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第6章
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しおりを挟む「綺瀬、くん……」
振り向いた先に、綺瀬くんがいた。
夕陽を背に、中学のときの制服を着た綺瀬くんが、そこにいる。
よろよろと立ち上がり、綺瀬くんの元へ向かう。
「綺瀬くん……? 本当に、綺瀬くん……?」
「どうしたの、水波。お化けでも見たような顔して」
微笑む綺瀬くんに、涙が込み上げる。あっという間に視界が滲んで、奥歯を噛み締めた。
「いないから……もう、会えないかと思った……よかった」
言いながら、綺瀬くんに縋るように抱きつく。
懐かしい。綺瀬くんの匂いだ。大好きだった匂いだ。私は顔を綺瀬くんの胸に押し当てる。
「おっと……なに、修学旅行の間、そんなに俺に会いたかった?」
戸惑うような、それでいてどこか嬉しそうな声で、綺瀬くんは言う。
「会いたかった。会いたくてたまらなかった」
「おわ、素直だな」
ぎゅうっと手に力を入れると、綺瀬くんは優しく、でも強く抱き締め返してくれた。しばらくそうしてから、私たちは手を繋いだままいつものベンチに座る。
「私ね、修学旅行で私を助けてくれた人に会ってきたよ」
「そう」
「綺瀬くんの言う通りだった。私は、生き残っちゃったんじゃない。助けられたから、今こうしてここにいられるんだね」
「うん」と、綺瀬くんがにっこりと笑う。
「それでね、その人に言われたの。私を助けてくれたのは、綺瀬くんだって」
もしあの日、綺瀬くんがあの場で瓦礫の上に私を押し上げてくれていなかったら。
穂坂さんは言っていた。
意識を失っていた私は、死んでいただろうと。
綺瀬くんが助けてくれたから、私は今ここにいる。
「綺瀬くんに言わなきゃいけないことがあって」
一度言葉を切り、綺瀬くんを見つめる。
「助けてくれてありがとう。私、ぜんぶ思い出したよ。綺瀬くんのこと」
まっすぐに綺瀬くんを見て言う。
綺瀬くんは一瞬驚いたように固まって、そのあと小さく笑った。
「……そっか。思い出しちゃったか」
「ずっと忘れててごめんなさい」
静かに首を振り、綺瀬くんは私の手を握り直す。
「俺こそ、黙っててごめんね」
「私のためだよね。綺瀬くんのことを思い出したら、また落ち込むと思ったんでしょ?」
「水波、俺のこと大好きだったからさ」
茶目っ気たっぷりに綺瀬くんは言い、からりと笑った。
「そうだね。大好き」
事故の恐怖。流されていく来未の手。綺瀬くんの死。
現実は救いようがないほど残酷で、泣き叫びたくなる。
「あのときのことを思い出すのは、今でも怖い。来未や綺瀬くんのことを思うと、悲しくて、死にたくなるときもある。でも……お母さんにもお父さんにも、それから穂坂さんにも……生きててよかったって、泣きながら言われたから。怖いって言うとね、朝香や友達が手を繋いでそばにいてくれるんだ。だから、捨てない。私は生きるよ。辛くても踏ん張るよ」
綺瀬くんが、私はひとりじゃないって教えてくれたから。
「水波は強いなぁ……」
綺瀬くんは眩しそうに目を細め、私を見つめた。
「綺瀬くんは?」
「ん?」
「私は、綺瀬くんのおかげで本音を言えるようになったよ。……綺瀬くんは?」
きっと、たくさんあるはずだ。綺瀬くんの本音。
聞くのは怖い。胸がちりちりと痛む心地になる。けれど、彼の声を聞くべきはほかのだれでもなく私なのだと思う。
まっすぐに見つめて訊ねると、綺瀬くんは顔をくしゃっと歪めた。
「俺は……」
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