きみの心音を聴かせて

朱宮あめ

文字の大きさ
上 下
18 / 48
第3章・かすかな晴れ間に見える星

5

しおりを挟む
「……でも、俺、やっぱり声をかけるべきじゃなかったよな。清水の気持ちも考えずに、軽々しく声かけてごめん」
「え……なんで、音無くんが謝るの?」
 謝られる意味が分からず、首を傾げる。
「だって、俺に知られるのもいやだっただろ」
 申し訳なさそうな顔をする音無くんに、私はぶんぶんと首を振った。
「……そんなことない」
 最初はたしかにどうしようと焦った。
 でもそれは、幻滅されると思ったからだ。
 音無くんの本音を聞けた今、むしろ話してよかったと思っている。
「今はちょっとほっとしてる」
 本心を告げると、音無くんは「そっか」と微笑んだ。
「たぶん私、このことをずっとだれかに話したかったんだと思う」
 だれかに聞いてほしくて、でもだれにも言えないままひとりで抱え込んでいた。
 苦しさに目を伏せたところで、その苦しみが軽くなるわけもないのに。
 その証拠に、だれかのちょっとした言葉で大袈裟に傷ついてしまうじぶんがいた。
 でも、音無くんと話して気付いた。
 私は今まで、悪意でもなんでもない言葉で傷付いていたのかもしれない。
「こんなにすっきりするなら、もっと早く話してればよかった!」
「……そんなにすっきりする?」
「うん! したした! なんなら、鞄振り回せるくらい!」
「それは危ないからやめな」
 音無くんがくすっと笑う。
「はは、だね!」
 私は目尻に溜まった涙をさっと拭って、笑い返す。本当に身体が軽い。こんなに気持ちが昂っているのはいつぶりだろう。
 さまざまな店が立ち並ぶ通りを抜け、閑静な住宅街に出る。
 坂道を下りながら空を見上げると、深い灰色の雲の隙間に、すっと亀裂が入っている。
「あっ、星だ」
 さっきは気付かなかった、曇っていると思っていた夜空に晴れ間がのぞいていた。
「……本当だ」
 いつの間に。
「雲しか見えないと思ってたけど、ちゃんとあったんだね、星」
 もしかしたら、曇っていたのは私の視界のほうだったのかもしれない。
 その場に立ち止まって、僅かな晴れ間を見上げる。
 しばらくお互い無言のまま空を見上げていると、おもむろに音無くんが呟いた。
「……駅の近くに、星カフェってあるだろ?」
 唐突に、音無くんが言う。今日美里と行ってきたところだ。私は夜空から音無くんへ視線を移した。
「? ……うん」
「あれさ、実は兄貴がやってる店なんだよね」
「えっ!」
 驚きが声に出た。
 店主の美しい顔を思い出す。音無くんとはあまり似ていないように思えた。
「そ、そうなんだ……」
 戸惑いが声に現れてしまって、しまった、と思って音無くんを見る。
「……俺と兄貴、ぜんぜん似てないだろ」
 音無くんが自嘲気味に笑う。きっと、私の反応を察してしまった。
「いや……」
 私はなんと言えばいいのか分からなくて、俯いた。
「……ごめん」
「大丈夫大丈夫。じぶんでも分かってるし。兄貴、すごいんだ。十五のときに海外留学に行って、いろんな国で珈琲とかお菓子の勉強してさ。俺にはこれしかないって感じで無我夢中で勉強して、店を開いて。あっという間にこの街の人気店だよ」
「……そっか」
 すごいね、と言いそうになって、口を噤む。
 私なら、その言葉は嬉しくない。
 お姉ちゃんのことを聞かれたとき、みんなが口を揃えて言う「すごいね」が私はずっと苦手だった。
 だって、私はすごくない。
 それなのにみんな、私にすごいねと言う。なんで?
 まるであなたとは違うのねと、責められているような気がする。
 そのとき、私がほしかった言葉はすごいねじゃなくて、
「……辛かったね」
 音無くんが、顔を上げて私を見た。
「清水の話を聞いたからかな。なんか、清水も同じように悩みとかあるんだって安心したっていうか……聞いてほしくなっちゃった」
 音無くんは泣き笑いのような顔をしていた。
「……本当、一緒だね」
 どんなに努力しても敵わないひとが近くにいるというのは、辛い。
 圧倒的な差を見せつけられて、心を折られる。
 だけど大好きだから憎めなくて、でももやもやを吐き出す場所もなくて、だれもこの気持ちを分かってくれないんだと、悲しくなる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

私の守護者

安東門々
青春
 大小併せると二十を超える企業を運営する三春グループ。  そこの高校生で一人娘の 五色 愛(ごしき めぐ)は常に災難に見舞われている。  ついに命を狙う犯行予告まで届いてしまった。  困り果てた両親は、青年 蒲生 盛矢(がもう もりや) に娘の命を護るように命じた。  二人が織りなすドタバタ・ハッピーで同居な日常。  「私がいつも安心して暮らせているのは、あなたがいるからです」    今日も彼女たちに災難が降りかかる!    ※表紙絵 もみじこ様  ※本編完結しております。エタりません!  ※ドリーム大賞応募作品!   

GIVEN〜与えられた者〜

菅田刈乃
青春
囲碁棋士になった女の子が『どこでもドア』を作るまでの話。

真夏の温泉物語

矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

イラスト部(仮)の雨宮さんはペンが持てない!~スキンシップ多めの美少女幽霊と部活を立ち上げる話~

川上とむ
青春
内川護は高校の空き教室で、元気な幽霊の少女と出会う。 その幽霊少女は雨宮と名乗り、自分の代わりにイラスト部を復活させてほしいと頼み込んでくる。 彼女の押しに負けた護は部員の勧誘をはじめるが、入部してくるのは霊感持ちのクラス委員長や、ゆるふわな先輩といった一風変わった女生徒たち。 その一方で、雨宮はことあるごとに護と行動をともにするようになり、二人の距離は自然と近づいていく。 ――スキンシップ過多の幽霊さんとスクールライフ、ここに開幕!

リストカット伝染圧

クナリ
青春
高校一年生の真名月リツは、二学期から東京の高校に転校してきた。 そこで出会ったのは、「その生徒に触れた人は、必ず手首を切ってしまう」と噂される同級生、鈍村鉄子だった。 鉄子は左手首に何本もの傷を持つ自殺念慮の持ち主で、彼女に触れると、その衝動が伝染してリストカットをさせてしまうという。 リツの両親は春に離婚しており、妹は不登校となって、なにかと不安定な状態だったが、不愛想な鉄子と少しずつ打ち解けあい、鉄子に触れないように気をつけながらも関係を深めていく。 表面上は鉄面皮であっても、内面はリツ以上に不安定で苦しみ続けている鉄子のために、内向的過ぎる状態からだんだんと変わっていくリツだったが、ある日とうとう鉄子と接触してしまう。

処理中です...