19 / 48
第3章・かすかな晴れ間に見える星
6
しおりを挟む
音無くんは唇を噛み締めた。
「もし兄貴だったら、っていつも過ぎるんだ。もし告白したのが俺じゃなくて兄貴だったら、清水は告白を断らなかったんじゃないかな、とか。……だから、兄貴のことはだれにも言ったことなかったんだ。比べられることが分かってたから」
音無くんはかすかに震える声で、呟く。かける言葉が見つからず、私はただ足元を見つめる。
音無くんは、どうして私にこんな話を打ち明けてくれたんだろう……。
「でも、勝手に想像して、自信を失くしてただけだったのかもな」
「……そうだね」
私も同じだ。
周りの視線を、勝手に比較の視線と感じていた。
そうでないこともあったかもしれないのに、そうだと決めつけていた。
頷く私に、音無くんは眉を下げたまま微笑む。
音無くんの表情を見て、ふと思う。
他人にとったは、なんでもないことのように思える。
けれどこれは、音無くんにとってはきっととても大きなことなのだろう。
私にとってのお姉ちゃんの存在の大きさと同じように。
そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……そういえば音無くんって、どこ志望なの?」
眼下に見える夜景をぼんやりと眺めながら、私は音無くんに訊ねた。
「うーん、大学はまだ決めてないかなぁ。なんとなく、心理学をやりたいとは思ってるけど」
「……心理学か……そうなんだ」
具体的な分野の話が出てきたことに、なんとなくショックだった。
音無くんが私と同じような悩みを抱えているからといって、なんでもかんでも同じなわけないのに。
「清水は国立?」
「うん。今のところ青蘭医大」
「青蘭か。じゃあ、清水は医者になりたいんだ?」
「……ううん。青蘭医大を目指してるのは、お母さんに言われたからだから」
二の腕をぐっと押さえる。
「呆れるよね、親に言われたとおりに生きてるなんて……でも私、やりたいこととかなくて」
「うーん、べつに呆れはしないけど……」
音無くんは足を止めて、私を見る。
「清水は、それでもいいの? 気持ち的に」
「気持ち……?」
「親に言われた目標でも、気持ちが重要じゃない? そーゆうのって。親に言われた道でも納得してるなら、それはじぶんで選んだって思えると思うし。……だから清水はさ、今までなんのために勉強してきたの?」
「……なんのためって、それは……」
家族や先生たちの期待に応えるため。それから、美里や葉乃たち、友人に慕ってもらうため。
だって、いい子でいないと私に価値はないから。
言葉につまる私に、音無くんが問う。
「清水自身は、青蘭医大でなにがやりたいの?」
「なにがやりたい……?」
言葉が出てこなかった。
だって、そんなの。
「……分からない」
私にはお姉ちゃんのような立派な夢は持っていないし、学びたいこともない。
目的が分からないのに、大学なんて決められるわけもない。
「……そっか。分からないなら、入ってから見つけたらいい」
俯き、黙り込んだ私に、音無くんがからりとした声で言う。
「入ってから?」
思わず呆然とした顔のまま、視線を上げる。
「やってみなきゃ分かんないことってあるし。だれになにを言われたからとか関係なく、じぶんで納得できればそれでよくない?」
「……じぶんが、納得できれば……」
「清水ってさ、夢がなきゃいけないって思ってるだろ?」
「それは……そうだよ。だって、夢がなきゃなにをすればいいかも分からないし、成長できないでしょ」
「まぁ、あったほうがいいのかもしれないけどさ、ないからダメってことでもないと思う。清水は、夢がないじぶんはお姉さんより劣ってると思ってるみたいだけど、そんなことないと思うよ」
「…………」
「清水は俺なんかよりずっと頭が良い。努力だって惜しまないし、優しいし。たぶん、みんなが慕ってるのは、清水が優等生だからってわけじゃないと思うよ」
「え……じゃあ、なんで……」
「清水が頑張ってるからだよ」
「私が頑張ってるから……?」
「清水がアピールしてなくても、そういうのは行動に出てるもん。学級委員とか、実行委員いくつもかけ持ちしてたことあっただろ? だからなんとなく清水って、学校にいるとずっと走ってるイメージあったんだよな」
「うそ!?」
たしかに昨年の秋は、いくつかの委員をかけ持ちしてやっていて忙しいときがあったけれど。そんなふうに見られていただなんて知らなかった。
音無くんと話していると、つくづくじぶんだけでは生まれなかった考えかたや価値観に驚かされる。
「もし兄貴だったら、っていつも過ぎるんだ。もし告白したのが俺じゃなくて兄貴だったら、清水は告白を断らなかったんじゃないかな、とか。……だから、兄貴のことはだれにも言ったことなかったんだ。比べられることが分かってたから」
音無くんはかすかに震える声で、呟く。かける言葉が見つからず、私はただ足元を見つめる。
音無くんは、どうして私にこんな話を打ち明けてくれたんだろう……。
「でも、勝手に想像して、自信を失くしてただけだったのかもな」
「……そうだね」
私も同じだ。
周りの視線を、勝手に比較の視線と感じていた。
そうでないこともあったかもしれないのに、そうだと決めつけていた。
頷く私に、音無くんは眉を下げたまま微笑む。
音無くんの表情を見て、ふと思う。
他人にとったは、なんでもないことのように思える。
けれどこれは、音無くんにとってはきっととても大きなことなのだろう。
私にとってのお姉ちゃんの存在の大きさと同じように。
そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……そういえば音無くんって、どこ志望なの?」
眼下に見える夜景をぼんやりと眺めながら、私は音無くんに訊ねた。
「うーん、大学はまだ決めてないかなぁ。なんとなく、心理学をやりたいとは思ってるけど」
「……心理学か……そうなんだ」
具体的な分野の話が出てきたことに、なんとなくショックだった。
音無くんが私と同じような悩みを抱えているからといって、なんでもかんでも同じなわけないのに。
「清水は国立?」
「うん。今のところ青蘭医大」
「青蘭か。じゃあ、清水は医者になりたいんだ?」
「……ううん。青蘭医大を目指してるのは、お母さんに言われたからだから」
二の腕をぐっと押さえる。
「呆れるよね、親に言われたとおりに生きてるなんて……でも私、やりたいこととかなくて」
「うーん、べつに呆れはしないけど……」
音無くんは足を止めて、私を見る。
「清水は、それでもいいの? 気持ち的に」
「気持ち……?」
「親に言われた目標でも、気持ちが重要じゃない? そーゆうのって。親に言われた道でも納得してるなら、それはじぶんで選んだって思えると思うし。……だから清水はさ、今までなんのために勉強してきたの?」
「……なんのためって、それは……」
家族や先生たちの期待に応えるため。それから、美里や葉乃たち、友人に慕ってもらうため。
だって、いい子でいないと私に価値はないから。
言葉につまる私に、音無くんが問う。
「清水自身は、青蘭医大でなにがやりたいの?」
「なにがやりたい……?」
言葉が出てこなかった。
だって、そんなの。
「……分からない」
私にはお姉ちゃんのような立派な夢は持っていないし、学びたいこともない。
目的が分からないのに、大学なんて決められるわけもない。
「……そっか。分からないなら、入ってから見つけたらいい」
俯き、黙り込んだ私に、音無くんがからりとした声で言う。
「入ってから?」
思わず呆然とした顔のまま、視線を上げる。
「やってみなきゃ分かんないことってあるし。だれになにを言われたからとか関係なく、じぶんで納得できればそれでよくない?」
「……じぶんが、納得できれば……」
「清水ってさ、夢がなきゃいけないって思ってるだろ?」
「それは……そうだよ。だって、夢がなきゃなにをすればいいかも分からないし、成長できないでしょ」
「まぁ、あったほうがいいのかもしれないけどさ、ないからダメってことでもないと思う。清水は、夢がないじぶんはお姉さんより劣ってると思ってるみたいだけど、そんなことないと思うよ」
「…………」
「清水は俺なんかよりずっと頭が良い。努力だって惜しまないし、優しいし。たぶん、みんなが慕ってるのは、清水が優等生だからってわけじゃないと思うよ」
「え……じゃあ、なんで……」
「清水が頑張ってるからだよ」
「私が頑張ってるから……?」
「清水がアピールしてなくても、そういうのは行動に出てるもん。学級委員とか、実行委員いくつもかけ持ちしてたことあっただろ? だからなんとなく清水って、学校にいるとずっと走ってるイメージあったんだよな」
「うそ!?」
たしかに昨年の秋は、いくつかの委員をかけ持ちしてやっていて忙しいときがあったけれど。そんなふうに見られていただなんて知らなかった。
音無くんと話していると、つくづくじぶんだけでは生まれなかった考えかたや価値観に驚かされる。
8
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
私の守護者
安東門々
青春
大小併せると二十を超える企業を運営する三春グループ。
そこの高校生で一人娘の 五色 愛(ごしき めぐ)は常に災難に見舞われている。
ついに命を狙う犯行予告まで届いてしまった。
困り果てた両親は、青年 蒲生 盛矢(がもう もりや) に娘の命を護るように命じた。
二人が織りなすドタバタ・ハッピーで同居な日常。
「私がいつも安心して暮らせているのは、あなたがいるからです」
今日も彼女たちに災難が降りかかる!
※表紙絵 もみじこ様
※本編完結しております。エタりません!
※ドリーム大賞応募作品!
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
イラスト部(仮)の雨宮さんはペンが持てない!~スキンシップ多めの美少女幽霊と部活を立ち上げる話~
川上とむ
青春
内川護は高校の空き教室で、元気な幽霊の少女と出会う。
その幽霊少女は雨宮と名乗り、自分の代わりにイラスト部を復活させてほしいと頼み込んでくる。
彼女の押しに負けた護は部員の勧誘をはじめるが、入部してくるのは霊感持ちのクラス委員長や、ゆるふわな先輩といった一風変わった女生徒たち。
その一方で、雨宮はことあるごとに護と行動をともにするようになり、二人の距離は自然と近づいていく。
――スキンシップ過多の幽霊さんとスクールライフ、ここに開幕!
リストカット伝染圧
クナリ
青春
高校一年生の真名月リツは、二学期から東京の高校に転校してきた。
そこで出会ったのは、「その生徒に触れた人は、必ず手首を切ってしまう」と噂される同級生、鈍村鉄子だった。
鉄子は左手首に何本もの傷を持つ自殺念慮の持ち主で、彼女に触れると、その衝動が伝染してリストカットをさせてしまうという。
リツの両親は春に離婚しており、妹は不登校となって、なにかと不安定な状態だったが、不愛想な鉄子と少しずつ打ち解けあい、鉄子に触れないように気をつけながらも関係を深めていく。
表面上は鉄面皮であっても、内面はリツ以上に不安定で苦しみ続けている鉄子のために、内向的過ぎる状態からだんだんと変わっていくリツだったが、ある日とうとう鉄子と接触してしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる