明日はちゃんと、君のいない右側を歩いてく。

朱宮あめ

文字の大きさ
上 下
59 / 85
第5章

1

しおりを挟む

 修学旅行三日目に入った。
 楽しい時間はあっという間で、修学旅行も今日と明日で終わりだ。
 今日は一日、班に別れて自由行動となっている。マリンスポーツをしない私たちは、予定していた国際通りに来ていた。

 星砂のハンドメイドアクセサリーを四人お揃いで買い、それから家族へのお土産をそれぞれで選んでいたとき、スカートのポケットにしまっていたスマホが鳴った。

 画面には、『穂坂さん』の文字。
 慌てて通話ボタンをタップする。

「もっ……もしもし!」
『あ、もしもし水波ちゃん? 今大丈夫?』
「はい、大丈夫です」

 穂坂さんは最初に私が電話をかけたときとは違って、静かで落ち着いた口調だった。きっとふだんはこうなのだろう。

『実は、今から時間取れそうなんだけど、水波ちゃんどうかなって思って。今日ってたしか、自由行動だったよね』
「はい! 友達に確認してみますけど、たぶん大丈夫だと思います」
『そう。今どこにいる?』
 穂坂さんに居場所を伝えると、案外近くにいたようで、国際通りのとあるカフェで落ち合うことになった。

 通話を終えると、私は急いで朝香の姿を探す。
 近くの店で買い物をしていた朝香を見つけ、人と会いたいから少しの間だけ別行動にさせてほしいと頼む。
「会いたい人って……水波が前に言ってた人?」
「うん。今から少し時間取れそうだからって」
「そっか……」
 朝香は心配そうにしながらも、
「分かった。いいよ。ふたりには私から言っておく。気をつけてね」と、頷いてくれた。
「あ、でも三時にはここに戻ってきて」
「分かった」

 そうして、私は穂坂さんと待ち合わせたカフェへ向かう。

 カフェは通りに面したアラビアンな雰囲気の落ち着いたお店で、地下階段を降りたところにあった。
 中に入ってきょろきょろと穂坂さんを探していると、「水波ちゃん」と小さな声で呼び止められた。

 声がしたほうを見ると、短髪で背の高い男の人がテーブル席に座って手を振っている。
 目が合い、私は小さく頭を下げた。
「こんにちは」
「こんにちは……」
 穂坂さんだ。事故のとき、沈没しかけたフェリーから私を助けてくれた、命の恩人である。

 穂坂さんは正面の席に着いた私を見て、潤んだ瞳を細めて微笑んだ。
「元気そうだね」
「……はい」
「あ、まずはなにか頼もうか。水波ちゃんなにがいい?」
 穂坂さんにメニューを渡される。
「えっと……じゃあアイスティーにします」
 穂坂さんが店員を呼ぶ。
「アイスティーとアイスコーヒー、それからティラミスとレアチーズケーキひとつずつお願いします」

 注文を終え、しばらく近況の話をし合っていると、店員さんが注文したドリンクとケーキを運んできた。
 運ばれてきたケーキを並べて、穂坂さんが言う。
「水波ちゃん、ティラミスとレアチーズ、どっちがいい?」
 え、と顔を上げると、穂坂さんは「ひとりじゃ食べづらいから、付き合ってよ」と言って、にっこりと微笑んだ。

「……じゃあ、えっとティラミスいただきます」
 穂坂さんの好意に甘えて、ティラミスをもらう。

 穂坂さんとこうしてふたりきりで話すのは初めてだが、不思議と緊張はなかった。穂坂さんが事故のことに触れることなく、私の学校生活や友達についての何気ないことをたくさん聞いてくれたおかげかもしれない。気まずい空気になることもなく、終始穏やかな時間が流れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

クルーエル・ワールドの軌跡

木風 麦
青春
 とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。  人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。

8年間未来人石原くん。

七部(ななべ)
青春
しがない中学2年生の石原 謙太郎(いしはら けんたろう)に、一通の手紙が机の上に届く。 「苗村と付き合ってくれ!頼む、今しかないんだ!」 と。8年後の未来の、22歳の自分が、今の、14歳の自分宛に。苗村 鈴(なえむら すず) これは、石原の8年間の恋愛のキャンバスのごく一部分の物語。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立

水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~ 第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。 ◇◇◇◇ 飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。 仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。 退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。 他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。 おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。 

自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話

水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。 そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。 凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。 「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」 「気にしない気にしない」 「いや、気にするに決まってるだろ」 ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様) 表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。 小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。

私の隣は、心が見えない男の子

舟渡あさひ
青春
人の心を五感で感じ取れる少女、人見一透。 隣の席の男子は九十九くん。一透は彼の心が上手く読み取れない。 二人はこの春から、同じクラスの高校生。 一透は九十九くんの心の様子が気になって、彼の観察を始めることにしました。 きっと彼が、私の求める答えを持っている。そう信じて。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...