明日はちゃんと、君のいない右側を歩いてく。

朱宮あめ

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第6章

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 私は息を吐きながら、穂坂さんに訊く。
「綺瀬くんって、あの……紫咲……綺瀬ですか」
 すると穂坂さんは、戸惑いながら頷いた。

「ごめん、俺……なにかまずいこと言った?」

 綺瀬くんが、沖縄にいた? 一緒に旅行に、あのフェリーに乗っていた……?

「写真とか……ありませんか。綺瀬くんの」
「あぁ……うん」

 穂坂さんはポケットからスマホを取り出し、画像を見せてくれた。

「これ……綺瀬くんのお母さんにもらったものだけど」

 かすかに息が漏れた。

 そこに写っていたのは、海岸で撮ったと思しき写真。四角い枠の中で三人の少年少女が笑っている。それは紛れもなく、私と来未と――そして、綺瀬くんだった。

 決定的な写真を前に、脳内でビジョンが爆発した。

 紫咲綺瀬。

 来未と同じく中学生のときに知り合った私たちは、三人でいつも一緒にいた。

 綺瀬くんはもともと来未の幼なじみで、私と来未が仲良くなったことで知り合った。優しくて、爽やかで、スポーツも運動もできる男の子。

 綺瀬くんは内気な私にもすごく良くしてくれて、私は川の水が上流から下流、そして海へ流れ着くのと同じくらい当たり前のように、綺瀬くんのことを好きになった。

 中三の春、私は親友の来未に綺瀬くんが好きだと告白した。そうしたら来未はとても喜んで、卒業前に三人で旅行に行こうと言ったのだ。そこで告白すればいいと。

 そして中学最後の夏休み、私たちは三人で計画を立てて沖縄へ旅行に行ったのだ。

 そこで……あの事故が起こった。

 呼び覚まされた記憶に、愕然とする。

 沖縄に来た私たちは、受験生であるということも忘れてはしゃいだ。海でバナナボートに乗って、シュノーケリングをしたり。水族館で見たことのない魚をたくさん見て、地元で有名なアイスを食べて、食べ歩きも散々した。

 そして、三日目の朝、あのフェリーに乗ったのだ。

 綺瀬くんへの告白は、フェリーでする予定だった。来未が席を外して、ふたりきりになったとき。

『トイレに言ってくるね』

 来未のその言葉が合図だった。

 だけど、いざその日になったら怖くなってしまって、フェリーに乗る直前、私は来未にやっぱり告白するのはやめると言ったのだ。

 ……そうだ。それで、喧嘩になった。

 来未は、私が綺瀬くんに告白するのをやめると言ったら、怒ったのだ。

「なんのためにここまできたの。志望校違うんだから、卒業したら離ればなれになっちゃうんだよ。今言わなきゃ絶対後悔するんだからね!」

 それから来未はずっとぷんすかしていて、告白しないならもう口を聞いてあげないからと、なにを話しかけてもぜんぜん反応してくれなくなった。
 そんなものだから私も悲しくなって、寂しくて……それで、無視し返したのだ。

 綺瀬くんは喧嘩してしまった私たちを取り持つように、間に入って場を盛り上げてくれていた。
 フェリーが出航し、そのうち朝香がトイレに行くと言って席を立った。来未は最後に、ちらりと私を見た。たぶん、合図をしたのだと思う。それからしばらく、来未が帰ってくる気配はなかったから。

 ふたりきりになると、綺瀬くんは私にどうして喧嘩なんてしたのかと訊ねられた。けれど、私が綺瀬くんへの告白を諦めたから来未が怒ってしまったなんてとても言えないので、なんでもないのだと笑って誤魔化した。

 そうこうするうち、あの事故が起こった。

 突然、ものすごい音がした。と思ったら、一気に船体が傾き、あちこちから悲鳴が上がった。私は衝撃に驚いて動けず、声すら出せなかった。
 振動で椅子から転がりかけた私を、綺瀬くんが咄嗟に支えてくれる。

『なにごとだよ!?』
『フェリーが座礁したらしい! このままだと……』

 乗客たちは、フェリーが座礁したのだと知ると、我先にとライフジャケットを着用し始めた。

 当時、私たちはライフジャケットを着ていなかったのだ。
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