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第3章・かすかな晴れ間に見える星
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しおりを挟む翌日、昨日と同様、少し早く家を出て学校に向かう。ほんの少し期待して入った教室に、音無くんの姿があって胸が弾んだ。
しかし、おはよう、と声をかけようとして、私は言葉を飲み込んだ。
音無くんは、女子と話しているようだった。
女子の横顔には見覚えがある。二組の小林梓ちゃんだ。
私はほとんど話したことがないけれど、たしか葉乃と仲が良かった子のような気がする。
音無くんが特定の女子と話しているところはあまり見ないから、少し意外だ。
ふたりは扉の前に立つ私に気付かないまま、楽しそうに笑い合っている。
――すごく仲が良さそう……。
もしかして、付き合っているのだろうか。
しばらくその様子を見ていると、気配を察したのか、梓ちゃんがくるりと私がいる前扉のほうを向いた。
「あ! おはよー! えっと、柚香ちゃんだよね! 早いね!」
梓ちゃんは私に気付くと、人懐っこい笑顔で声をかけてくる。
目が合って、我に返った。
「あ、おはよう。……ごめん、邪魔しちゃった?」
ふたりに挨拶を返しながら、私はそろそろと教室に入った。
「ううん、ぜんぜん。私こそ、三組に勝手に入っちゃっててごめんね。じゃ、私はもう行くね! ばいばい優希!」
梓ちゃんは音無くんに手を振って、軽やかな足取りでじぶんの教室に戻っていった。
――優希。
梓ちゃん、音無くんのこと下の名前で呼んでるんだ……。
教室に静寂が戻り、緊張で心臓がバクバクとし始める。
結局音無くんに話しかけられないまま、鞄から教科書を取り出していると、音無くんが私の前までやってきた。
そのまま前の席の椅子を引き、私と向き合うように座る。
「おはよ、清水」
「あ……お、おはよう」
私は緊張気味に挨拶を返す。
「本当にきたんだな」
「……昨日、約束したから」
「うん、待ってた!」
音無くんは笑顔で頷くと、手に持っていた英語の教科書を開く。
「英語やろーぜ!」
「うん」
私も英語の教科書を取り出し、勉強を始めた。
英文を目で追いながらも、頭の中では音無くんと笑い合う梓ちゃんの姿が頭から離れない。
勉強を始めてしばらくした頃、音無くんは集中が切れたのか、「休憩!」と教科書をぱたんと閉じた。
ぐいっと大きく伸びをする音無くんに、私は恐る恐る訊ねてみる。
「……ね、音無くんって梓ちゃんと仲良いの?」
「え、小林? あーまぁ、小林とは、部活が一緒だからね」
「えっ、音無くんって部活入ってたの?」
「うん、天文部だよ」
驚いて音無くんを見ると、音無くんは「知らなかった?」と軽く苦笑いしていた。
「うん……ごめん」
「べつに謝ることじゃないだろ」
そうだけど、ショックだった。
思えば、私は音無くんについてなにも知らない。一年以上一緒のクラスなのに。
『――好きなんだ。清水のこと』
今さらになって、告白された当時の記憶が蘇った。
音無くんに告白されたのは、一年の秋休み前のことだった。
放課後、学級委員の仕事で先生に呼び出されていた私が教室に戻ると、音無くんが残っていた。
あのときはたまたま出くわしただけだと思っていたけれど、たぶん私の鞄が残っていることに気付いて、待っていてくれたのだと思う。
いつものように、また明日ねと挨拶をして教室を出ようとしたとき、『あのさ』と呼び止められた。
振り返ると、音無くんはどこか緊張した面持ちで、私を見つめていた。
真剣な眼差しになんだろう、と思っていると、音無くんが言った。
『あのさ……好きなんだ。清水のこと』
まっすぐなあの視線が、頭から離れない。
我に返って、顔を上げる。
正面には、あの日の眼差しを彷彿とさせる音無くんの横顔。
――音無くんは今、私のことをどう思っているんだろう……。
梓ちゃんのことは?
すぐ近くで音無くんの息遣いを感じながら、心臓の鼓動が高まっていくのを感じていた。
「あ、そこの答え間違ってるよ」
「え、どこ?」
「これ。この問二」
「え、うそ……わっ、本当だ」
思い切りケアレスミス。じぶんでも驚く。
「清水でもそんな間違いすんだな」
「ちょっ、もう笑わないでよー」
音無くんの指先が、私のノートを指している。思いのほか骨張っていて、じぶんの手とはずいぶん大きさが違う。
「……あの、音無くん」
「ん?」
「昨日はありがとね。話聞いてくれて。音無くんのおかげで、すごく心が軽くなった」
「そっか。ならよかった」
今まで、『意外』と言われることが怖かった。マイナスな意味だと捉えていた。
でもそれは、知らないから。
音無くんの笑いかたは意外だった。でも、知れてうれしかった。
『意外』というのは、『またひとつ、あなたを知れた』ということと、同義なのだ。
もっと知りたい。音無くんの『意外』な一面も、『思っていたとおり』の一面も。
「……あのさ」
音無くんの視線が、私を射抜く。
「もし良かったらなんだけど、その……連絡先教えてくれないかな?」
「え……俺の?」
「う、うん」
声が震える。緊張で、今にも心臓が口から飛び出しそうだ。
落ちた沈黙が、一分にもそれ以上にも思える。
「……ごめん、無理にじゃないんだ。今さらこんなの都合がいいって分かってるし、ごめ……」
気が付けば、早口で撤回しようとしていた。
覚悟を決めて口に出したはずなのに、どうしてこんな一瞬で自信を失くしてしまうのだろう。
「あ、待って待って! 教えるよ、いくらでも」
「え……」
「ごめん、今のはちょっと驚いちゃって」
「驚いて……? じゃあ、いやだったわけじゃないの?」
「当たり前だろ。めっちゃ嬉しいってば」
音無くんの頬は、ほんのり薄紅色に染まっている。
「……ほんと?」
「ほんとほんと。はい、これ俺のID」
「あ、ありがと」
画面を開いた音無くんが、スマホをぐいっと差し出してくる。私は音無くんのスマホを見ながら、じぶんのスマホに音無くんのIDを打ち込んでいく。
「できた?」
「うん」
無事IDの入力が終わると、メッセージアプリの友達欄に音無くんのアカウントが表示される。
「あ、俺のとこにもきた」
音無くんが上機嫌にスマホをいじる。
ピコン、と通知音がした。
「?」
手元のスマホを見ると、音無くんからスタンプが届いていた。
「可愛い!」
パンダのスタンプだ。音無くんにならって私もネコのスタンプを送り返す。
「可愛いスタンプだな」
「でしょ。お気に入りなの。美里が誕生日にくれたんだ」
「へぇ」
スタンプの話から美里や葉乃たちの話になり、文化祭や体育祭の話になり、今度は中学時代の話になる。
不思議だ。昨日まで、音無くんとはほとんど話したことなんてなかったのに、会話がどんどん広がっていく。
いちばん弱い部分を、お互いに見せ合ったからだろうか。
それまで感じていた気まずさなんて、どこかへ吹き飛んでいた。
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