68 / 85
第5章
10
しおりを挟む
私もそうだ。
親友を亡くした人の気持ちなら理解できる。でも、娘を亡くした親の気持ちは私には分からない。
今でも来未のことを思い出すと胸が潰れそうになる。家族なら、もっとだろう。
「だけどね、心ってひとつじゃないと思うんだ」
「え?」
「来未ちゃんのお母さんもね、きっと娘の親友である君が助かってよかったと、心から思っていると思うんだ。だけどその反面、娘と一緒にいたはずの水波ちゃんは助かったのに、なんでうちの子は無事に帰って来れなかったのだろうと思ってしまったんだと思う」
言葉が出なかった。
そうか。そうだ。少し考えれば分かることだった。
来未のお母さんは、事故に遭った私を、泣きながら抱き締めてくれたことがあった。その顔は心からよかったと、私の無事を喜んでくれていたように思える。
どうして忘れていたんだろう……。
「どちらもたしかに彼女の本心なんだよ。人の心っていうのは、複雑だよね」
黙り込んだ私に、穂坂さんが微笑む。
「そう……ですよね。私、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう……」
「仕方ないよ。他人に関心を持つ余裕なんてなかったでしょ」
と、穂坂さんは苦笑した。
「……だからね、君が生きることに罪悪感を持ってしまうのは分かる。だけど、これだけは忘れないで。もし君に罪があるというなら、その罪は君を助けた俺にもある」
「……そんなことは……」
否定しようとするけれど、声はあまり出なかった。
きっと私も、心のどこかで穂坂さんが来未を助けてくれていたら、と思ってしまったのだ。
穂坂さんは一生懸命仕事をしただけで、落ち度なんて少しもないのに。これこそ裏腹だ、と思った。
アイスコーヒーを飲み、喉を潤した穂坂さんは私を見つめて静かな声で言った。
「背負うなと言っても無理だろうから、さ」
「……はい」
「だから俺も、その罪を半分もらうよ。君の両親もきっとそう思ってる。ほかにもきっと、君を想う人はたくさんいる」
その言葉に、脳裏に朝香や綺瀬くんの顔が浮かんだ。
「……だからね、水波ちゃんはひとりだなんて思わなくていいんだ。顔をあげれば、君の荷物を持ってくれる人たちが周りにたくさんいるんだから。大丈夫。君は、みんなに愛されてるよ」
「…………」
ぐっと奥歯を噛む。
穂坂さんの優しい微笑みに、私は、
「はい」
気づけばそう、笑顔で答えていた。
親友を亡くした人の気持ちなら理解できる。でも、娘を亡くした親の気持ちは私には分からない。
今でも来未のことを思い出すと胸が潰れそうになる。家族なら、もっとだろう。
「だけどね、心ってひとつじゃないと思うんだ」
「え?」
「来未ちゃんのお母さんもね、きっと娘の親友である君が助かってよかったと、心から思っていると思うんだ。だけどその反面、娘と一緒にいたはずの水波ちゃんは助かったのに、なんでうちの子は無事に帰って来れなかったのだろうと思ってしまったんだと思う」
言葉が出なかった。
そうか。そうだ。少し考えれば分かることだった。
来未のお母さんは、事故に遭った私を、泣きながら抱き締めてくれたことがあった。その顔は心からよかったと、私の無事を喜んでくれていたように思える。
どうして忘れていたんだろう……。
「どちらもたしかに彼女の本心なんだよ。人の心っていうのは、複雑だよね」
黙り込んだ私に、穂坂さんが微笑む。
「そう……ですよね。私、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう……」
「仕方ないよ。他人に関心を持つ余裕なんてなかったでしょ」
と、穂坂さんは苦笑した。
「……だからね、君が生きることに罪悪感を持ってしまうのは分かる。だけど、これだけは忘れないで。もし君に罪があるというなら、その罪は君を助けた俺にもある」
「……そんなことは……」
否定しようとするけれど、声はあまり出なかった。
きっと私も、心のどこかで穂坂さんが来未を助けてくれていたら、と思ってしまったのだ。
穂坂さんは一生懸命仕事をしただけで、落ち度なんて少しもないのに。これこそ裏腹だ、と思った。
アイスコーヒーを飲み、喉を潤した穂坂さんは私を見つめて静かな声で言った。
「背負うなと言っても無理だろうから、さ」
「……はい」
「だから俺も、その罪を半分もらうよ。君の両親もきっとそう思ってる。ほかにもきっと、君を想う人はたくさんいる」
その言葉に、脳裏に朝香や綺瀬くんの顔が浮かんだ。
「……だからね、水波ちゃんはひとりだなんて思わなくていいんだ。顔をあげれば、君の荷物を持ってくれる人たちが周りにたくさんいるんだから。大丈夫。君は、みんなに愛されてるよ」
「…………」
ぐっと奥歯を噛む。
穂坂さんの優しい微笑みに、私は、
「はい」
気づけばそう、笑顔で答えていた。
3
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
クルーエル・ワールドの軌跡
木風 麦
青春
とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。
人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。
されど服飾師の夢を見る
雪華
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞ありがとうございました!
――怖いと思ってしまった。自分がどの程度で、才能があるのかないのか、実力が試されることも、他人から評価されることも――
高校二年生の啓介には密かな夢があった。
「服飾デザイナーになりたい」
しかしそれはあまりにも高望みで無謀なことのように思え、挑戦する前から諦めていた。
それでも思いが断ち切れず、「少し見るだけ」のつもりで訪れた国内最高峰の服飾大学オープンカレッジ。
ひょんなことから、学園コンテストでショーモデルを務めることになった。
そこで目にしたのは、臆病で慎重で大胆で負けず嫌いな生徒たちが、己の才能を駆使してステージ上で競い合う姿。
それでもここは、まだ井戸の中だと先輩は言う――――
正解も不正解の判断も自分だけが頼りの世界。
才能のある者達が更に努力を積み重ねてしのぎを削る大きな海へ、船を出す事は出来るのだろうか。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
彗星と遭う
皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】
中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。
その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。
その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。
突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。
もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。
二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。
部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。
怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。
天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。
各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。
衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。
圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。
彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。
この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。
☆
第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》
第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》
第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》
登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる