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第5章

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「……実は、死のうとしたとき、私の手を掴んでくれた人がいたんです。その人は私を柵の内側に引きずり戻すと、とても怒りました。怒られて、私もムキになって言い返して……喧嘩になりました」

 思えば、あんなふうにだれかと言い合ったのは、事故以来はじめてだったかもしれない。
 もともと人見知りで、感情を表に出すこと自体苦手だった私は、友達と喧嘩することなんてまずなかったのだ。

「でも、彼は私が自殺しようとするなら何度でも助けるって言ったんです。初対面なのにどうしてって聞いたら、手が届くからだって言っていて」

 目を閉じて綺瀬くんの顔を思い浮かべると、彼がくれたあたたかな言葉たちがぽうぽうと胸の奥に灯っていくようだった。

『自殺は、心が死んだ人がする行為だ』

 行き場のない虚無感に襲われていた私の手を取って、綺瀬くんは言った。

『忘れちゃダメだよ。死んじゃった人は、生き残った人の思い出の中でしか生きられないんだ』

 こんなに苦しいのなら、いっそのこと来未のことを忘れてしまいたいと泣く私を、綺瀬くんは優しく慰めてくれた。

「その言葉で救われて……私は死ぬのをやめました」

 一度死に近づいたからだろうか。あれ以来、私はあの柵の向こう側に立つ勇気は失くしてしまった。

「……そっか。いい出会いがあったんだ。その人に、君は心を救われたんだね」

 穂坂さんが私を見て優しく笑う。私は少し照れくさくなりながらも頷いた。

 綺瀬くんに出会っていなかったら、今私はここにはいない。そう考えると、彼との出会いは本当に運命的だったと思う。

「ようやく、息が吸えた気がしました」

 ずっと家族に本音を言えなかった私を、クラスメイトに話しかけられて戸惑う私を、綺瀬くんは優しく受け入れてくれた。

『俺たちはエスパーじゃないから、心の中までは見えない。たとえ家族でも』

 そう。私たちは、心の中まで見ることはできない。だから言葉を交わす。そのために、言葉があるのだと。

『親だって人間。娘のことをいくら思ってても、間違えることだってあるんだよ』

 親だって、初めから親であるわけじゃない。きっと、悩んで傷付いて、失敗して親になっていくのだと。

 家族と向き合えずに落ち込んでいた私に、大切なことを気付かせてくれた綺瀬くん。

『俺はいつだって、水波の味方だよ』

 私も、どんなときでも綺瀬くんの味方でいたい。綺瀬くんの一番でいたい。

『水波』

 耳の奥で、彼の涼やかな声が聞こえる気がする。
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