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第6章

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 綺瀬くんは、優しく私の手を握ってくれた。

『私……今日告白しようとしてたんだよ』

 白くぼやける視界の中で、綺瀬くんの喉仏がゆっくりと上下するのが見えた。

『……綺瀬くんにね、好きって言おうとしてたんだ』

 人生で初めての告白なのに、私はそのときぜんぜん緊張なんてしてなくて、言えてよかったという安心すら覚えていた。

『……そっか。ありがとう。水波、俺も好きだよ。水波のことが好き』
『本当……?』

 綺瀬くんは今にも泣きそうな顔をして、私の顔を覗き込んでいた。

『……うん、うん。だからもう少し……』
『ありがとう……。私、死ぬ前に告白できてよかった』

 今度こそ、綺瀬くんが潤んだ声で叫んだ。

『死なないよ! 生きて帰ろう。絶対、生きて帰るんだよ』
『……うん……』

 目を閉じる。

『水波!』

 遠くで綺瀬くんの声がする。
 何度目か分からない爆発の音が響いて、とうとう私たちがいる部屋にも海水が浸水してきた。

 じゃばじゃばと荒い水の音を聞きながら、ぼんやりと考える。ほかの人はどうしているだろう。もう救助の人は来ただろうか。
 来未も、助け出されただろうか。

 私たちがここにいることをだれか知っているのだっけと思い、すぐにどうでもいいか、どうせもう死ぬんだし、と考え直して目を閉じた。

 このフェリーはじきに沈む。助けなんてこない。私たちはきっとこのまま死ぬんだ、そして、海の底に沈む……。

 それなのに、綺瀬くんはまだなにかをやっていた。目を開くと、真剣な横顔が見える。

 こんなにも絶望的な状況を前にしても、綺瀬くんはぜんぜん諦めている様子はなかった。それどころか、私の気が抜けるのをなんとか阻止しようと必死に声をかけてくれていた。

『水波、なにか楽しい話をしよう。助けが来るまでもう少しだから』

 こんな状況で楽しい話なんて浮かぶわけないのに、それでも綺瀬くんは本気で考えているようだった。
 そんな綺瀬くんの横顔を見つめて、やっぱり好きだなぁ、と改めて思った。

 ……こんなときなのに。もう死ぬのに。

『……私……綺瀬くんともっと一緒にいたかったなぁ』

 綺瀬くんがハッとしたように私を見た。
『いるよ。今も、明日もこの先もずっと。明日はどこに行こうね? もう一日くらい遊びたいよね』
『……来未とも喧嘩したままだし……私、なんで喧嘩なんかしちゃったんだろう……来未に会いたい……』
『……大丈夫。絶対仲直りできるよ。来未、さっきぜんぜん怒ってなかったじゃん』
『……来未、大丈夫かな……』

 声が震える。頭の痛みが嘘のように消えて、いよいよ死ぬんだと思い始めた。それでも綺瀬くんは取り乱すことなく、私に『大丈夫』だと言い続けた。

『来未は大丈夫だよ。きっと先に救助されて、俺たちを待ってる。だから、最後まで諦めちゃダメだよ』

 あたたかい手のぬくもりを思い出す。

『仲直りするんだろ?』

 綺瀬くんは、優しい声でそう言った。
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