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第3章

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 私たちが今食べているこの子は、この日のために農業科が愛情たっぷりに育てた『ヨシヒコ』くんだという。一から育てた子牛をこうしてお肉にしてお客さんに提供までする農業科は、あらためてすごい科だと思う。

 ……気分的には、ちょっと食べづらいけど。

「美味しいね!」
「うん」

 屋台の端に寄ってふたりで牛串を食べていると、体育館前でたむろする女子の集団が目に入った。見覚えのある集団だった。

 あれは、たしか……。

 その集団は、バスケ部の子たちだった。中には琴音ちゃんの姿もある。

 すらりとした体躯に、さっぱりとしたショートカット。綺麗な二重の猫目で、長いまつ毛が瞬きのたびに揺れているのがここからでもよく分かる。

 ぱたりと目が合った。すぐに視線がわずかに逸れる。となりにいる歩果ちゃんに気付いたらしく、琴音ちゃんは驚いた顔のまま固まった。

 ちらりと歩果ちゃんを見ると、彼女もまた琴音ちゃんを見つめて、ぼんやりとしていた。琴音ちゃんはグループの子になにかを耳打ちすると、こちらへ駆け寄ってきた。

 話す気があるらしいと分かり、ホッとする。早々に仲直りできそうだ。

 しかし、
「……行こ、水波ちゃん」
「え?」

 歩果ちゃんのほうは琴音ちゃんが駆け寄ってきていることに気付いていないのか、歩き出してしまった。

「あ……歩果ちゃん! 琴音ちゃん、こっちにきてるみたいだけど、話したいことがあるんじゃないかな」

 校舎の中に入っていこうとする歩果ちゃんに、私は慌てて声をかける。

「いいから、行こっ」
「えっ、でも……」
 それでも歩果ちゃんは私の声を無視して、ずんずんと歩いていく。聞こえていないわけではないだろうに。

 仕方なく歩果ちゃんを追いかけ、校舎に入る。

 歩果ちゃんは、その後もずっとムスッとした顔をして歩いていた。口数も少ない。

 ……これはどうしたものか。

 少し喧騒が落ち着いた渡り廊下に出たところで、私は歩果ちゃんに「ねぇ」と声をかけた。

「……あのさ、歩果ちゃん。聞いてもいいかな」
「……なぁに?」
 くるりと振り向いた歩果ちゃんは、不機嫌な感じはしない。
「琴音ちゃんとどうして喧嘩しちゃったの?」

 私の問いに、歩果ちゃんは少しだけ目を泳がせた。
「言いたくなかったら言わなくてもいいんだけど、ふたりってすごく仲良しだったから、ちょっと気になって」
「……こっち、きて」
 そう言うと、歩果ちゃんは廊下の端に寄り、プラカードを手すりに立てかけた。私も歩果ちゃんのとなりに並ぶ。
 歩果ちゃんは手すりに寄りかかり、行き交う学生や父兄を見つめながら、小さな声で話し始めた。

「……今日の文化祭ね、ずっと前から琴ちゃんと一緒に回ろうねって約束してたの。でも、先週になっていきなり琴ちゃんが、別のクラスのバスケ部の子も誘っていいかなって言ってきたんだよ。私が人見知りなの、琴ちゃん知ってるのに」
「……それで、喧嘩しちゃったの?」

 歩果ちゃんはこくりと頷く。

「私、琴ちゃんとふたりで回れるってすごく楽しみにしてたんだ。昨年はべつのクラスで、スケジュールが合わなくてあんまり一緒にいられなかったから。それなのに……琴ちゃんはぜんぜんそんな気なかったみたいで……そう思ったら、なんかすごく寂しくて」

 小さな声で言いながら、歩果ちゃんは不貞腐れたように頬をふくらませた。
 元々白くてふくふくしている頬が、さらにぷくっとした。
 歩果ちゃんは続ける。

「……だから、やだって言ったの。ふたりで回る約束でしょって。……そしたら、琴ちゃん怒っちゃって…… じゃあ歩果とは回らないって。それから、話してくれなくなっちゃったんだ」

 歩果ちゃんはぎゅっと唇を引き結んで、涙をこらえている。
「……そっか」
 親友と喧嘩してしまったことを後悔し、瞳をうるませる歩果ちゃんの様子に、私は懐かしさに似た感情を覚えた。

 私も、来未といた頃はよく喧嘩をしていた。
 いつもはっきり物事を言う来未と違って、私はうじうじ悩むタイプだったから。来未の自己主張に対して、それに言い返すこともできない私は余計に来未を怒らせていた。

 でも、喧嘩をすると、いつもあの子が間に入ってくれたから、なんとか仲直りできていたのだ。
 ……あれ?
 かつての思い出を回想するうち、かすかな違和感を覚える。
 あの子って、だれだっけ……?
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