41 / 85
第3章
16
しおりを挟む「えっ……えっ? どうして? なんで綺瀬くんが私の学校にいるの!?」
驚く私に、綺瀬くんはしたり顔で言う。
「なにって、水波の文化祭を見に来たんだよ。学校での様子も見てみたかったし。あちこち探し回ってようやく見つけたと思ったら、クラスメイトの喧嘩の仲裁なんてしてるんだもん、びっくりしちゃった。かっこよかったよ、水波ちゃん」
「……もしかして、ずっと見てたの!?」
じわじわと恥ずかしさが込み上げる。
信じられない。見ていたなら声をかけてくれたって良かったのに。
「盗み見とか信じられない……」
「ごめんって。そんなに怒るなよ」
うなだれる私を見て、綺瀬くんはくすくすと笑っていた。
今日の綺瀬くんの格好は、黒のVネックティーシャツに、黒のパンツ。黒ずくめだ。
少し暑そうな気もするけれど、背の高い綺瀬くんに黒はよく似合う。
「でもすごいじゃん、水波。あの子たちは水波のおかげで大切な親友を失わずにすんだんだよ」
「……そう、かな?」
私は風になびく髪を整えながら、そわそわと落ち着かない心地になる。ちらりと綺瀬くんを見ると、にこにことして私を見ていた。
「そうだよ。えらいえらい」
不意に頭を撫でられ、どきりとする。
「……私はただ、綺瀬くんが教えてくれたことをあの子たちに言っただけ。素直になるって恥ずかしいし難しいけど、思いは口にしないと伝わらないって分かったから」
逆に、ちゃんと話せば分かってもらえるんだということも。
「それに……歩果ちゃんいい子だったし、私みたいに後悔してほしくなかったから」
綺瀬くんは「そっか」と微笑むと、なにやらバッグを漁り、不意になにかをずいっと差し出してきた。
「頑張った水波にはご褒美にこれをあげよう」
「……なにこれ」
「さっき買ったパウンドケーキ」
「一本まるごと!?」
「うん。だってそうやってしか売ってなかったんだもん」
「だもん、って……」
綺瀬くんが差し出してきたのは、マーブル模様のパウンドケーキだった。色味からして、チョコとプレーンだろうか。たぶん、調理科の屋台で売っているやつだ。
「がぶっとどうぞ」
「う……じゃあ、ひとくち」
綺瀬くんに促され、私は言われるままパウンドケーキにかじりついた。噛んだ瞬間、ふわりとバナナの甘い芳香が鼻に抜ける。
「……おいひい」
「でしょ?」
綺瀬くんは自分もパウンドケーキにかじりつく。綺瀬くんが食べたのは、私がかじったところだった。
「えっ」
思わず声が出てしまい、慌てて口を押さえる。
「ん?」
綺瀬くんはきょとんとした顔を私に向けた。
「……な、なんでもない」
私は見てはいけないものを見てしまったような気がして、サッと顔を逸らす。
顔が熱い。
綺瀬くんは、呑気に空を見上げながらパウンドケーキを食べている。ぜんぜん、私のことなんて意識してないって顔をして。
べつに、こんなのどうってことない。間接キスだなんて、今どき付き合ってなくてもふつうにするんだし。
……でも。でもなぁ。
少しだけ悔しい、なんて思ってしまう。だってなんだか、私ばっかり意識してるみたいで。綺瀬くんだって、私のこと好きって言ったくせに。
……綺瀬くんは、このあとどうするのだろう。帰るのだろうか。もし、時間があるならもう少し一緒にいたいなぁ。
私は意を決して、綺瀬くんへ身体を向けた。
「あの……綺瀬くん」
「ん? どうした?」
綺瀬くんが首を傾げる。
「あのさ、綺瀬くん……このあと時間あるなら、良かったら一緒に……」
思い切って誘おうとしたときだった。
「水波ーっ!」
静かな中庭に朝香の声が響き、私は飛び上がって驚いた。振り向くと、渡り廊下から手を振る朝香の姿。
その顔を見た瞬間、ハッとする。
そういえば、今日は朝香と文化祭を回る約束をしていたのだった。すっかり忘れて綺瀬くんを誘うところだった。
「もうっ! どこにもいないから探したんだよっ!」
「ごめん、あの……今ちょっと知り合いと話してて……」
言いながら、綺瀬くんを振り返る。……が。
「えっ? あれ?」
ベンチには、綺瀬くんの姿はなかった。
慌てて、周囲を見る。けれど、いない。どこにもいない。
「……綺瀬くん?」
トイレにでも行ったのだろうか……。
12
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
クルーエル・ワールドの軌跡
木風 麦
青春
とある女子生徒と出会ったことによって、偶然か必然か、開かなかった記憶の扉が、身近な人物たちによって開けられていく。
人間の情が絡み合う、複雑で悲しい因縁を紐解いていく。記憶を閉じ込めた者と、記憶を糧に生きた者が織り成す物語。
ヤマネ姫の幸福論
ふくろう
青春
秋の長野行き中央本線、特急あずさの座席に座る一組の男女。
一見、恋人同士に見えるが、これが最初で最後の二人の旅行になるかもしれない。
彼らは霧ヶ峰高原に、「森の妖精」と呼ばれる小動物の棲み家を訪ね、夢のように楽しい二日間を過ごす。
しかし、運命の時は、刻一刻と迫っていた。
主人公達の恋の行方、霧ヶ峰の生き物のお話に添えて、世界中で愛されてきた好編「幸福論」を交え、お読みいただける方に、少しでも清々しく、優しい気持ちになっていただけますよう、精一杯、書いてます!
どうぞ、よろしくお願いいたします!
28メートル先のキミへ
佑佳
青春
弓道部の友達の応援をしに大会に来た青磁。
女子個人の最後の一矢を放ったのは、とても美しい引き方をした人。
その一矢で、彼女の優勝が決まったのがわかると、青磁は溜め息のように独り言を漏らした。
「かっ、けぇー……」
はい、自覚なしの一目惚れをしました。
何も持っていない(自己評価)・僕、佐々井青磁は、唯一無二を持ち孤高に輝き続ける永澤さんを知りたくなった。
でも、声をかける勇気すら持っていないって気が付いた。
これでいいのかよ? ん?
ハンディキャップと共に生きる先に、青磁は何を手にするか。
クスッと笑えてたまーーにシリアス、そんな、『佑佳』を始めた最初の完結物語を大幅改稿リメイクでお披露目です!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
されど服飾師の夢を見る
雪華
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞ありがとうございました!
――怖いと思ってしまった。自分がどの程度で、才能があるのかないのか、実力が試されることも、他人から評価されることも――
高校二年生の啓介には密かな夢があった。
「服飾デザイナーになりたい」
しかしそれはあまりにも高望みで無謀なことのように思え、挑戦する前から諦めていた。
それでも思いが断ち切れず、「少し見るだけ」のつもりで訪れた国内最高峰の服飾大学オープンカレッジ。
ひょんなことから、学園コンテストでショーモデルを務めることになった。
そこで目にしたのは、臆病で慎重で大胆で負けず嫌いな生徒たちが、己の才能を駆使してステージ上で競い合う姿。
それでもここは、まだ井戸の中だと先輩は言う――――
正解も不正解の判断も自分だけが頼りの世界。
才能のある者達が更に努力を積み重ねてしのぎを削る大きな海へ、船を出す事は出来るのだろうか。
彗星と遭う
皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】
中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。
その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。
その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。
突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。
もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。
二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。
部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。
怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。
天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。
各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。
衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。
圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。
彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。
この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。
☆
第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》
第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》
第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》
登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる