5 / 10
第5話
しおりを挟む
翌日、あたしは大学を休んだ。
心配するアルトを一方的にはねつけ、罵声を浴びせたり、無茶なことを言って困らせた。
それでもアルトはあたしがどんなにわがままを言っても、困った顔で笑って、受け入れた。
どれだけ罵倒しても、どれだけバカにしても。
そんな日々が半年続いた。
いい加減、あたしのほうが我慢できなくなった。
だから、アルトをクビにすることにした。
「クビ……?」
アルトが呆然とあたしを見つめる。
「……なぜ」
「もう無理。おじさんだし臭いし、あたし、やっぱりボディガードならイケメンがいいの。もうべつの候補のひと見つけてるから、今日中に荷物をまとめて出ていって」
べつの候補なんて口から出まかせだ。
とにかく、こいつの顔を見たくなかった。
「待ってください。私、なにか粗相をしましたか」
「なに、あんた、じぶんの仕事が完璧だとでも思ってたの? 粗相だらけだった気がするけど」
「……」
「とにかく、そういうことだから」
わざと音を立てて扉を閉める。
あたしは扉に背をもたれて、深く息を吐いた。
胸の痛みを誤魔化すように、目を瞑る。
これでいいのだ。
このままだと、手遅れになる。
『ローズ』
耳奥に響くのは、両親の笑い声。
『ローズ!』
それから、あたしを呼ぶ親友の声だった。
***
頭を冷やそうと、ふらりと外へ出た。
屋敷を出てまっすぐ坂を下り、突き当たりにある川沿いをのんびりと歩く。
どこへ行こう。
考えるが、頭の中は空っぽだった。
行きたいところも、会いたいひとも、あたしにはもういない。
虚しくなって、笑みをこぼしたそのとき。
「あれぇ、お姉さんひとり?」
振り返ると、見知らぬ男がふたり立っていた。
煤かなにかで汚れたようなシャツに、ボロボロの革ベスト。ズボンもあちこち穴が開いているし、うしろでひとつに引っつめられた長髪もボサボサだった。
治安のいい人間の風貌ではない。
ごくりと息を呑む。
「俺らとちょっと遊ばない?」
無視を決め込み、早足でその横を通り過ぎようとすると、肩を掴まれた。
「ちょっと、なに……」
「素直に着いてくれば手荒なことはしないのに、馬鹿な女だ」
「なっ……」
「ローズ・ディスワードだな。大人しくしろ」
布切れを顔に当てられた。布には薬品がついているらしく、つんと鋭い香りがした。
「!!?」
頭に鋭利ななにかが刺さったような痛みを覚える。もがく猶予もなく、あたしは意識を手放した。
***
ふと目を覚ますと、暗闇が広がっていた。
「なに、ここ」
じぶんの声がどこか遠くに感じ、身体を動かそうとすると、身体の自由を奪われていることに気付く。
どうやら目隠しもされているらしい。
目隠しの隙間から、身体を折って足首を確認する。
感触からして麻紐のようなもので固く縛られているらしい。力を入れてもビクともしない。
寒々しい室内の空気とじぶんの置かれた状況に、すぐに理解する。
誘拐だ。
冷静にため息をつく。
昔から未遂は何度もあった。大財閥の令嬢だし、両親の事故のせいで世間に顔も知られていたから。
こんなことでパニックになったりはしない。
もう、あの頃のような子供じゃないのだから。
心配するアルトを一方的にはねつけ、罵声を浴びせたり、無茶なことを言って困らせた。
それでもアルトはあたしがどんなにわがままを言っても、困った顔で笑って、受け入れた。
どれだけ罵倒しても、どれだけバカにしても。
そんな日々が半年続いた。
いい加減、あたしのほうが我慢できなくなった。
だから、アルトをクビにすることにした。
「クビ……?」
アルトが呆然とあたしを見つめる。
「……なぜ」
「もう無理。おじさんだし臭いし、あたし、やっぱりボディガードならイケメンがいいの。もうべつの候補のひと見つけてるから、今日中に荷物をまとめて出ていって」
べつの候補なんて口から出まかせだ。
とにかく、こいつの顔を見たくなかった。
「待ってください。私、なにか粗相をしましたか」
「なに、あんた、じぶんの仕事が完璧だとでも思ってたの? 粗相だらけだった気がするけど」
「……」
「とにかく、そういうことだから」
わざと音を立てて扉を閉める。
あたしは扉に背をもたれて、深く息を吐いた。
胸の痛みを誤魔化すように、目を瞑る。
これでいいのだ。
このままだと、手遅れになる。
『ローズ』
耳奥に響くのは、両親の笑い声。
『ローズ!』
それから、あたしを呼ぶ親友の声だった。
***
頭を冷やそうと、ふらりと外へ出た。
屋敷を出てまっすぐ坂を下り、突き当たりにある川沿いをのんびりと歩く。
どこへ行こう。
考えるが、頭の中は空っぽだった。
行きたいところも、会いたいひとも、あたしにはもういない。
虚しくなって、笑みをこぼしたそのとき。
「あれぇ、お姉さんひとり?」
振り返ると、見知らぬ男がふたり立っていた。
煤かなにかで汚れたようなシャツに、ボロボロの革ベスト。ズボンもあちこち穴が開いているし、うしろでひとつに引っつめられた長髪もボサボサだった。
治安のいい人間の風貌ではない。
ごくりと息を呑む。
「俺らとちょっと遊ばない?」
無視を決め込み、早足でその横を通り過ぎようとすると、肩を掴まれた。
「ちょっと、なに……」
「素直に着いてくれば手荒なことはしないのに、馬鹿な女だ」
「なっ……」
「ローズ・ディスワードだな。大人しくしろ」
布切れを顔に当てられた。布には薬品がついているらしく、つんと鋭い香りがした。
「!!?」
頭に鋭利ななにかが刺さったような痛みを覚える。もがく猶予もなく、あたしは意識を手放した。
***
ふと目を覚ますと、暗闇が広がっていた。
「なに、ここ」
じぶんの声がどこか遠くに感じ、身体を動かそうとすると、身体の自由を奪われていることに気付く。
どうやら目隠しもされているらしい。
目隠しの隙間から、身体を折って足首を確認する。
感触からして麻紐のようなもので固く縛られているらしい。力を入れてもビクともしない。
寒々しい室内の空気とじぶんの置かれた状況に、すぐに理解する。
誘拐だ。
冷静にため息をつく。
昔から未遂は何度もあった。大財閥の令嬢だし、両親の事故のせいで世間に顔も知られていたから。
こんなことでパニックになったりはしない。
もう、あの頃のような子供じゃないのだから。
16
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】その令嬢は号泣しただけ~泣き虫令嬢に悪役は無理でした~
春風由実
恋愛
お城の庭園で大泣きしてしまった十二歳の私。
かつての記憶を取り戻し、自分が物語の序盤で早々に退場する悪しき公爵令嬢であることを思い出します。
私は目立たず密やかに穏やかに、そして出来るだけ長く生きたいのです。
それにこんなに泣き虫だから、王太子殿下の婚約者だなんて重たい役目は無理、無理、無理。
だから早々に逃げ出そうと決めていたのに。
どうして目の前にこの方が座っているのでしょうか?
※本編十七話、番外編四話の短いお話です。
※こちらはさっと完結します。(2022.11.8完結)
※カクヨムにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢アンジェリカの最後の悪あがき
結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【追放決定の悪役令嬢に転生したので、最後に悪あがきをしてみよう】
乙女ゲームのシナリオライターとして活躍していた私。ハードワークで意識を失い、次に目覚めた場所は自分のシナリオの乙女ゲームの世界の中。しかも悪役令嬢アンジェリカ・デーゼナーとして断罪されている真っ最中だった。そして下された罰は爵位を取られ、へき地への追放。けれど、ここは私の書き上げたシナリオのゲーム世界。なので作者として、最後の悪あがきをしてみることにした――。
※他サイトでも投稿中
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
転生先は推しの婚約者のご令嬢でした
真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。
ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。
ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。
推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。
ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。
けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。
※「小説家になろう」にも掲載中です
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
拉致られて家事をしてたら、カタギじゃなくなってた?!
satomi
恋愛
肩がぶつかって詰め寄られた杏。謝ったのに、逆ギレをされ殴りかかられたので、正当防衛だよね?と自己確認をし、逆に抑え込んだら、何故か黒塗り高級車で連れて行かれた。……先は西谷組。それからは組員たちからは姐さんと呼ばれるようになった。西谷組のトップは二代目・光輝。杏は西谷組で今後光輝のSP等をすることになった。
が杏は家事が得意だった。組員にも大好評。光輝もいつしか心をよせるように……
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
頭頂部に薔薇の棘が刺さりまして
犬野きらり
恋愛
第二王子のお茶会に参加して、どうにかアピールをしようと、王子の近くの場所を確保しようとして、転倒。
王家の薔薇に突っ込んで転んでしまった。髪の毛に引っ掛かる薔薇の枝に棘。
失態の恥ずかしさと熱と痛みで、私が寝込めば、初めましての小さき者の姿が見えるようになり…
この薔薇を育てた人は!?
【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい
三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。
そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
この異世界転生の結末は
冬野月子
恋愛
五歳の時に乙女ゲームの世界に悪役令嬢として転生したと気付いたアンジェリーヌ。
一体、自分に待ち受けているのはどんな結末なのだろう?
※「小説家になろう」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる