わがまま令嬢は、ある日突然不毛な恋に落ちる。

朱宮あめ

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第5話

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 翌日、あたしは大学を休んだ。

 心配するアルトを一方的にはねつけ、罵声を浴びせたり、無茶なことを言って困らせた。

 それでもアルトはあたしがどんなにわがままを言っても、困った顔で笑って、受け入れた。
 どれだけ罵倒しても、どれだけバカにしても。

 そんな日々が半年続いた。

 いい加減、あたしのほうが我慢できなくなった。
 だから、アルトをクビにすることにした。

「クビ……?」

 アルトが呆然とあたしを見つめる。

「……なぜ」
「もう無理。おじさんだし臭いし、あたし、やっぱりボディガードならイケメンがいいの。もうべつの候補のひと見つけてるから、今日中に荷物をまとめて出ていって」

 べつの候補なんて口から出まかせだ。
 とにかく、こいつの顔を見たくなかった。

「待ってください。私、なにか粗相をしましたか」
「なに、あんた、じぶんの仕事が完璧だとでも思ってたの? 粗相だらけだった気がするけど」
「……」
「とにかく、そういうことだから」

 わざと音を立てて扉を閉める。
 あたしは扉に背をもたれて、深く息を吐いた。
 胸の痛みを誤魔化すように、目を瞑る。

 これでいいのだ。
 このままだと、手遅れになる。

『ローズ』
 耳奥に響くのは、両親の笑い声。
『ローズ!』
 それから、あたしを呼ぶ親友の声だった。


 ***


 頭を冷やそうと、ふらりと外へ出た。
 屋敷を出てまっすぐ坂を下り、突き当たりにある川沿いをのんびりと歩く。
 どこへ行こう。
 考えるが、頭の中は空っぽだった。
 行きたいところも、会いたいひとも、あたしにはもういない。
 虚しくなって、笑みをこぼしたそのとき。

「あれぇ、お姉さんひとり?」
 振り返ると、見知らぬ男がふたり立っていた。
 煤かなにかで汚れたようなシャツに、ボロボロの革ベスト。ズボンもあちこち穴が開いているし、うしろでひとつに引っつめられた長髪もボサボサだった。
 治安のいい人間の風貌ではない。

 ごくりと息を呑む。

「俺らとちょっと遊ばない?」

 無視を決め込み、早足でその横を通り過ぎようとすると、肩を掴まれた。

「ちょっと、なに……」
「素直に着いてくれば手荒なことはしないのに、馬鹿な女だ」
「なっ……」
「ローズ・ディスワードだな。大人しくしろ」

 布切れを顔に当てられた。布には薬品がついているらしく、つんと鋭い香りがした。

「!!?」

 頭に鋭利ななにかが刺さったような痛みを覚える。もがく猶予もなく、あたしは意識を手放した。


 ***


 ふと目を覚ますと、暗闇が広がっていた。
「なに、ここ」
 じぶんの声がどこか遠くに感じ、身体を動かそうとすると、身体の自由を奪われていることに気付く。
 どうやら目隠しもされているらしい。

 目隠しの隙間から、身体を折って足首を確認する。
 感触からして麻紐のようなもので固く縛られているらしい。力を入れてもビクともしない。

 寒々しい室内の空気とじぶんの置かれた状況に、すぐに理解する。

 誘拐だ。

 冷静にため息をつく。
 昔から未遂は何度もあった。大財閥の令嬢だし、両親の事故のせいで世間に顔も知られていたから。
 こんなことでパニックになったりはしない。

 もう、あの頃のような子供じゃないのだから。
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