明日はちゃんと、君のいない右側を歩いてく。

朱宮あめ

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第4章

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 切れて待ち受けに戻ったスマホの画面を見下ろして、いつの間にか溜め込んでいた息をどっと吐く。
 心臓に手を当てると、まだばくばくしていた。

「き、緊張したぁ……」

 恩人とはいえ、穂坂さんは私の中ではほぼ知らない人に属する。大人の人に電話するのも、そんな人に会いたいと言うのも、人との接触をついこの間まで絶っていた私にはとても高いハードルだった。

 ガラスに映る自分を見つめる。見つめて、私ってこんな顔してたっけ、と思う。

 ……きっと変わったのだ。
 あの人の……綺瀬くんのおかげで。

 たった四ヶ月で、じぶんがこんなに変わるだなんて思いもしなかった。

 あの日、夏祭りの広場で綺瀬くんと出会っていなかったら、私は修学旅行に来ることは諦めていただろう。
 いや、それどころか両親や朝香たちと向き合うこともできていなかっただろうし、そもそも生きていたかどうかさえ分からない。

 綺瀬くんのことを思ったら、少しだけ眠くなってしまった。寝不足なんて、慣れっこなはずなのに。

 膝を抱えて、ため息混じりに「会いたいなぁ」と呟く。
 そのまま目を閉じようとしたときだった。

「会いたいって、だれに?」

 突然耳元で声がして振り返ると、朝香がいた。
「わっ! あ、朝香!? なんで!? え!? いつから……」

 驚いて声を上げると、慌てた様子の朝香に口を塞がれた。もごもごと暴れていると、私を押さえ込んだまま、朝香が耳元で言う。

「ちょっ、声がでかい! もう消灯時間過ぎてるんだから静かにしてよ! 先生にバレたら怒られるじゃん!」

 そういえばそうだった。こくこくと頷くと、朝香はようやく手を離してくれた。
 ここぞとばかりに大きく息を吸う。
「……ふぅ」
 ……死ぬかと思った。

 朝香は私のとなりに腰を下ろすと、顔を覗き込んできた。

「で? だれに会いたいって?」
 どきりとする。
「あ……そ、それは」

 サッと目を逸らすと、朝香はにやにやしながら私を見つめてくる。

「ねぇ水波、もしかして好きな人いる?」
 ぎくりと肩を揺らす。
「今の電話って、やっぱり彼氏と!?」

 朝香は瞳を輝かせながら、私にぴたりとくっついてくる。
「ち、違うよ! ぜんぜんそんなんじゃなくて、沖縄に住んでる知り合いがいるから、ちょっと連絡してみようと思っただけ。その……この旅行中に、できれば会えたらなって思って」

 どぎまぎしながらそう言うと、朝香はあからさまにつまらなそうにため息をついた。
「なぁんだ、つまんない」
「つまんないって……」

 慣れないノリに若干呆れて笑みを漏らしていると、朝香は一転、静かな声で訊いてきた。

「……だったら、なんで部屋に戻ってこないのよ?」

 責めるような口調ではなかったが、少し不満を含んだ声だった。顔を上げ、朝香を見る。

「消灯時間を過ぎても部屋に戻ってこないし、真面目な水波らしくないって、ふたりも心配してたんだよ」
「……あー、ごめん。ちゃんと言ってから出てくればよかったね」

 なんでもないように謝ると、朝香は首を横に振る。

「まぁいいけどさ。だけど、知り合いに連絡するだけなら、ひとことくらいくれてもいいじゃん。いつも言うけど水波は遠慮し過ぎだよ。いつになったら私と本音で向き合ってくれるの?」
「……うん、ごめん」
「言いたくないことを無理に言えとは言わない。けど……私は水波の親友のつもりだったから、ちょっと寂しかった」

 ハッとして朝香を見る。

「ご、ごめん、朝香……私、そんなつもりじゃなくて……朝香のことは本当に親友だと思ってるよ」

 すると、朝香は首を横に振って笑った。

「ううん。私もごめん。これは完全に私の八つ当たり。実は私、今日ちょっともやもやしてたんだよね」
「もやもや?」

 朝香は私から目を逸らし、少しだけ赤くなった頬をかりかりと掻きながら言った。

「……ほら、資料館にいたとき。水波、琴音と仲良くしてたでしょ。それ見たら、なんかちょっと寂しくて。水波と一番に仲良くなったのは私で、親友は私なのになぁって。まぁちょっと嫉妬……みたいな?」
「え、朝香が?」

 ちょっと意外だ。

「あ、べつにそれで怒ってるとかじゃないからね! そこは誤解しないで」
「う、うん……分かってるけど」

 頷くと、朝香は私の手を取った。あたたかく包み込まれ、少しの照れくささとくすぐったさを感じる。

「水波は優しくて可愛いから、みんな本当はもっと仲良くなりたいんだよ。私だってそうだったもん」

 まだ仲良くなる前の頃、私、ずっと水波に話しかけたくてうずうずしてたんだよ。だから今こうして水波と一緒にいられて、すごく嬉しいんだ。
 だから、水波の一番そばにいるのは私だって思ってた。けど、今日の水波と琴音を見て、水波はべつに私が一番っていうわけじゃないんだよなぁって気付いたんだ。

 そう、朝香は寂しそうに言った。
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