僕のわんだふる物語

朱宮あめ

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第4話

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 それからというもの、僕は毎日毎日訓練に明け暮れた。
 おじさんの言うとおり、訓練はとても厳しくて苦しかった。
 けれど、それでも僕は、まひるちゃんたちを思ってどんなに辛い訓練も乗り越えた。

 僕にはやるべきことがある。

 弱音を吐く暇があったらもっと努力をして、ひとりでも多くのひとの命を救うんだ。

 あの日できなかったことを、できるようになるんだ。後悔しないために。

 そう、何度も挫けそうな心に言い聞かせて。

 そして僕はとうとう、いくつもの難しい試験を突破して、本物のレスキューになった。

 災害現場でひとつ、またひとつと命を救うたび、僕の胸を支配していた罪悪感が取り払われていくようだった。


 ***



 レスキュー隊になって十年が経ったある日、あのときと同じような大きな災害が起こった。
 僕はすぐさま、おじさんと災害現場に出動した。

 目の前には、あのときと同じような地獄絵図が広がっている。けれど、不思議と怖くはなかった。

 だって、今の僕はあのときとは違う。きっと、たくさんのひとたちを助けることができる。

「だれか……」

 瓦礫の中から、今にも消えてしまいそうなかすかな声が聞こえる。

「だれか、たす……けて……」

 小さな声が、たしかに聞こえた。
 胸が熱くなった。

 ――大丈夫、今助けるよ。すぐに助けるから、あと少し頑張って。

 僕は大きく叫んだ。

 ――要救助者がここにいるぞ!

 その場にいたレスキュー隊員たちが、総出でひとりの女の子を助けるために動く。
 そうして、瓦礫の下から救い出されたのは、小さな小さな女の子だった。

 どこか、まひるちゃんの面影と重なる女の子だった。

 ――あぁ、助かってよかった……。

 ホッとしたときだった。

 女の子を抱き上げたレスキュー隊員の真上に、大きな影が落ちた。
 その瞬間、僕には、その場所だけがまるで時が止まったかのようにスローモーションに映った。

 瓦礫が、落ちてくる。

 ――危ないっ!

 僕は咄嗟に、隊員ごと女の子を突き飛ばした。

「うぁっ!」

 隊員が衝撃でよろけて転ぶ。その直後、轟音が響いた。

「おいっ! どうした! 大丈夫か!?」

 音に気付いた隊員たちが駆け寄ってくる。

「俺たちは大丈夫、ただ……」
「おい、レイ!」
「レイ! 大丈夫か!? 血が……!」
「すぐに運べ! 急げっ!」

 泣き声が聞こえる。
 僕は力を振り絞って目を開ける。

 うっすらと歪んだ視界に入ったのは、女の子の泣き顔だった。まひるちゃんに似た女の子が、僕を見て泣いている。

 ――泣かないで。僕ならぜんぜん大丈夫だから、だから、泣かないで。

 そう言いたくても、声が出ない。

 ――足が痛いよ。身体が熱いよ。僕、どうしたの……?

 意識が朦朧とする。

「うわあぁぁん!」

 女の子がひときわ大きな泣き声を上げた。
 ハッとした。

 ――あぁ、この声だ。

 僕はずっと、まひるちゃんのこの声が聞きたかった。悲しそうでもいいから、生きている証のこの声を。

 だけど、まひるちゃんはなにも言わなかった。動かなかった。

 十年前の僕は無力で、大切な家族を助けられなかった。

 だけど今日は、ちゃんとできたんだ。助けられたんだ。

 これまでずっと、訓練を頑張ってきてよかった。僕が生かされたのは、きっとこの子を助けるためだったんだ。

 足の感覚がなくなっていく。

 もしかしたら、僕はもうダメかもしれない。
 でも、後悔はない。悲しくはない。むしろ誇らしいくらいだ。

 空に昇ったらきっと、まひるちゃんや、パパとママに会える。
 家族に会えるなら、死ぬのなんて怖くない。

 僕は静かに目を閉じた。

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