上 下
44 / 85
第4章

2

しおりを挟む
 昼休みになり、早々に昼食を済ませると職員室へ向かう。職員室の扉をノックして中に入ると、四方から先生たちの視線を感じて肩を竦めた。

「あぁ、榛名。こっちだ」

 私に気付いた先生が手を上げる。
 私を見る先生の表情はどこか固い。その視線は、最近忘れかけていた『事故の被害者である』という意識をぶり返させた。

「最近、学校はどうだ?」

 気を遣うような視線に少し居心地が悪くなるけれど、私は気にしていない素振りで「楽しいです」と当たり障りなく返す。そんな私に、先生はにこりと笑った。

「そうか。それはよかった。最近はよく志田たちと一緒にいて笑顔を見るようになったから、先生も安心してたんだ」
「はい。朝香……えっと志田さんには、いつも仲良くしてもらってます。文化祭も、最初は出る気なかったんですけど、志田さんが誘ってくれて」

 おかげで私は、かけがえのない思い出を得られた。

「……そうか」

 先生は穏やかに微笑んだものの、そのあとすっと表情を曇らせた。穏やかじゃないその顔に、どきんと胸が鳴る。

 なんだろう。
 そわそわと両手を擦り合わせて次の言葉を待っていると、先生が、
「実は十二月にある修学旅行の話なんだけどな」
 と、話を切り出した。

 ぴき、と全身の筋肉が凍りつく感覚があった。先生はどこか言いづらそうに私から目を逸らし、続ける。

「榛名も知っていると思うんだけど、昨年までうちの学校は沖縄に行っていたんだ。だけど、その……榛名の事故のこともあって、今年は職員会議で沖縄以外の場所も候補に上がっていたんだ。ただ、保護者会で候補地を変えるという話をしたとき、思ってた以上に反対の意見が多くてなぁ」

 先生はかりかりと頭を掻きながら、やるせなさげに私を見ていた。私は黙ったまま、先生の胸元辺りをぼんやりと眺めてその話を聞いた。

「……それで、理事長の最終判断で今年も通年通り旅行先が沖縄に決まったんだ」

 沖縄。
 ……沖縄、かぁ。

 その地名を、じぶんではないだれかの口からは久しぶりに聞いた気がする。

「せっかくの修学旅行だからさ、先生もなんとかひとりも欠けることなく全員で行ければと思ってたんだけどな……でも、無理強いはしたくないからさ。榛名が辛いようであれば、当日は休んでもらってもかまわない。その場合、学校側としては欠席扱いにはしないようにするという判断になった。もちろん、一緒に行けるならそれが一番ではあるんだが……くれぐれも無理はしないでほしい。榛名の親御さんには電話でもう伝えてあるから、榛名自身もよく考えてみてくれるか」

「…………」

 先生の声が少しづつ遠くなっていく。それに合わせて、頭ががんがんしてきた。ひどい目眩を覚えて、思わずぎゅっと目を瞑る。

「……榛名? 大丈夫か」

 ハッとして、顔を上げる。頭はまだ痛むけれど、とりあえず「分かりました」と頭を下げて、私は足早に職員室を出た。

 そのまま私は教室には戻らず、自販機がある購買部に行った。その場で佇んだままパックのトマトジュースを飲む。ストローを苦々しく噛みながら、晴れやかな空を見上げる。

「沖縄か……」

 呟いてみると、それはどこかよそよそしい響きを持って空気に解けて消えていく。

 事故以来、私は沖縄には足を踏み入れていない。

 もし、あの場所に行ったら、どうなるのだろう。ふつうでいられるのか、それとも発狂するのか、じぶんでもぜんぜん分からない。

 ただ、行くと言えばお母さんとお父さんには反対されるのだろうな、ということだけは分かった。

 事故後の飛行機は、特に恐怖はなかった。だからきっと、ただ行くだけなら大丈夫。でも……。

 海は、どうだろう……。

 膝を抱えてうずくまる。
 あの事故のあと、私はまだ一度も海を見ていない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

傷つけて、傷つけられて……そうして僕らは、大人になっていく。 ――「本命彼女はモテすぎ注意!」サイドストーリー 佐々木史帆――

玉水ひひな
青春
「本命彼女はモテすぎ注意! ~高嶺に咲いてる僕のキミ~」のサイドストーリー短編です!  ヒロインは同作登場の佐々木史帆(ささきしほ)です。  本編試し読みで彼女の登場シーンは全部出ているので、よろしければ同作試し読みを読んでからお読みください。 《あらすじ》  憧れの「高校生」になった【佐々木史帆】は、彼氏が欲しくて堪まらない。  同じクラスで一番好みのタイプだった【桐生翔真(きりゅうしょうま)】という男子にほのかな憧れを抱き、何とかアプローチを頑張るのだが、彼にはいつしか、「高嶺の花」な本命の彼女ができてしまったようで――!   ---  二万字弱の短編です。お時間のある時に読んでもらえたら嬉しいです!

水やり当番 ~幼馴染嫌いの植物男子~

高見南純平
青春
植物の匂いを嗅ぐのが趣味の夕人は、幼馴染の日向とクラスのマドンナ夜風とよく一緒にいた。 夕人は誰とも交際する気はなかったが、三人を見ている他の生徒はそうは思っていない。 高校生の三角関係。 その結末は、甘酸っぱいとは限らない。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【たいむりーぷ?】『私。未来であなたの奥様やらせてもらってます!』~隣の席の美少女はオレの奥様らしい。きっと新手の詐欺だと思う……たぶん。~

夕姫
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞作品(。・_・。)ノ 応援と感想ありがとうございました(>_<) 主人公の神坂優斗は普通のどこにでもいるような平凡な奴で友達もほとんどいない、通称ぼっち。 でも高校からは変わる!そう決めていた。そして1つ大きな目標として高校では絶対に『彼女を作る』と決めていた。 入学式の帰り道、隣の席の美少女こと高宮聖菜に話しかけられ、ついに春が来たかと思えば、優斗は驚愕の言葉を言われる。 「実は私ね……『タイムリープ』してるの。将来は君の奥様やらしてもらってます!」 「……美人局?オレ金ないけど?」 そんな聖菜は優斗に色々話すが話がぶっ飛んでいて理解できない。 なんだこれ……新手の詐欺?ただのヤバい電波女か?それとも本当に……? この物語は、どこにでもいる平凡な主人公優斗と自称『タイムリープ』をしているヒロインの聖菜が不思議な関係を築いていく、時には真面目に、時に切なく、そして甘酸っぱく、たまにエッチなドタバタ青春ストーリーです。

さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】 小春は人の寿命が分かる能力を持っている。 ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。 自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。 そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。 残された半年を穏やかに生きたいと思う小春…… 他サイトでも公開中

処理中です...