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第6章
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消えた来未のゆくえを探そうと、手すりに乗り出す。水の中から、手だけが見えたような気がした。
『来未っ! 来未!!』
『水波! 危ないっ!』
呆然とする私を、綺瀬くんが無理やり手すりから引き剥がし、船首の近くの部屋に連れ込んだ。
心臓が口から飛び出すんじゃないかというくらい、どくどくと高鳴っている。
『どうしよう……どうしよう、綺瀬くん。来未が……』
『大丈夫だから、とにかく落ち着こう』
綺瀬くんはパニックになる私を優しく抱き締めて、何度も『大丈夫』だと言い続けた。
到底、落ち着くことなんてできなかった。
来未が流されていく光景が頭から離れない。海面から伸びた手が、こちらに向かって広げられた手のひらが、こびりついて離れなかった。
来未が落ちた。来未は、まだライフジャケットを着ていなかった。このまま流されたら、溺れてしまう。
『どうしよう、私のせいだ……来未……どうしよう』
『水波。来未は大丈夫だから、じっとして。頭切れちゃってるから止血しないと』
『そんなことより、急いで来未を探さないと! このままじゃ、来未が』
再びデッキに向かおうとする私を、綺瀬くんが強く引いて制した。
『ダメだよ! 水波も怪我してるんだ! 水波まで海に落ちたら大変だ! ……大丈夫。すぐに助けが来るから、来未のことはレスキューに任せよう』
『そんなこと言ってたら来未が死んじゃうよ!』
『落ち着けって、水波!!』
初めて、綺瀬くんが声を荒らげた。いつも穏やかな綺瀬くんに怒鳴られ、私は息を呑む。驚きと恐怖で、余計に涙が込み上げた。
泣き始めた私に気付いた綺瀬くんが、ハッとした顔をする。
『……大きい声出してごめん。でも、今はとにかく、俺たちも助かることを考えるんだ。ね?』
『……うん』
こめかみをあたたかいなにかがつたっていく感触に、そっと手を持っていく。
ぬめりと生あたたかい液体が指先に触れる。見ると、私の手は赤黒く染まっていた。そういえば、デッキにぶつかったときに頭を打ったのだった。
思い出したように頭がズキズキとして、意識がゆっくりと遠くなっていく。
その間にもフェリーはどんどん沈んでいるようだった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
綺瀬くんは爆発で壊れた瓦礫やなんかを集めてきては、なにかをしていた。お互い喋らなくなって、私は痛みで意識がぼんやりとし出して。
次第に頭痛がひどくなり、視界が白く霞み始めた。
『ねぇ……綺瀬くん』
私はぼんやりした意識の中で綺瀬くんに声をかける。
『私たち……ここで死ぬのかな……』
『なに言ってるの。もうすぐ助けが来るから、諦めちゃダメだよ。大丈夫。もう頭の血も止まったよ。ゆっくり深呼吸してみて』
『うん……』
あのときの私は、もう生きることを諦めていた。だから、どうせ死ぬならばと思って、言ったのだ。
『綺瀬くん……私ね、ずっと綺瀬くんに言いたいことがあったんだ』
『なに?』
『来未っ! 来未!!』
『水波! 危ないっ!』
呆然とする私を、綺瀬くんが無理やり手すりから引き剥がし、船首の近くの部屋に連れ込んだ。
心臓が口から飛び出すんじゃないかというくらい、どくどくと高鳴っている。
『どうしよう……どうしよう、綺瀬くん。来未が……』
『大丈夫だから、とにかく落ち着こう』
綺瀬くんはパニックになる私を優しく抱き締めて、何度も『大丈夫』だと言い続けた。
到底、落ち着くことなんてできなかった。
来未が流されていく光景が頭から離れない。海面から伸びた手が、こちらに向かって広げられた手のひらが、こびりついて離れなかった。
来未が落ちた。来未は、まだライフジャケットを着ていなかった。このまま流されたら、溺れてしまう。
『どうしよう、私のせいだ……来未……どうしよう』
『水波。来未は大丈夫だから、じっとして。頭切れちゃってるから止血しないと』
『そんなことより、急いで来未を探さないと! このままじゃ、来未が』
再びデッキに向かおうとする私を、綺瀬くんが強く引いて制した。
『ダメだよ! 水波も怪我してるんだ! 水波まで海に落ちたら大変だ! ……大丈夫。すぐに助けが来るから、来未のことはレスキューに任せよう』
『そんなこと言ってたら来未が死んじゃうよ!』
『落ち着けって、水波!!』
初めて、綺瀬くんが声を荒らげた。いつも穏やかな綺瀬くんに怒鳴られ、私は息を呑む。驚きと恐怖で、余計に涙が込み上げた。
泣き始めた私に気付いた綺瀬くんが、ハッとした顔をする。
『……大きい声出してごめん。でも、今はとにかく、俺たちも助かることを考えるんだ。ね?』
『……うん』
こめかみをあたたかいなにかがつたっていく感触に、そっと手を持っていく。
ぬめりと生あたたかい液体が指先に触れる。見ると、私の手は赤黒く染まっていた。そういえば、デッキにぶつかったときに頭を打ったのだった。
思い出したように頭がズキズキとして、意識がゆっくりと遠くなっていく。
その間にもフェリーはどんどん沈んでいるようだった。
どれくらいの時間が経ったのだろう。
綺瀬くんは爆発で壊れた瓦礫やなんかを集めてきては、なにかをしていた。お互い喋らなくなって、私は痛みで意識がぼんやりとし出して。
次第に頭痛がひどくなり、視界が白く霞み始めた。
『ねぇ……綺瀬くん』
私はぼんやりした意識の中で綺瀬くんに声をかける。
『私たち……ここで死ぬのかな……』
『なに言ってるの。もうすぐ助けが来るから、諦めちゃダメだよ。大丈夫。もう頭の血も止まったよ。ゆっくり深呼吸してみて』
『うん……』
あのときの私は、もう生きることを諦めていた。だから、どうせ死ぬならばと思って、言ったのだ。
『綺瀬くん……私ね、ずっと綺瀬くんに言いたいことがあったんだ』
『なに?』
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