上 下
52 / 85
第4章

10

しおりを挟む

 そして、十二月の初め。念願の修学旅行の出発日がやってきた。

 南高の修学旅行生一行を乗せた飛行機は、無事沖縄の那覇空港なはくうこうに到着。

 空港から出ると、十二月とは思えない初夏のような爽やかな空気が私たちを出迎えた。
「暑っ!」
 朝香が驚いた声を上げる。

「うーん、長袖はちょっと辛いかもね」
 私も頷きながら制服のブレザーを脱ぎ、脇に抱えた。
「さすが沖縄だ。南国って感じ~」
「半袖シャツ持ってきててよかったね」

 手をうちわ代わりにして顔を仰ぎながら、琴音ちゃんが晴れた空を見上げる。

「おーい、お前ら。もうバス来てるから集合しろー。出欠取るぞー」
「はーい」
 初日は平和記念公園へ行って、その後ひめゆり平和記念資料館へ行く。

 当時の資料や実際に経験した人の話を聞き、戦争の無惨さと平和の尊さを学ぶ校外学習だ。

 記念館の人の話を聞きながら、となりで朝香が「悲しいね」と小さく呟いた。資料を見上げたまま、頷く。

 ジオラマや当時の女学生たちの白黒写真、実際に使われていた道具などの展示品を見ていると、彼女たちが実際に生きていたという生々しい実感が湧いて、どうしても気分が沈む。
 きっと、この時代に生きていた人たちは、悲しいなんてたった四文字の言葉では表せないくらいに辛い経験をしたのだろう。戦争を知らない私たちでは、想像できないくらいの絶望を味わったのだろう。

 資料からは、親を亡くした人、恋人を亡くした人、子供を亡くした人、目の前で死んでいく人を助けられない虚しさ、孤独感……当事者たちの悲しみすべてが溢れてくるようで、胸がちりちりと焦げたように痛んだ。

 展示の自由観覧時間。流れに沿ってひとつひとつ展示品を見ていると、同級生たちが楽しげに会話をしながら私たちの横をすり抜けていく。

「てかさ、暗くない? ここ」
「あー雰囲気出すためじゃない?」
「いつまでここにいるんだっけ?」
「せっかく沖縄まで来たんだから、もっと楽しいとこ行きたいよねぇ」
「ね、明後日晴れるって! 海楽しみだね」
「私新しい水着買ったんだ!」
「マジ? いいなぁ」

 ほとんどの生徒たちは、資料なんてほとんど見ていないようだった。

「…………」
 たぶん、彼女たちの反応はふつうだ。
 まだたった十七歳である私たちの多くは、死なんてものは概念的で、目の当たりにしたことのない年齢だ。それに、今戦争の渦中かちゅうにいるわけでもない。
 もしかしたら私だって、あの事故がなかったら、彼女たちと同じような反応をするだけで見向きもしていなかったかもしれない。

 でも、今は……。

 この人たちの悲しみが、ひしひしと伝わってくる。
 いなくなってしまったあの子に会いたいという叫び声が聞こえる。助けを呼ぶ声が聞こえる。

 私もそうだったから、分かる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

その花は、夜にこそ咲き、強く香る。

木立 花音
青春
『なんで、アイツの顔見えるんだよ』  相貌失認(そうぼうしつにん)。  女性の顔だけ上手く認識できないという先天性の病を発症している少年、早坂翔(はやさかしょう)。  夏休みが終わった後の八月。彼の前に現れたのは、なぜか顔が見える女の子、水瀬茉莉(みなせまつり)だった。  他の女の子と違うという特異性から、次第に彼女に惹かれていく翔。  中学に進学したのち、クラスアート実行委員として再び一緒になった二人は、夜に芳香を強めるという匂蕃茉莉(においばんまつり)の花が咲き乱れる丘を題材にして作業にはいる。  ところが、クラスアートの完成も間近となったある日、水瀬が不登校に陥ってしまう。  それは、彼女がずっと隠し続けていた、心の傷が開いた瞬間だった。 ※第12回ドリーム小説大賞奨励賞受賞作品 ※表紙画像は、ミカスケ様のフリーアイコンを使わせて頂きました。 ※「交錯する想い」の挿絵として、テン(西湖鳴)様に頂いたファンアートを、「彼女を好きだ、と自覚したあの夜の記憶」の挿絵として、騰成様に頂いたファンアートを使わせて頂きました。ありがとうございました。

最期の時まで、君のそばにいたいから

雨ノ川からもも
青春
【第6回ほっこりじんわり大賞奨励賞受賞 ありがとうございました!】  愛を知らない ひねくれ者と、死にたがりが一緒に生きたら――  他人に興味のない少女、笹川(ささかわ)あまねは、ひょんなことから、骨折で入院中だというクラスの人気者、志賀 丈(しが じょう) にお見舞いの色紙を渡しに行くことに。  一方、そんなあまねに淡い想いを寄せる丈には、とある秘密と固い決意があって……?    生きることに無関心なふたりの、人生の話。  ※他サイトにも掲載中。

桑原家のツインズ!高校デビュー☆

みのる
青春
桑原家の『ツインズ』が、高校生になりました!誰しにも訪れた、あの青春時代…(懐)

メイプルハウスへようこそ

若葉エコ
青春
中学時代に経験したイジメをずっと引きずる主人公は、二十歳の大学生。 彼は、なるべく人と関わらないように生きてきた。 成人式を控えたある日、彼は中学時代のとある記憶を呼び起こす。 それが今後の彼を変えていくとは、まだ彼自身すら知らない。 果たして、故郷で彼を待ち受けるものとは── 全7話の予定です。

彼氏と親友が思っていた以上に深い仲になっていたようなので縁を切ったら、彼らは別の縁を見つけたようです

珠宮さくら
青春
親の転勤で、引っ越しばかりをしていた佐久間凛。でも、高校の間は転校することはないと約束してくれていたこともあり、凛は友達を作って親友も作り、更には彼氏を作って青春を謳歌していた。 それが、再び転勤することになったと父に言われて現状を見つめるいいきっかけになるとは、凛自身も思ってもいなかった。

クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル

諏訪錦
青春
アルファポリスから書籍版が発売中です。皆様よろしくお願いいたします! 6月中旬予定で、『クラスでバカにされてるオタクなぼくが、気づいたら不良たちから崇拝されててガクブル』のタイトルで文庫化いたします。よろしくお願いいたします! 間久辺比佐志(まくべひさし)。自他共に認めるオタク。ひょんなことから不良たちに目をつけられた主人公は、オタクが高じて身に付いた絵のスキルを用いて、グラフィティライターとして不良界に関わりを持つようになる。 グラフィティとは、街中にスプレーインクなどで描かれた落書きのことを指し、不良文化の一つとしての認識が強いグラフィティに最初は戸惑いながらも、主人公はその魅力にとりつかれていく。 グラフィティを通じてアンダーグラウンドな世界に身を投じることになる主人公は、やがて夜の街の代名詞とまで言われる存在になっていく。主人公の身に、果たしてこの先なにが待ち構えているのだろうか。 書籍化に伴い設定をいくつか変更しております。 一例 チーム『スペクター』       ↓    チーム『マサムネ』 ※イラスト頂きました。夕凪様より。 http://15452.mitemin.net/i192768/

処理中です...