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第3章
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しおりを挟むその日、私は志田さんからもらったウサギのぬいぐるみをカバンに付けて登校した。
教室に入ると、先に登校して席にいた志田さんと、ぱたりと目が合う。
「あっ」
志田さんの目が、私からカバンに付いているぬいぐるみに流れた。
「榛名さん! それ、付けてくれたの!?」
志田さんは目を輝かせて私に駆け寄ってくる。
「……うん。可愛かったから」
ちょっとキモいけど、と心の中で付け足して。
「嬉しい!」
きゃらきゃらと風鈴が鳴ったような声で志田さんは笑う。
風が吹いたかと錯覚するような、涼やかさだ。彼女の声は澄んでいて、優しく空気を震わせる。
「……あの、志田さん」
「うん、なになに?」
くっきりとした大きな瞳が私を映し出している。
「えっと……」
目が合って、慣れない私は頭が真っ白になった。
こんなふうに、まっすぐ見つめられるのはいつぶりだろう。事故のあと、みんな私から目を逸らすようになったのに。
まっすぐに澄んだ瞳。でも、この瞳……。私はこの瞳を、最近どこかで……。
ふと、脳裏に夕焼けと男の子の優しい笑顔が浮かんだ。
そうだ。綺瀬くんだ。綺瀬くんも、まっすぐに私を見つめてきてくれた。
今度こそ、私も……。
「……あの、……水波でいいよ、呼び方」
志田さんは大きな瞳をさらに大きくして、瞬きをした。次の瞬間、ばっと私の手を取ると、私のほうへ身を乗り出して言う。
「水波っ!」
「わっ、な、なに?」
「嬉しい、水波! 私のことも朝香って呼んで!」
「……あ、う、うん」
勢いに押されながら頷いた。
にこにことして私を見る朝香を横目に、私は自分の机にカバンを置いて、椅子に座る。すると朝香は当たり前のように前の席に座って、私のほうを向き、きゃらきゃらと弾けた声で、話しかけてくる。
「私、ずっと水波と話してみたかったんだよね! 水波ってなんか不思議な雰囲気してたからさ!」
「そ、そう?」
「そうだよ! なんていうか、妖精みたいっていうか……。あ、変な意味じゃなくてね。そうだ、今日の放課後、駅前のドーナツ食べていかない? 私、あそこのドーナツまだ食べたことなくてー。それから駅ナカのアイスクリーム屋さんにも行ってみたい! 今度新しく開店するんだって!」
その日から、私の日常には朝香がいる。
しばらく彼女と一緒に過ごして、思った。朝香はおしゃべりだ。けれど、決してだれかの悪口を言うようなことはない。
いつも明るい話――たとえば好きなアイドルの話だとか、今ハマってるアニメやコスメの話だとか、あそこのアイスが美味しいとか、何組のだれがイケメンだとか――をした。
私はほとんど黙って朝香の話を聞いているだけだったけれど、それでも朝香は楽しそうにいろんな話題を振ってくれた。
私は、その笑顔にとても救われた。
ずっと、息をひそめるようにしていた学校生活。
つまらなかった毎日が、朝香の「おはよう」というセリフひとつでまるっと変わった。
寂しくて死にそうだったのに、彼女の声を聴いていると、まるで世界の中心に立ったような気分になる。
「ねぇ、朝香」
「なに? 水波」
名前を呼ぶだけで、心の垢が剥がれていくようだった。
まるで、来未と出会ったあの日のようだと思った。
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