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第3章

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「もしかして、文化祭……出たくない? それなら無理には……」
「違う。そうじゃないよ」

 本当に違う。けれど、ほかになんと言ったらいいのか、言葉が見つからない。

「じゃあ、なに?」
「それは……」
 なんと言えばいいのだろう。なんと言えば、伝わるだろう。
 ……伝わるわけない。朝香は、私とは違うんだから。

「ごめん。これは……私の問題だから」
 小さく息を吐くように言うと、朝香が私を見た。朝香は、なにか言いたげに口を開くけれど、結局なにも言わずに閉じた。

「……そっか。ごめん」

 俯いた朝香の表情は、影になっていてよく見えない。

 やっぱり、こうなるんだ。私がだれかといると、こういう空気になってしまう。

「私こそ……気を悪くしたよね。ごめん」

 俯いたまま謝ると、朝香が突然「よしよし」と私の頭を撫で始めた。

 顔を上げると、朝香は微笑みながら私の頭を撫でていた。
「朝香?」
 どうして笑っているの? 私は、あなたを傷つけたのに。
 訳がわからず瞬きをしていると、
「……水波のクセだよ。すぐ下向くの」
 優しくそう言われ、私は顔を真っ赤にした。
「……そ、そんなことは」

 ないよ、と言いながらまた下を向きかけて、慌てて顔を上げる。私と目が合うと、朝香はくすっと笑った。

「……朝香、怒ってないの?」
「なんで怒るのさ。……ねぇ、知ってた? 水波ってさ、目が合うといつも逸らすんじゃなくて俯くの。私ね、思ってたんだ。この子、顔を上げてればすごく可愛いのになって」
「い、いきなりなによ」
「だからさ、水波は悪いことなんてなにもしてないんだから、顔を上げてていいんだよってこと。今のは踏み込み過ぎた私が悪いんだ」
「そっ、そんなことない! 私が悪いんだよ。私、また朝香に気を遣わせて……ごめん」

 すると、朝香は「謝らないでよ。こっちこそ、気を遣わせてごめんって」と笑った。

「あのさ、水波こそ私といてもいつも遠慮してるでしょ。それもクセ? それとも性格? よく分かんないけどさ……話したいことがあるなら聞くよ。でも、無理には聞かない。水波が話したくなったらでいい。私に話して楽になるなら、なにかを我慢しなくてよくなるなら、いつでも聞くから言ってね」

 手をぎゅっと握り込む。
「……う」

 朝香のあたたかくて心がこもった言葉に、力を入れていないと涙がこぼれてしまいそうだった。

「あーもう、唇噛まないの。切れて血が出ちゃうよ」
 朝香は幼い子供をあやすように言う。
「……ごめん……っ」
「ん。いいよ」
 朝香に背中を撫でられ、私はまた後悔していた。

『いつかきっと、相手の全部を好きになれなくても、どこか一部でも好きになれるところがあって、喧嘩してもまた会いたいって思える運命の子に出会えるから。それまで、諦めないで』

 綺瀬くんにああ言われたばかりなのに。
 私はまた、向き合うことを避けていた。

 言われるまま唇の力を緩めてみたら、喉まで緩んでしまったみたいだった。

「話、したい」
「え?」
「……話、してもいいかな」

 私は朝香を見上げ、ぽつりと訊ねる。

「もちろん。……あ、場所変えよっか。体育館行く?」
 朝香はちらりと周りを見て言った。
「……うん。助かる」
 私たちは食べかけのお弁当を持って教室を出た。


 昼休みの体育館はがらんとしていて、私たちはふたりで舞台に足を投げ出して並んで座った。
 食べかけのお弁当を食べながら、私はなかなか言い出せなくて、口を開いては閉じて、喉からせり上がってくるものをご飯で無理やり流し込んでを繰り返した。

 朝香はそんな私を急かすようなことはせず、ひとりごとともとれる何気ない話をしながら、パンをかじっていた。

 お弁当を食べ終えると、朝香は転がっていたバスケットボールを手に取り、ボール遊びを始めた。私は舞台に座ったまま、ぼんやりとそれを眺める。

 ダンダン、とバスケットボールが弾む音だけが響く体育館。
 私はようやく、ぽつぽつと事故のことを話し出した。
「……私が二年前のフェリー事故の被害者だってことは知ってると思うんだけど」
 朝香は一瞬驚いた顔をして私を見たあと、小さく「うん」と頷いた。
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