明日はちゃんと、君のいない右側を歩いてく。

朱宮あめ

文字の大きさ
上 下
51 / 85
第4章

9

しおりを挟む
「なにって……だってせっかくの修学旅行だよ? 沖縄だよ? それなのに海にも行かないなんてみんなに申し訳ないし……だから」

 私なんかのために我慢することになるなら、班に入るのはやめようと思う、と言おうとしていたのだ。先生が、友達同士で気を遣ってしまうようなら、先生が一緒に回ってもいいと言ってくれたから。

 と、本心を告げる。すると朝香は、ちょっと待ってよ、と少し声を鋭くさせた。

「これってそんな気にすること?」
「え?」
「だれにだって苦手なものくらいあるでしょ?」

 続けて琴音ちゃんも、
「そうそう。海行かないっていうの、実は私もちょっとホッとしてる」と言う。
「え?」
「私、実は泳げないんだよねぇ」
「えっ!? うそ!? あの運動神経抜群の琴音ちゃんが!?」

 朝香が驚いた顔をして身を乗り出すと、琴音ちゃんは少し恥ずかしそうに舌を出した。

「ははっ! 陸の上では無敵なんだけどね~」と、琴音ちゃんはおどけたように笑った。
「あ、あのね、水波ちゃん。私も実は、水着着るのちょっとやだなって思ってたから、よかったな、なんて思ってて……えへへ。実は今年、ちょっと太っちゃったんだよね」
 歩果ちゃんは頬を染めて、はにかんだ。もしやと思う。
「……みんな、もしかして私に気を遣ってくれてるの?」

 訊ねると、朝香たちは顔を見合わせて黙り込み、どっと笑った。

「違う違う、水波ってば考えすぎ! 私たちはそんなできた友達じゃないよ。私も勉強は苦手だし、琴音は泳ぐのが苦手で歩果は身体の露出が苦手。苦手なものがあるのはぜんぜん変なことじゃないし、むしろふつうだよ」
「ふつう……」
「そ、ふつう。だからそんなに気にしないでよ」
「そうそう。考え過ぎだよ、水波」
「水波ちゃんは、私たちのことを気遣ってくれたんだよね。ありがとう」

 ようやく気付く。
 『被害者』であると特別視していたのは、周りではなくほかでもない自分自身だったのだと。
 優しい声に、心がじんわりとあたたまっていくようだった。

「みんな……ありがとう」
「もう。だから、お礼を言われるようなことじゃないってば」
「うん……うん」

 私は手で目元をごしごしと拭った。

「水波は泣き虫だなぁ。まったく、そんなことで悩むなんて」
「……泣いてないもん」
「水波ちゃんてば可愛い」

 琴音ちゃんにくすくすと笑われて、歩果ちゃんにきゅっと抱き締められて。恥ずかしいのにすごく嬉しい、不思議な気分になる。

 知らなかった。
 私は、いつの間にこんなあたたかい世界にいたのだろう。この間まで、右も左も分からない真っ暗闇の中にいたはずだったのに。
 ずっとひとりぼっちで暗闇の中を彷徨っていたはずだったのに。

 綺瀬くんに出会って、綺瀬くんがはるか遠くにあった光のほうへ導いてくれて。

 今はこうして、たくさんの光に包まれている。
 私は涙を拭って、笑う。

「私、みんなと修学旅行行きたい。思い出作りたい」

 素直な言葉を、心からの言葉を告げる。喉はつるつるとして、なにも引っかからない。

「じゃあ、決まりね。班はこの四人で!」
「うん!!」
「修学旅行、楽しもう!」

 こうして、私たちは高校で一度きりしかない修学旅行への準備を始めた。


 その日の放課後、家に帰ってお母さんとお父さんに修学旅行に参加したいと言うと、ふたりともすごく喜んでくれた。くれぐれも無理だけはするなと言って私を抱き締め、もし苦しくなったらすぐに先生か友達に言いなさいと言った。

 私は素直にその忠告を聞きながら、ふたりにひとつ、頼みごとをしたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

無敵のイエスマン

春海
青春
主人公の赤崎智也は、イエスマンを貫いて人間関係を完璧に築き上げ、他生徒の誰からも敵視されることなく高校生活を送っていた。敵がいない、敵無し、つまり無敵のイエスマンだ。赤崎は小学生の頃に、いじめられていた初恋の女の子をかばったことで、代わりに自分がいじめられ、二度とあんな目に遭いたくないと思い、無敵のイエスマンという人格を作り上げた。しかし、赤崎は自分がかばった女の子と再会し、彼女は赤崎の人格を変えようとする。そして、赤崎と彼女の勝負が始まる。赤崎が無敵のイエスマンを続けられるか、彼女が無敵のイエスマンである赤崎を変えられるか。これは、無敵のイエスマンの悲哀と恋と救いの物語。

ほつれ家族

陸沢宝史
青春
高校二年生の椎橋松貴はアルバイトをしていたその理由は姉の借金返済を手伝うためだった。ある日、松貴は同じ高校に通っている先輩の永松栗之と知り合い仲を深めていく。だが二人は家族関係で問題を抱えており、やがて問題は複雑化していく中自分の家族と向き合っていく。

燦歌を乗せて

河島アドミ
青春
「燦歌彩月第六作――」その先の言葉は夜に消える。 久慈家の名家である天才画家・久慈色助は大学にも通わず怠惰な毎日をダラダラと過ごす。ある日、久慈家を勘当されホームレス生活がスタートすると、心を奪われる被写体・田中ゆかりに出会う。 第六作を描く。そう心に誓った色助は、己の未熟とホームレス生活を満喫しながら作品へ向き合っていく。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

隣の優等生は、デブ活に命を捧げたいっ

椎名 富比路
青春
女子高生の尾村いすゞは、実家が大衆食堂をやっている。 クラスの隣の席の優等生細江《ほそえ》 桃亜《ももあ》が、「デブ活がしたい」と言ってきた。 桃亜は学生の身でありながら、アプリ制作会社で就職前提のバイトをしている。 だが、連日の学業と激務によって、常に腹を減らしていた。 料理の腕を磨くため、いすゞは桃亜に協力をする。

恋とは落ちるもの。

藍沢咲良
青春
恋なんて、他人事だった。 毎日平和に過ごして、部活に打ち込められればそれで良かった。 なのに。 恋なんて、どうしたらいいのかわからない。 ⭐︎素敵な表紙をポリン先生が描いてくださいました。ポリン先生の作品はこちら↓ https://manga.line.me/indies/product/detail?id=8911 https://www.comico.jp/challenge/comic/33031 この作品は小説家になろう、エブリスタでも連載しています。 ※エブリスタにてスター特典で優輝side「電車の君」、春樹side「春樹も恋に落ちる」を公開しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...