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第2章
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しおりを挟むその日、家に着いたのは、夜の九時過ぎだった。
そっと玄関の扉を開けると、物音に気付いたお母さんがリビングから駆けてくる。
「水波!」
「……ただいま」
お母さんは私を見ると、一瞬泣きそうに顔を歪ませて口を開いた。けれどすぐ口を閉じ、なにかを飲み込むように黙り込む。
そして、小さく「おかえり」と言った。
その顔を見て、やっぱりお母さんは私に気を遣っているのだと実感する。
「……今、ご飯用意するからね」
ぱたぱたとスリッパを鳴らしてキッチンのほうへ入っていくお母さんの背中を見つめ、唇を引き結ぶ。
意を決して「お母さん」と口を開いた。
「なに?」とお母さんが振り返る。お母さんはすっかり穏やかな笑みを張り付けていた。それは、事故のあと見るようになった作った笑顔だった。
「……あの……」
首が締められたように言葉が喉で絞られて、声が出なくなる。
黙り込んで俯くと、お母さんが心配そうにそばへ寄ってくる。
「水波? どうしたの? 頭痛い?」
首を振る。
「そうじゃなくて……」
言葉に詰まり、俯いた。その瞬間、綺瀬くんの言葉が脳裏を掠める。
『俺たちはエスパーじゃないから、心の中までは見えないんだよ。たとえ家族でも』
そうだ。心は見えない。だから、ちゃんと言葉にして伝えなくちゃ。
顔を上げて、お母さんを見る。
「あの……あのね、お母さん。私、苦しいの。ずっとずっと、苦しい。事故のあと、お母さんもお父さんも私を本気で怒らなくなって、すごく、私に気を遣っているのが分かって……家にいるのに、ずっと他所の……だれかの家にいるみたいで、苦しいの」
「水波……」
お母さんがハッとしたように私を見る。私は震える声で続ける。
「でも、泣くとお母さんとお父さんが心配するから、病院に連れていかなくちゃって言われるから、ずっと我慢してた。私は病院に連れて行ってほしいわけじゃないから……。……夜も、本当はぜんぜん眠れない。毎日あの事故の悪夢を見て、うなされて目が覚めるの」
本当は、夜、ベッドに入って目を瞑るのがすごく怖い。
目が覚めたら、だれもいなくなっちゃったんじゃないかって思うと、怖くてたまらない。
ようやく寝付けたと思っても、すぐに悪夢でうなされて目が覚める。
それの繰り返し。
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