きみの心音を聴かせて

朱宮あめ

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第3章・かすかな晴れ間に見える星

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 音無くんは唇を噛み締めた。
「もし兄貴だったら、っていつも過ぎるんだ。もし告白したのが俺じゃなくて兄貴だったら、清水は告白を断らなかったんじゃないかな、とか。……だから、兄貴のことはだれにも言ったことなかったんだ。比べられることが分かってたから」
 音無くんはかすかに震える声で、呟く。かける言葉が見つからず、私はただ足元を見つめる。
 音無くんは、どうして私にこんな話を打ち明けてくれたんだろう……。
「でも、勝手に想像して、自信を失くしてただけだったのかもな」
「……そうだね」
 私も同じだ。
 周りの視線を、勝手に比較の視線と感じていた。
 そうでないこともあったかもしれないのに、そうだと決めつけていた。
 頷く私に、音無くんは眉を下げたまま微笑む。
 音無くんの表情を見て、ふと思う。
 他人にとったは、なんでもないことのように思える。
 けれどこれは、音無くんにとってはきっととても大きなことなのだろう。
 私にとってのお姉ちゃんの存在の大きさと同じように。
 そう思うと、胸の奥がじんわりと熱くなった。
「……そういえば音無くんって、どこ志望なの?」
 眼下に見える夜景をぼんやりと眺めながら、私は音無くんに訊ねた。
「うーん、大学はまだ決めてないかなぁ。なんとなく、心理学をやりたいとは思ってるけど」
「……心理学か……そうなんだ」
 具体的な分野の話が出てきたことに、なんとなくショックだった。
 音無くんが私と同じような悩みを抱えているからといって、なんでもかんでも同じなわけないのに。
「清水は国立?」
「うん。今のところ青蘭医大」
「青蘭か。じゃあ、清水は医者になりたいんだ?」
「……ううん。青蘭医大を目指してるのは、お母さんに言われたからだから」
 二の腕をぐっと押さえる。
「呆れるよね、親に言われたとおりに生きてるなんて……でも私、やりたいこととかなくて」
「うーん、べつに呆れはしないけど……」
 音無くんは足を止めて、私を見る。
「清水は、それでもいいの? 気持ち的に」
「気持ち……?」
「親に言われた目標でも、気持ちが重要じゃない? そーゆうのって。親に言われた道でも納得してるなら、それはじぶんで選んだって思えると思うし。……だから清水はさ、今までなんのために勉強してきたの?」
「……なんのためって、それは……」
 家族や先生たちの期待に応えるため。それから、美里や葉乃たち、友人に慕ってもらうため。
 だって、いい子でいないと私に価値はないから。
 言葉につまる私に、音無くんが問う。
「清水自身は、青蘭医大でなにがやりたいの?」
「なにがやりたい……?」
 言葉が出てこなかった。
 だって、そんなの。
「……分からない」
 私にはお姉ちゃんのような立派な夢は持っていないし、学びたいこともない。
 目的が分からないのに、大学なんて決められるわけもない。
「……そっか。分からないなら、入ってから見つけたらいい」
 俯き、黙り込んだ私に、音無くんがからりとした声で言う。
「入ってから?」
 思わず呆然とした顔のまま、視線を上げる。
「やってみなきゃ分かんないことってあるし。だれになにを言われたからとか関係なく、じぶんで納得できればそれでよくない?」
「……じぶんが、納得できれば……」
「清水ってさ、夢がなきゃいけないって思ってるだろ?」
「それは……そうだよ。だって、夢がなきゃなにをすればいいかも分からないし、成長できないでしょ」
「まぁ、あったほうがいいのかもしれないけどさ、ないからダメってことでもないと思う。清水は、夢がないじぶんはお姉さんより劣ってると思ってるみたいだけど、そんなことないと思うよ」
「…………」
「清水は俺なんかよりずっと頭が良い。努力だって惜しまないし、優しいし。たぶん、みんなが慕ってるのは、清水が優等生だからってわけじゃないと思うよ」
「え……じゃあ、なんで……」
「清水が頑張ってるからだよ」
「私が頑張ってるから……?」
「清水がアピールしてなくても、そういうのは行動に出てるもん。学級委員とか、実行委員いくつもかけ持ちしてたことあっただろ? だからなんとなく清水って、学校にいるとずっと走ってるイメージあったんだよな」
「うそ!?」
 たしかに昨年の秋は、いくつかの委員をかけ持ちしてやっていて忙しいときがあったけれど。そんなふうに見られていただなんて知らなかった。
 音無くんと話していると、つくづくじぶんだけでは生まれなかった考えかたや価値観に驚かされる。
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