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第7章・背中合わせの家族
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「……っ私、お母さんにはきらわれてるんだと思ってた」
お母さんがハッと目を見開く。
「なっ……なに言ってるの、そんなわけないじゃない!」
「だってお母さん、私が元気になってからずっと怒りっぽかったから。……お姉ちゃんのことは自由にさせてるのに、いつも私のやろうとすることは制限するし……私は、それがずっと不満だった。でも、わがまま言ったらお母さんにもっときらわれると思ったから、怖くて……いつも我慢してた」
後半は耐え切れず、涙をあふれさせながら言った。予想外だったのか、お母さんは一瞬呆然とした。直後、みるみる顔が歪んでいく。
「私……もしかしてずっとあなたのこと、傷付けてた……?」
お母さんの声は震えている。
「明日香と違って柚香は内気だし、なんだか心配で……私が導いてやらなきゃってずっと……柚香は真面目だから、ちゃんと言ったことができる子だから、お姉ちゃんと同じ医者なら、お互い支え合えるし、資格さえ取れば引く手あまただしって……」
お母さんの手が、不意に私の身体を包む。ぎゅうっと、私を力強く抱き締める。
「ごめんなさい、柚香……私はただあなたのことが大切で……守りたかっただけなの」
本当は、分かっていた。
「……お母さん。あのね、私ね、元気になってから今までずっと、言いたいことを我慢してきた。たくさん迷惑かけてきたから、わがままなんて言っちゃいけないんだって思ってた」
「そんなわけないでしょう。言っていいのよ……柚香はどう思ってるの? 教えて、お母さんに」
「私は……」
今なら、お母さんの気持ちも分かる。だからこそ、私も本音を安心して伝えられる。
「私は、お姉ちゃんみたいに立派な夢はないし、将来なりたいものも分かんない。だから、お母さんが心配する気持ちも分かる。だけど私、勉強のためだけに学校に行ってるんじゃない。友達と遠くに出かけたりお泊まり会したり、そういう学生らしいこともしてみたい。お母さんには心配かけるかもしれないけど、でも、私も私の世界を生きてみたいの」
思い切って心の中でずっと抱えていた本音をぶつける。お母さんは泣きながら、目をぎゅっと瞑って頷く。
その顔を見て、肩の力が抜けた。
――本当に、違ったんだ。
お母さんは本当に、私のことが心配だっただけなんだ。
お母さんの中で私はまだ守ってあげなきゃいけないか弱い子供のままで、目を離したら私が無茶するんじゃないかって怖かったんだ。
だからいつも怒っていて、門限にも厳しかった。
意地悪で私を制限したかったわけじゃない。
お母さんの表情に、あらためて愛情を感じる。
「幼い頃、あなたは元気になったと思ったら突然倒れたりしたから、それがトラウマで……でも、私の行為はあなたを縛ってただけだったのね」
ごめんなさい、と、お母さんは後悔を滲ませて目を伏せる。
「これからは、じぶんの好きに生きていいのよ。ただし、ちゃんと相談してほしい。心配だから」
「……うん。それでね、お母さん。私、やっぱり青蘭医大に行きたい。本当にやりたいことかって言われたら、よく分からないけど……でも私、だれかの役に立つの、好きだから」
「柚香……それは本当に、本心なの?」
「うん、本心」
「そう……それなら、応援するわ」
「うん、ありがとう、お母さん」
これまで、ずっと心の中で『なんで』ばかり叫んでいた。
でも、心の中で叫んでいるだけじゃ、相手には伝わらない。
たとえ愛し合っていても、家族でも。
声に出さなきゃ、本当の思いはだれにも届かない。
向き合うのは勇気がいることだけど、話してよかった。
だって、お母さんのあんな笑顔は、久しぶりだったから。
「行ってきます」
私は、いつもより足取り軽く、お母さんが用意してくれたランチボックスを持って家を出た。
お母さんがハッと目を見開く。
「なっ……なに言ってるの、そんなわけないじゃない!」
「だってお母さん、私が元気になってからずっと怒りっぽかったから。……お姉ちゃんのことは自由にさせてるのに、いつも私のやろうとすることは制限するし……私は、それがずっと不満だった。でも、わがまま言ったらお母さんにもっときらわれると思ったから、怖くて……いつも我慢してた」
後半は耐え切れず、涙をあふれさせながら言った。予想外だったのか、お母さんは一瞬呆然とした。直後、みるみる顔が歪んでいく。
「私……もしかしてずっとあなたのこと、傷付けてた……?」
お母さんの声は震えている。
「明日香と違って柚香は内気だし、なんだか心配で……私が導いてやらなきゃってずっと……柚香は真面目だから、ちゃんと言ったことができる子だから、お姉ちゃんと同じ医者なら、お互い支え合えるし、資格さえ取れば引く手あまただしって……」
お母さんの手が、不意に私の身体を包む。ぎゅうっと、私を力強く抱き締める。
「ごめんなさい、柚香……私はただあなたのことが大切で……守りたかっただけなの」
本当は、分かっていた。
「……お母さん。あのね、私ね、元気になってから今までずっと、言いたいことを我慢してきた。たくさん迷惑かけてきたから、わがままなんて言っちゃいけないんだって思ってた」
「そんなわけないでしょう。言っていいのよ……柚香はどう思ってるの? 教えて、お母さんに」
「私は……」
今なら、お母さんの気持ちも分かる。だからこそ、私も本音を安心して伝えられる。
「私は、お姉ちゃんみたいに立派な夢はないし、将来なりたいものも分かんない。だから、お母さんが心配する気持ちも分かる。だけど私、勉強のためだけに学校に行ってるんじゃない。友達と遠くに出かけたりお泊まり会したり、そういう学生らしいこともしてみたい。お母さんには心配かけるかもしれないけど、でも、私も私の世界を生きてみたいの」
思い切って心の中でずっと抱えていた本音をぶつける。お母さんは泣きながら、目をぎゅっと瞑って頷く。
その顔を見て、肩の力が抜けた。
――本当に、違ったんだ。
お母さんは本当に、私のことが心配だっただけなんだ。
お母さんの中で私はまだ守ってあげなきゃいけないか弱い子供のままで、目を離したら私が無茶するんじゃないかって怖かったんだ。
だからいつも怒っていて、門限にも厳しかった。
意地悪で私を制限したかったわけじゃない。
お母さんの表情に、あらためて愛情を感じる。
「幼い頃、あなたは元気になったと思ったら突然倒れたりしたから、それがトラウマで……でも、私の行為はあなたを縛ってただけだったのね」
ごめんなさい、と、お母さんは後悔を滲ませて目を伏せる。
「これからは、じぶんの好きに生きていいのよ。ただし、ちゃんと相談してほしい。心配だから」
「……うん。それでね、お母さん。私、やっぱり青蘭医大に行きたい。本当にやりたいことかって言われたら、よく分からないけど……でも私、だれかの役に立つの、好きだから」
「柚香……それは本当に、本心なの?」
「うん、本心」
「そう……それなら、応援するわ」
「うん、ありがとう、お母さん」
これまで、ずっと心の中で『なんで』ばかり叫んでいた。
でも、心の中で叫んでいるだけじゃ、相手には伝わらない。
たとえ愛し合っていても、家族でも。
声に出さなきゃ、本当の思いはだれにも届かない。
向き合うのは勇気がいることだけど、話してよかった。
だって、お母さんのあんな笑顔は、久しぶりだったから。
「行ってきます」
私は、いつもより足取り軽く、お母さんが用意してくれたランチボックスを持って家を出た。
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