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第2章
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どくどくと心臓の音が大きくなったように感じた。
「……隠すのは、水波のためじゃないんだよな」
「そうね……辛いかもしれないけど、水波のためにも黙っておくべきじゃないのよね」
やっぱり、と思う。やっぱり私はなにかあるんだ。
お母さんはエプロンで手を拭って、お父さんのとなりに座った。なんとなく姿勢を正してお母さんを見る。
「水波はね、身体はなんともないの。これは本当。でもね、ちょっと記憶に障害があるのよ」
「……え?」
記憶?
「事故のとき、浸水したフェリーの中であなたは意識を失った状態で発見されてね。幸いにもかすかに空気が残った空間に取り残されていたから水はほとんど飲まずに救助された。……ただ、目が覚めたあと当時の記憶を訊ねたら、記憶が曖昧であることが分かったの。それで、要通院と判断されたのよ。心当たりあるかしら?」
お母さんが優しく言う。私は少し考えて、首を横に振った。
「もちろん、当時のことを思い出してほしいなんて私もお父さんも思ってないわ。でも、もしなにかの拍子で当時の記憶を思い出してしまったとき、あなたがまた苦しむんじゃないかって怖くて……だから、今でも定期的に脳の検査と心療内科に行ってもらってるのよ」
「……そっ……か」
記憶がない。
ないものは、いくら考えたところでなにも分からない。私はなにを忘れているのだろう。覚えていない自覚すらないのに、お母さんもお父さんも、どうして私に記憶障害があると分かるのだろう。
私が覚えているものはなに? あの夢はなに?
ハッとした。
「それじゃあ、来未が死んじゃったのは……?」
かすかな願いを込めて、訊ねる。お母さんが目を伏せた。
「……それは本当よ。残念だけど」
「……だよね」
頷く。
知ってる。今年、命日に来未のお墓に行ったし、墓石には来未の名前がちゃんと書かれていた。それに、来未のお母さんに投げつけられた言葉もちゃんと覚えている。
「……じゃあ私は、なにを忘れているの?」
思い切って訊ねると、お母さんもお父さんも優しく微笑んだ。
「病院の先生はね、無理に思い出すのはダメって言ってたわ。心に負担がかかっちゃうから」
「そうだ、水波。それにな、こういうことは思い出そうとして思い出せるものじゃない。水波はいつもどおりにしていればいいんだよ」
そんなこと言われても、気になるものは気になる。必死に思い出そうとしたら、ずきんと脳が痺れた。額を押さえる。
「水波! お願いだから無理しないで」
……私は、失くしたものを取り戻す術すら持たないのか。
「水波。なにか思うことがあったら、すぐに言ってね?」
お母さんの言葉に、私は小さく頷いた。
「……分かった。教えてくれてありがとう」
「大丈夫か? 今日は学校まで送っていこうか?」
お父さんの言葉に、私は「大丈夫」と首を横に振る。
「……あとね、水波」
控えめに口を開いたお母さんを振り返る。
「なに?」
「最近、帰りが遅いようだけど、あなたどこに行ってるの?」
お母さんは心配そうな顔をして私を見つめてくる。
「えっと……友達……のところだけど」
「友達って?」
「学校の子じゃないんだけど……夏祭りのときに知り合って、それからたまに放課後に会ってる」
綺瀬くんのことを言いたくないわけではないけれど、男の子と会っていると言ったらいらぬ誤解をされそうだ。
「……そう」
それ以上なにも言わない私に、お母さんは言った。
「友達と会うこと自体はなにも言わないけれど、最低でも夜の八時には帰ってきなさい。あなたはまだ高校生なんだからね」
ずっと私に気を遣っていたお母さんが少し強い口調で言った。
「……分かった」
私は素直に頷き、「八時までには帰るようにする」と返して家を出た。
「……隠すのは、水波のためじゃないんだよな」
「そうね……辛いかもしれないけど、水波のためにも黙っておくべきじゃないのよね」
やっぱり、と思う。やっぱり私はなにかあるんだ。
お母さんはエプロンで手を拭って、お父さんのとなりに座った。なんとなく姿勢を正してお母さんを見る。
「水波はね、身体はなんともないの。これは本当。でもね、ちょっと記憶に障害があるのよ」
「……え?」
記憶?
「事故のとき、浸水したフェリーの中であなたは意識を失った状態で発見されてね。幸いにもかすかに空気が残った空間に取り残されていたから水はほとんど飲まずに救助された。……ただ、目が覚めたあと当時の記憶を訊ねたら、記憶が曖昧であることが分かったの。それで、要通院と判断されたのよ。心当たりあるかしら?」
お母さんが優しく言う。私は少し考えて、首を横に振った。
「もちろん、当時のことを思い出してほしいなんて私もお父さんも思ってないわ。でも、もしなにかの拍子で当時の記憶を思い出してしまったとき、あなたがまた苦しむんじゃないかって怖くて……だから、今でも定期的に脳の検査と心療内科に行ってもらってるのよ」
「……そっ……か」
記憶がない。
ないものは、いくら考えたところでなにも分からない。私はなにを忘れているのだろう。覚えていない自覚すらないのに、お母さんもお父さんも、どうして私に記憶障害があると分かるのだろう。
私が覚えているものはなに? あの夢はなに?
ハッとした。
「それじゃあ、来未が死んじゃったのは……?」
かすかな願いを込めて、訊ねる。お母さんが目を伏せた。
「……それは本当よ。残念だけど」
「……だよね」
頷く。
知ってる。今年、命日に来未のお墓に行ったし、墓石には来未の名前がちゃんと書かれていた。それに、来未のお母さんに投げつけられた言葉もちゃんと覚えている。
「……じゃあ私は、なにを忘れているの?」
思い切って訊ねると、お母さんもお父さんも優しく微笑んだ。
「病院の先生はね、無理に思い出すのはダメって言ってたわ。心に負担がかかっちゃうから」
「そうだ、水波。それにな、こういうことは思い出そうとして思い出せるものじゃない。水波はいつもどおりにしていればいいんだよ」
そんなこと言われても、気になるものは気になる。必死に思い出そうとしたら、ずきんと脳が痺れた。額を押さえる。
「水波! お願いだから無理しないで」
……私は、失くしたものを取り戻す術すら持たないのか。
「水波。なにか思うことがあったら、すぐに言ってね?」
お母さんの言葉に、私は小さく頷いた。
「……分かった。教えてくれてありがとう」
「大丈夫か? 今日は学校まで送っていこうか?」
お父さんの言葉に、私は「大丈夫」と首を横に振る。
「……あとね、水波」
控えめに口を開いたお母さんを振り返る。
「なに?」
「最近、帰りが遅いようだけど、あなたどこに行ってるの?」
お母さんは心配そうな顔をして私を見つめてくる。
「えっと……友達……のところだけど」
「友達って?」
「学校の子じゃないんだけど……夏祭りのときに知り合って、それからたまに放課後に会ってる」
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「……そう」
それ以上なにも言わない私に、お母さんは言った。
「友達と会うこと自体はなにも言わないけれど、最低でも夜の八時には帰ってきなさい。あなたはまだ高校生なんだからね」
ずっと私に気を遣っていたお母さんが少し強い口調で言った。
「……分かった」
私は素直に頷き、「八時までには帰るようにする」と返して家を出た。
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