 この国って、ホンットーに常軌を逸するくらいお堅いのよ。南のアゼルダ共和国なら、とても音楽が発展しているのに。私が4度の人生で音楽を学べたのだって、「新婚旅行♡」とか言ってエリカに連れて来られたアゼルダの文化のおかげだもの。

 けどね。私がなんとか生きていけそうな道は、これしかないの。


 もう薬漬けになるのは嫌。
 もう延々と魔法で快楽を覚えさせられるのも嫌。
 拘束されて、身体中傷だらけにされて、私の中も外も、何もかも踏みにじられて。エリカの気味の悪い笑顔で一生を閉じるのも、もう、嫌なの。


 腹の前で手を組んで、強く握りしめる。
 あの時の苦痛に比べれば、爪が手のひらに食い込む痛みなんてどうって事ない。苦労したって構わないの。ああ、でも私、今ジーンも大変な道に引きずり込もうとしてるのね。類は友を呼ぶ、って案外あるのかもしれないわ。だって私がしてる事って、エリカが私の人生を奪ったのと同じくらい、無責任な事なんだもの。

「ごめんなさい。分かっているの。
 だけど、これ以上の策がないのよ」

 組んだ手を額に当てて、祈るように目を閉じる。
 毎回私が逆行する時、最初に眼を覚ますのは今日の朝5:00だった。いつだって、微塵の時間も無いのだ。

「……あー、いや。こっちこそごめん。もうやめてくれ、そんなに苦しそうなアンタなんて見たくない」

 掠れた声でそう言った彼は、少し震えだしていた私の肩を撫でた。手を下ろした私の視界に、悲しそうな顔をしたジーンが映り込む。

「正直、お嬢さんの言う事が全然理解出来ないけどさ。
 アンタがそこまで思いつめて、それでもそれしか無いって言うなら、俺も付いていく。地獄だろーとなんだろーと、俺の命はアンタのもんなんだ。死ぬまで付いていくぜ、俺のお嬢さん」

「──私、まだ付いて来てほしいなんて、言ってないわ」

「おーおー、ここに来て強がりか? 俺が居なきゃ何も出来ない世間知らずのアンタには、ちょっと無理があるぜ」

 口角を上げるジーンが、初めて出会った時の死んだ目をしたジーンを思い出させる。コイツがあの日生き残ってくれて良かった。
 私の最初の従者が、私の最初の親友が、私の最初で最期の、最高の悪友が。ジーンで良かった。

「じゃ、そうと決まったら行くぞ」

「え、でもお父様とお兄様に一言言わなきゃ」

 せり上がっていた私の涙が、彼の面倒臭そうな表情で引っ込んだ。私今そんなに可笑しい事言った!?


「黙って出て行くに決まってんだろ」


 ぶっきらぼうに言いきった彼は、呆然とする私の腕を引っ張って、自分の方に引き寄せてから。随分と意地悪そうな笑顔を浮かべた。
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