上 下
25 / 85
第2章

12

しおりを挟む
 どくどくと心臓の音が大きくなったように感じた。

「……隠すのは、水波のためじゃないんだよな」
「そうね……辛いかもしれないけど、水波のためにも黙っておくべきじゃないのよね」

 やっぱり、と思う。やっぱり私はなにかあるんだ。
 お母さんはエプロンで手を拭って、お父さんのとなりに座った。なんとなく姿勢を正してお母さんを見る。

「水波はね、身体はなんともないの。これは本当。でもね、ちょっと記憶に障害があるのよ」
「……え?」

 記憶?

「事故のとき、浸水したフェリーの中であなたは意識を失った状態で発見されてね。幸いにもかすかに空気が残った空間に取り残されていたから水はほとんど飲まずに救助された。……ただ、目が覚めたあと当時の記憶を訊ねたら、記憶が曖昧であることが分かったの。それで、要通院と判断されたのよ。心当たりあるかしら?」

 お母さんが優しく言う。私は少し考えて、首を横に振った。

「もちろん、当時のことを思い出してほしいなんて私もお父さんも思ってないわ。でも、もしなにかの拍子で当時の記憶を思い出してしまったとき、あなたがまた苦しむんじゃないかって怖くて……だから、今でも定期的に脳の検査と心療内科に行ってもらってるのよ」
「……そっ……か」

 記憶がない。
 ないものは、いくら考えたところでなにも分からない。私はなにを忘れているのだろう。覚えていない自覚すらないのに、お母さんもお父さんも、どうして私に記憶障害があると分かるのだろう。

 私が覚えているものはなに? あの夢はなに?
 ハッとした。

「それじゃあ、来未が死んじゃったのは……?」

 かすかな願いを込めて、訊ねる。お母さんが目を伏せた。

「……それは本当よ。残念だけど」
「……だよね」

 頷く。

 知ってる。今年、命日に来未のお墓に行ったし、墓石には来未の名前がちゃんと書かれていた。それに、来未のお母さんに投げつけられた言葉もちゃんと覚えている。

「……じゃあ私は、なにを忘れているの?」

 思い切って訊ねると、お母さんもお父さんも優しく微笑んだ。

「病院の先生はね、無理に思い出すのはダメって言ってたわ。心に負担がかかっちゃうから」
「そうだ、水波。それにな、こういうことは思い出そうとして思い出せるものじゃない。水波はいつもどおりにしていればいいんだよ」

 そんなこと言われても、気になるものは気になる。必死に思い出そうとしたら、ずきんと脳が痺れた。額を押さえる。

「水波! お願いだから無理しないで」

 ……私は、失くしたものを取り戻す術すら持たないのか。

「水波。なにか思うことがあったら、すぐに言ってね?」
 お母さんの言葉に、私は小さく頷いた。
「……分かった。教えてくれてありがとう」
「大丈夫か? 今日は学校まで送っていこうか?」

 お父さんの言葉に、私は「大丈夫」と首を横に振る。

「……あとね、水波」
 控えめに口を開いたお母さんを振り返る。
「なに?」
「最近、帰りが遅いようだけど、あなたどこに行ってるの?」

 お母さんは心配そうな顔をして私を見つめてくる。

「えっと……友達……のところだけど」
「友達って?」
「学校の子じゃないんだけど……夏祭りのときに知り合って、それからたまに放課後に会ってる」

 綺瀬くんのことを言いたくないわけではないけれど、男の子と会っていると言ったらいらぬ誤解をされそうだ。

「……そう」

 それ以上なにも言わない私に、お母さんは言った。
「友達と会うこと自体はなにも言わないけれど、最低でも夜の八時には帰ってきなさい。あなたはまだ高校生なんだからね」
 ずっと私に気を遣っていたお母さんが少し強い口調で言った。
「……分かった」
 私は素直に頷き、「八時までには帰るようにする」と返して家を出た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雨上がりに僕らは駆けていく Part2

平木明日香
青春
学校の帰り道に突如現れた謎の女 彼女は、遠い未来から来たと言った。 「甲子園に行くで」 そんなこと言っても、俺たち、初対面だよな? グラウンドに誘われ、彼女はマウンドに立つ。 ひらりとスカートが舞い、パンツが見えた。 しかしそれとは裏腹に、とんでもないボールを投げてきたんだ。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

あのときは泣きたかった。

さとなか達也
青春
さとなか達也が二年半をかけて、構築した、全くもって、すばらしい、野球青春小説。出版社からも、文庫化のお誘いのあった、作品をモデルに、ストーリーを展開。面白さ、真面目さ、悲しさ、恋愛。すべてを注ぎ込んだ、名作をあなたの元へ。Web発信。頑張ろう!(がんばって!!先生。)さとなか達也 ぜったい、読んで。さとなか 達也 あのときは泣きたかった。

学生恋愛♡短編集

五菜みやみ
青春
収録内容 ➀先生、好きです。 ☆柚乃は恋愛も勉強も充実させるために今日も奮闘していた──。 受験が控える冬、卒業する春。 女子生徒と養護教諭の淡い恋が実りを告げる……。 ②蜂蜜と王子さま ☆蜜蜂は至って普通の家に生まれてながらも、低身長にハニーブロンドの髪と云う容姿に犬や人から良く絡まていた。 ある日、大型犬三匹に吠えられ困っていると、一学年年上の先輩が助けてくれる。 けれど、王子の中身は思ったより可笑しくて……? ➂一匹狼くんの誘惑の仕方 ☆全校。学年。クラス。 集団の中に一人くらいはいる浮いた存在の人。 ──私、花城 梨鈴も、低身長で悪目立ちをしている一人。 ④掛川くんは今日もいる。 ☆優等生の天宮百合は、ある秘密を抱えながら学園生活を送っていた。 放課後はお気に入りの図書室で過ごしていると、学年トップのイケメン不良_掛川理人が現れて──。

【アルファポリスで稼ぐ】新社会人が1年間で会社を辞めるために収益UPを目指してみた。

紫蘭
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスでの収益報告、どうやったら収益を上げられるのかの試行錯誤を日々アップします。 アルファポリスのインセンティブの仕組み。 ど素人がどの程度のポイントを貰えるのか。 どの新人賞に応募すればいいのか、各新人賞の詳細と傾向。 実際に新人賞に応募していくまでの過程。 春から新社会人。それなりに希望を持って入社式に向かったはずなのに、そうそうに向いてないことを自覚しました。学生時代から書くことが好きだったこともあり、いつでも仕事を辞められるように、まずはインセンティブのあるアルファポリスで小説とエッセイの投稿を始めて見ました。(そんなに甘いわけが無い)

【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】

紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。 相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。 超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。 失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。 彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。 ※番外編を公開しました(10/21) 生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。 ※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。 ※4月18日、完結しました。ありがとうございました。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

犬猿☆ラブコンフリクト

綾鷹ーアヤタカー
青春
男勝りな性格の女子、辻本 茉弘(つじもと まひろ)は、容姿端麗だけど性格の悪い男子、二海 健治(ふたみ けんじ)と出会う。 顔を合わせる度に口喧嘩が始まるほど犬猿の仲な2人。 だけど、二海の不器用な優しさに触れていくうちに、彼に対する感情が変わっていく辻本。 そんな2人の不器用な青春ラブストーリー。

処理中です...