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第5章
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そして、しばらく他愛のない話をしてから、私はとうとう本題に入った。
「あの……私、ずっと穂坂さんにお礼を言えてなくて……助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いいよいいよ、そんなこと気にしないで」
改めて頭を下げると、穂坂さんは人の良さげな笑みを浮かべ、頬を掻いた。
「……それから……私、ずっと穂坂さんには謝らなきゃいけないと思ってたんです」
「謝る?」
穂坂さんが戸惑いの滲んだ表情を浮かべる。
「はい」
私は一度唇を引き結び、膝に置いた手を握り込む。
そして、言った。
「私……実は死のうとしたんです」
穂坂さんが息を呑む音がした気がした。アイスティーの氷が、からりと音を立てて溶ける。
私は懺悔室に佇む罪人のように、穂坂さんを前にぽつぽつと話し出す。
「来未が……親友があの事故で死んじゃって、私はひとりだけ生き残りました。病院で目が覚めたとき、一緒にフェリーに乗っていたはずの人たちはひとりもいなくて、代わりにその家族の人がたくさんいて」
その人たちは、みんなそろって廊下の隅ですすり泣いていた。そしてそこには私の両親もいて、ほかの人たちと同じように泣いていた。
「その人たちの涙を見て……その人たちになんでお前は生きているんだと詰め寄られて、私はじぶんの立場を知りました」
生き残ったのは私だけ。来未は海に投げ出され、かなりの距離を流されて、見つかったときにはもう亡くなっていた。
ほかの人たちも船体から辛うじて助け出されたものの、全員蘇生には至らなかった。
「退院して家に帰ってからも、両親は……特にお母さんはパニックになっていて、あの事故以来、精神安定剤とかを毎晩飲むようになって……私が苦しそうにするとお母さんもお父さんも余計に心配するから、私は、なんでもないように振る舞いました」
「そう」と、穂坂さんはひそやかな声で相槌を打つ。
「……そんなことしか私にはできないんです。私は、私のせいで泣くふたりに……」
私自身、怖くて泣き叫びたい夜もあった。けれど、そんな不安定になっている私を打ち明けたら、両親はさらに混乱する。そう思うと、ただひたすらひとりで耐えるしかなかった。だれにも相談できなかった。
穂坂さんがやるせなさげに目を伏せた。
「……君は被害者だよ。一番に守られるべきなのは、君自身だ。君がそんなことを気にする必要はないのに」
「……そうでしょうか」
私は続ける。
「私はあの事故で生き残るのは、間違いだったんだと思っていました。私は、生き残るべきじゃなかった。そうすれば……お母さんもお父さんも、悲しむことはあってもこんなに苦しむことはなかったはずだから」
ほんの少し、空気が揺れた。穂坂さんが小さく息を漏らしたのだ。
「あの……私、ずっと穂坂さんにお礼を言えてなくて……助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いいよいいよ、そんなこと気にしないで」
改めて頭を下げると、穂坂さんは人の良さげな笑みを浮かべ、頬を掻いた。
「……それから……私、ずっと穂坂さんには謝らなきゃいけないと思ってたんです」
「謝る?」
穂坂さんが戸惑いの滲んだ表情を浮かべる。
「はい」
私は一度唇を引き結び、膝に置いた手を握り込む。
そして、言った。
「私……実は死のうとしたんです」
穂坂さんが息を呑む音がした気がした。アイスティーの氷が、からりと音を立てて溶ける。
私は懺悔室に佇む罪人のように、穂坂さんを前にぽつぽつと話し出す。
「来未が……親友があの事故で死んじゃって、私はひとりだけ生き残りました。病院で目が覚めたとき、一緒にフェリーに乗っていたはずの人たちはひとりもいなくて、代わりにその家族の人がたくさんいて」
その人たちは、みんなそろって廊下の隅ですすり泣いていた。そしてそこには私の両親もいて、ほかの人たちと同じように泣いていた。
「その人たちの涙を見て……その人たちになんでお前は生きているんだと詰め寄られて、私はじぶんの立場を知りました」
生き残ったのは私だけ。来未は海に投げ出され、かなりの距離を流されて、見つかったときにはもう亡くなっていた。
ほかの人たちも船体から辛うじて助け出されたものの、全員蘇生には至らなかった。
「退院して家に帰ってからも、両親は……特にお母さんはパニックになっていて、あの事故以来、精神安定剤とかを毎晩飲むようになって……私が苦しそうにするとお母さんもお父さんも余計に心配するから、私は、なんでもないように振る舞いました」
「そう」と、穂坂さんはひそやかな声で相槌を打つ。
「……そんなことしか私にはできないんです。私は、私のせいで泣くふたりに……」
私自身、怖くて泣き叫びたい夜もあった。けれど、そんな不安定になっている私を打ち明けたら、両親はさらに混乱する。そう思うと、ただひたすらひとりで耐えるしかなかった。だれにも相談できなかった。
穂坂さんがやるせなさげに目を伏せた。
「……君は被害者だよ。一番に守られるべきなのは、君自身だ。君がそんなことを気にする必要はないのに」
「……そうでしょうか」
私は続ける。
「私はあの事故で生き残るのは、間違いだったんだと思っていました。私は、生き残るべきじゃなかった。そうすれば……お母さんもお父さんも、悲しむことはあってもこんなに苦しむことはなかったはずだから」
ほんの少し、空気が揺れた。穂坂さんが小さく息を漏らしたのだ。
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