明日はちゃんと、君のいない右側を歩いてく。

朱宮あめ

文字の大きさ
上 下
54 / 85
第4章

12

しおりを挟む

 数秒のコール音ののち、パッと音が途切れた。

『はい』

 男の人の太い声が聞こえ、どきんと心臓が跳ねる。声を聞いた瞬間、用意していた挨拶が頭から吹っ飛び、真っ白になってしまった。

「あ、あの……夜遅くにすみません。私、榛名水波といいます」

 上擦った声でなんとか名乗ると、スマホの向こうから、『ハルナ……?』とかすかに戸惑うような声が聞こえた。
『……あ!』
 しかしすぐに私だと気付いたのか、穂坂さんは音割れしそうなほど大きな声で、

『水波ちゃん!? うそ、本当に水波ちゃんなの!?』
「は、はい……」

 穂坂さんは『うわぁ、そうか。そうか』と、何度も繰り返す。本当に驚いているようだ。

『あ、ごめんね。うるさかったよね。ええと……こんばんは、穂坂です』
「こんばんは……」
『元気にしてた?』
「はい。元気です」

 穂坂さんの声なんてほとんど覚えていないはずなのに、なんだろう。すごく懐かしくて、ホッとした気分になった。

『いやぁ、それにしても嬉しいなぁ。水波ちゃんから連絡くれるなんて夢にも思わなかったからさ。あ、忘れてたわけじゃないからね! むしろ忘れたことなんてないし……水波ちゃんは今、高校生だっけ? 学校は?』

 矢継ぎ早に質問が飛んできて、実は今修学旅行中なんですと告げると、穂坂さんは再び驚きの声を上げた。

『へぇ、修学旅行か、そうかぁ。楽しんでる?』
「はい」
『場所はどこに行ってるの?』
「沖縄です」

 短くそう答えると、スマホの向こうで穂坂さんが黙り込んだ。

『……あー……そっかそっか』

 正直、穂坂さんのことはほとんど覚えていない。

 病院で目が覚めてしばらくしてから、フェリーの中に取り残された私を助けてくれたのは穂坂さんという海上保安庁の潜水士さんなのだと親から知らされた。

 入院中、穂坂さんは病院に一度だけお見舞いに来てくれたことがあった。けれど、そのときの穂坂さんはこちらが心配するくらいに泣いていて、ほとんど話はできなかった。

『あ、そうだ。美味しいものなにか食べた? 沖縄は本土の人の口に合うものが少ないっていうけど、ソーキそばとかは美味しいよ。あとね、海ぶどう! あれはぜひ食べてほしいなぁ。ぷちぷちってして、食感が楽しいからすごくオススメ!』

 電話口の穂坂さんは、事故や海のことには一切触れず、沖縄をアピールし続けている。

 小さく相槌を打ちながら、優しい人だなぁと感心した。
 あの事故以来、初めて連絡したのに。
 きっと、彼のほうもいろいろ気遣いたいだろうに、それは逆に私を苦しめることだと思って、穂坂さんはあえてふつうに接してくれる。

「……あの、今日は穂坂さんにお話があって電話しました」
『おっ、なになに? なんでも言ってごらん』
 一度言葉を止めて、息を吸う。
「……沖縄にいる間、少しの時間でいいから会っていただけませんか」
 思い切って告げる。
『俺に?』
 穂坂さんの声が、少し低くなった。

「やっぱり急だし、迷惑ですか……?」
『いやいや、そんなことはないんだけど……水波ちゃん、もしかして俺に礼でも言わなきゃとか考えてる?』
「……それもあります。助けてもらったお礼もまだちゃんと言えてないし……でも、それだけじゃなくて、穂坂さんに話さなきゃいけないことがあるんです」

 それから、事故のことも聞きたいと思っている。そう告げると、穂坂さんは少しの間考えるように沈黙した。

 どきどきしながら返事を待つ。きっと一分もなかっただろうに、私には、その間が十分にも二十分にも感じられた。

『……分かったよ。そういうことなら会おう。俺も久々に君の顔が見たいしね。水波ちゃんは、いつまでこっちにいる?』
 いい返事が返ってきてホッとしつつ「明後日までいます」と答える。

「特に明日は自由行動なので、時間の融通が利くかもです。場所は……」

 明日の日程を伝えると、
『分かった。それじゃあ、時間見つけたらまた連絡するね』
「急だったのにすみません」

 最後におやすみと言って、穂坂さんとの通話は終了した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

さよなら私のドッペルゲンガー

新田漣
青春
「なんとかなるでしょ、だって夏だし」 京都市内で一人暮らし中の高校生、墨染郁人は『ノリと勢いだけで生きている』と評される馬鹿だ。そんな墨染の前に、白谷凛と名乗る少女の幽霊が現れる。 なんでも凛はドッペルゲンガーに存在を奪われ、死に至ったらしい。不幸な最期を遂げた凛が願うのは、自分と成り代わったドッペルゲンガーの殺害だった。 凛の境遇に感じるものがあった墨染は、復讐劇の協力を申し出る。友人である深谷宗平も巻き込んで、奇想天外かつ法律スレスレの馬鹿騒ぎを巻き起こしながらドッペルゲンガーと接触を重ねていく――――。 幽霊になった少女の、報われない恋心と復讐心。 人間として生きるドッペルゲンガーが抱える、衝撃の真実。  ノリと勢いだけで生きる馬鹿達の、眩い青春の日々。 これは、様々な要素が交錯する夏の京都で起きた、笑いあり涙ありの青春復讐劇。 【第12回ドリーム小説大賞にて、大賞を頂きました。また、エブリスタ・ノベルアップ+でも掲載しております】

ヤマネ姫の幸福論

ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。 一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。 彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。 しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。 主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます! どうぞ、よろしくお願いいたします!

28メートル先のキミへ

佑佳
青春
弓道部の友達の応援をしに大会に来た青磁。 女子個人の最後の一矢を放ったのは、とても美しい引き方をした人。 その一矢で、彼女の優勝が決まったのがわかると、青磁は溜め息のように独り言を漏らした。 「かっ、けぇー……」 はい、自覚なしの一目惚れをしました。 何も持っていない(自己評価)・僕、佐々井青磁は、唯一無二を持ち孤高に輝き続ける永澤さんを知りたくなった。 でも、声をかける勇気すら持っていないって気が付いた。 これでいいのかよ? ん? ハンディキャップと共に生きる先に、青磁は何を手にするか。 クスッと笑えてたまーーにシリアス、そんな、『佑佳』を始めた最初の完結物語を大幅改稿リメイクでお披露目です!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ファンファーレ!

ほしのことば
青春
♡完結まで毎日投稿♡ 高校2年生の初夏、ユキは余命1年だと申告された。思えば、今まで「なんとなく」で生きてきた人生。延命治療も勧められたが、ユキは治療はせず、残りの人生を全力で生きることを決意した。 友情・恋愛・行事・学業…。 今まで適当にこなしてきただけの毎日を全力で過ごすことで、ユキの「生」に関する気持ちは段々と動いていく。 主人公のユキの心情を軸に、ユキが全力で生きることで起きる周りの心情の変化も描く。 誰もが感じたことのある青春時代の悩みや感動が、きっとあなたの心に寄り添う作品。

瞬間、青く燃ゆ

葛城騰成
ライト文芸
 ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。  時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。    どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?  狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。 春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。  やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。 第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作

漫才師は笑わない

右京之介
青春
”カミホトケ”は新人の男性漫才コンビ。 事務所の代表兼マネージャーの類さんが二人を売り出そうと、 あの手この手の作戦を仕掛けるが、ことごとく失敗する。 はたして”カミホトケ”は最高漫才コンクール、サイコンで優勝できるのか?

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

処理中です...