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第5章
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私もそうだ。
親友を亡くした人の気持ちなら理解できる。でも、娘を亡くした親の気持ちは私には分からない。
今でも来未のことを思い出すと胸が潰れそうになる。家族なら、もっとだろう。
「だけどね、心ってひとつじゃないと思うんだ」
「え?」
「来未ちゃんのお母さんもね、きっと娘の親友である君が助かってよかったと、心から思っていると思うんだ。だけどその反面、娘と一緒にいたはずの水波ちゃんは助かったのに、なんでうちの子は無事に帰って来れなかったのだろうと思ってしまったんだと思う」
言葉が出なかった。
そうか。そうだ。少し考えれば分かることだった。
来未のお母さんは、事故に遭った私を、泣きながら抱き締めてくれたことがあった。その顔は心からよかったと、私の無事を喜んでくれていたように思える。
どうして忘れていたんだろう……。
「どちらもたしかに彼女の本心なんだよ。人の心っていうのは、複雑だよね」
黙り込んだ私に、穂坂さんが微笑む。
「そう……ですよね。私、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう……」
「仕方ないよ。他人に関心を持つ余裕なんてなかったでしょ」
と、穂坂さんは苦笑した。
「……だからね、君が生きることに罪悪感を持ってしまうのは分かる。だけど、これだけは忘れないで。もし君に罪があるというなら、その罪は君を助けた俺にもある」
「……そんなことは……」
否定しようとするけれど、声はあまり出なかった。
きっと私も、心のどこかで穂坂さんが来未を助けてくれていたら、と思ってしまったのだ。
穂坂さんは一生懸命仕事をしただけで、落ち度なんて少しもないのに。これこそ裏腹だ、と思った。
アイスコーヒーを飲み、喉を潤した穂坂さんは私を見つめて静かな声で言った。
「背負うなと言っても無理だろうから、さ」
「……はい」
「だから俺も、その罪を半分もらうよ。君の両親もきっとそう思ってる。ほかにもきっと、君を想う人はたくさんいる」
その言葉に、脳裏に朝香や綺瀬くんの顔が浮かんだ。
「……だからね、水波ちゃんはひとりだなんて思わなくていいんだ。顔をあげれば、君の荷物を持ってくれる人たちが周りにたくさんいるんだから。大丈夫。君は、みんなに愛されてるよ」
「…………」
ぐっと奥歯を噛む。
穂坂さんの優しい微笑みに、私は、
「はい」
気づけばそう、笑顔で答えていた。
親友を亡くした人の気持ちなら理解できる。でも、娘を亡くした親の気持ちは私には分からない。
今でも来未のことを思い出すと胸が潰れそうになる。家族なら、もっとだろう。
「だけどね、心ってひとつじゃないと思うんだ」
「え?」
「来未ちゃんのお母さんもね、きっと娘の親友である君が助かってよかったと、心から思っていると思うんだ。だけどその反面、娘と一緒にいたはずの水波ちゃんは助かったのに、なんでうちの子は無事に帰って来れなかったのだろうと思ってしまったんだと思う」
言葉が出なかった。
そうか。そうだ。少し考えれば分かることだった。
来未のお母さんは、事故に遭った私を、泣きながら抱き締めてくれたことがあった。その顔は心からよかったと、私の無事を喜んでくれていたように思える。
どうして忘れていたんだろう……。
「どちらもたしかに彼女の本心なんだよ。人の心っていうのは、複雑だよね」
黙り込んだ私に、穂坂さんが微笑む。
「そう……ですよね。私、なんでこんな簡単なことに気付かなかったんだろう……」
「仕方ないよ。他人に関心を持つ余裕なんてなかったでしょ」
と、穂坂さんは苦笑した。
「……だからね、君が生きることに罪悪感を持ってしまうのは分かる。だけど、これだけは忘れないで。もし君に罪があるというなら、その罪は君を助けた俺にもある」
「……そんなことは……」
否定しようとするけれど、声はあまり出なかった。
きっと私も、心のどこかで穂坂さんが来未を助けてくれていたら、と思ってしまったのだ。
穂坂さんは一生懸命仕事をしただけで、落ち度なんて少しもないのに。これこそ裏腹だ、と思った。
アイスコーヒーを飲み、喉を潤した穂坂さんは私を見つめて静かな声で言った。
「背負うなと言っても無理だろうから、さ」
「……はい」
「だから俺も、その罪を半分もらうよ。君の両親もきっとそう思ってる。ほかにもきっと、君を想う人はたくさんいる」
その言葉に、脳裏に朝香や綺瀬くんの顔が浮かんだ。
「……だからね、水波ちゃんはひとりだなんて思わなくていいんだ。顔をあげれば、君の荷物を持ってくれる人たちが周りにたくさんいるんだから。大丈夫。君は、みんなに愛されてるよ」
「…………」
ぐっと奥歯を噛む。
穂坂さんの優しい微笑みに、私は、
「はい」
気づけばそう、笑顔で答えていた。
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