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第6章

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 それからしばらく、私は朝香の胸の中で泣きじゃくった。ようやく落ち着いてきた頃、朝香が小さく口を開いた。

「……あのさ、水波。私、宣言するよ」
「……へ?」

 朝香は泣き笑いのような表情を浮かべて、勢いよく立ち上がった。

「私も、水波の罪を半分背負うよ。私は事故の当事者じゃないし、さっきの男の人みたいに命懸けで救助に携わったわけでもないけど……でも、そばにいることだけはできるから」

 でしゃばりかもしれないけど、水波にはそのくらいしないとダメだと思うから、と朝香は私をまっすぐに見て言った。また涙が込み上げてきて、唇を噛む。

「だから……もうひとりになろうとしないでよ。ね?」
「……うん」
「約束だよ」
「うん……」
 私は顔をくしゃくしゃにして、頷いた。


 ***


 翌日、帰りの飛行機の中で、私は来未と綺瀬くんのことを可能な限り朝香に話した。

 綺瀬くんが初恋の人であること。中学時代いじめを受けていて、来未が助けてくれたこと。
 私と綺瀬くんと来未、三人で仲が良かったこと。
 中学最後の思い出に沖縄旅行に行ったこと。
 事故の際、綺瀬くんが身を呈して私を守ってくれたこと。
 朝香に話せば話すほど、不思議と身体が軽くなっていくような心地になった。
 もちろん、後悔は消えないけれど。

 話を終えると朝香は、「水波は綺瀬くんが初恋だったんだね」と言って微笑んだ。

 私もうんと頷き、笑みを返す。
「初恋だったんだ。ふたりとも」
「ふたりとも?」
「来未も、友達としての初恋。初めて大好きになった女の子だったから」
「……そっか。うわぁ、なにそれ。ちょっと羨ましいなぁ」

 朝香が目を細めて窓の外を見る。

「私は二番目の女かぁ」と、わざとらしく言う朝香に、私は口を尖らせた。

「ちょ、言い方ひどいよ」
 すると、朝香はふふっと笑って「冗談だよ」と舌を出す。

「初恋は譲ってあげるんだよ」
「……うん。ありがとう、朝香」

 それからの飛行機は、お互い急に眠気に襲われて、私たちは手を繋いだままうとうととしていた。

 着陸のアナウンスが流れ、微睡みから目覚める。数度瞬きをしてとなりを見ると、朝香がこちらを見ていた。

「少しは眠れた?」
「……うん、まあ」
「よかった。少しすっきりした顔になった気がするよ」と朝香に言われた。少し恥ずかしい。

 飛行機から降りながら、朝香に告げる。
「……私ね、これから綺瀬くんのところに行こうと思ってるんだ」

 すると、朝香がはにかんだ。
「……そっか。うん、いいと思う。着いてく?」
 朝香の申し出に、私は静かに首を振る。

「……大丈夫。ちゃんとひとりで行ってくるよ」
「……じゃあ、そのあと会おうよ」
「え?」
「駅前のドーナツ屋で待ってるから、思いを伝え終わったら、おいで」

 どこまでも過保護な朝香に苦笑する。

「……うん。ありがとう」

 空港で現地解散となると、私はまっすぐあの場所へ向かった。

 綺瀬くんはきっと、お墓にはいない。会えるとしたら、たぶんあそこだ。

 街の中央、小高い丘のさらに上。

 朱色の鳥居を目指して、長い石段を駆け上がる。神社を突っ切り、反対側に現れる天まで続くかと思うような石段をまた登る。

 そうして辿り着いたのは、あの広場だ。

 人生を終わらせようとして、私が生まれ変わった場所。初恋の人と再会した場所……。

 綺瀬くんと出会って四ヶ月。

 私の世界は百八十度変わった。

 家族と向き合って、朝香という親友ができて、修学旅行にまで参加している。
 夏休み前での私では、とても考えられない。

 そして、穂坂さんとの再会で、私は私自身さえ気付かなかった本心に気付いた。

 私は本当は、必死で生きたいと思っていたこと。
 上がる息のなか、懸命に足を動かす。

 まだ間に合うだろうか。どうか、間に合ってほしい。どうしても会って伝えたいことがある。

 綺瀬くん、綺瀬くん、綺瀬くん。お願い、間に合って……。
 祈る思いで石段を駆け上がった。

「綺瀬くんっ!」

 ようやく広場につき、膝に手を置いた。息を整えながら、彼の定位置のベンチを見る。
 そこに、綺瀬くんの姿はなかった。だれもいない。人の気配もない。

「綺瀬くん……どこ?」

 力が抜け、その場にへたり込む。

「そんな……やっと、思い出したのに」

 やっぱり、もう綺瀬くんに会うことはできないのだろうか。私が、綺瀬くんがいないということを認識してしまったから……。

「綺瀬くん……出てきてよ」
 涙が込み上げ、しゃくり上げた。
「お願い……」

 私、思い出したんだよ。綺瀬くんに助けられたこと思い出したんだよ。綺瀬くんと過ごした日のこと。綺瀬くんのことが大好きだったこと。ぜんぶ、ぜんぶ思い出したのに……。私はもう、さよならを言えないの? いやだよ。さよならもできないなんて、いやだよ。会いたい。

「綺瀬くん……っ!」

 思いの限り、叫んだ、そのとき。

「――水波?」

 ふと焦がれた声がして、弾かれたように振り向いた。
 目を瞠る。
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