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第2章
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しおりを挟むでも、疑問はある。
「……綺瀬くんは、どうして私のそばにいてくれるの?」
見ず知らずの私に、なんの関係もない私に、どうしてここまでしてくれるの? ただ優しいだけ? ううん、そんなはずはない。きっと、なにかあるのだ。
たとえばそう……私が、綺瀬くんの大切だった人に似ているとか。
少し早口で訊ねると、綺瀬くんは茜色の空を見上げた。
「なんで、かぁ。うーん…… なんていうか、放っておけないから? 放っておきたくないっていうか、気になるっていうか」
「気になる?」
「簡単に言うと、よく思われたいから?」
綺瀬くんは燃え盛る夕焼けから視線を流し、私を見た。赤い陽が、その横顔を神聖な彫刻のように浮かび上がらせている。
「それって……私のこと、好きってこと?」
「直球だな」と綺瀬くんは苦笑する。
「でもまぁ、そういうこと……かな?」
珍しく私から視線を逸らす綺瀬くんをまじまじと見つめる。さっきより、顔が赤い気がするのは気のせいだろうか。
「……もしかして綺瀬くん、照れてる?」
「ちょっと黙んなさいって」
「わっ」
頭を掴まれ、ぐりんと無理やり回されてしまった。少し雑な触れ方のあと、すぐに優しく頭に手が置かれて、顔が熱くなる。
「だって、そうじゃなきゃふつう手なんて握らないでしょ。ましてや一緒に眠るなんて絶対しないから」
「……でも初対面だったし、しかも私死のうとしてたんだよ?」
そもそも綺瀬くんには好きな人がいるはずだ。ずっと忘れられなくて、心にぽっかりと穴が空いてしまうくらい愛している人が。
いつの間にか、綺瀬くんは私を見つめていた。澄んだ瞳と目が合う。
「……面影が、重なったから」
綺瀬くんの大切な人と、ということだろうか。
「今の俺は、どうやったって彼女に手は届かない。いや、手を伸ばしちゃいけないんだ」
「……じゃあ、私はその人の代わりってこと?」
聞いてから後悔した。そうだよ、と言われたらどうしよう。答えを聞きたくなくて、思わず俯いた。
「違うよ。君は君だ。だれの代わりでもない」
しんとした声で、綺瀬くんが否定した。顔を上げ、綺瀬くんを見る。
「……いつも思うんだ。思い出だけで、生きていければいいのになって」
少しだけ、綺瀬くんの声が潤んでいるような気がした。
「いや、生きていけるって思ってた。ずっと、あの子との思い出があれば、もうなにもいらないと思ってた。でも、いつの間にか、君との思い出をほしがってるじぶんがいる。勝手だよな、心って」
「綺瀬くん……」
「どうしようもなく、君に会いたくなる夜がある。寂しくて、怖くて泣き叫びたい夜でも、君の声を聞くと心が凪ぐ。すごく、ホッとするんだ」
ひどく切ない声に、ぎゅっと胸が締め付けられた。
綺瀬くんが自嘲気味に笑う。
その気持ちは、私にも分かる。
だって、私だって今日までは友達なんていらないと思っていた。
それなのに、ただの一度クラスメイトに話しかけられただけで、来未との学生生活を思い出してしまった。どうしようもなく懐かしくて、またあの頃のような毎日を、と焦がれてしまった。
「……私もそうだよ。私も、綺瀬くんと同じ」
私たちはきっと、死んだ人を思い続けて、それだけで生きていけるほど強くない。弱くて脆くて、不完全な人間だから、どうしたって目先のぬくもりに手を伸ばしてしまう。
綺瀬くんの気持ちは、痛いほどよく分かる。
「……私も、綺瀬くんを来未の代わりだなんて思ってない。でも、そばにいたい」
きっと、そういうことだ。
呟くように言って綺瀬くんを見ると、綺瀬くんは一瞬驚いたように私を見て、あの日私が越えた転落防止用の柵へ視線を流した。
「……あの日、あの柵の向こう側に立つ水波を見たとき、怖くて怖くてたまらなかった。どうにかして繋ぎ止めたいって思ったんだ」
綺瀬くんは顔を上に向けて空を見上げた。
その面差しは、大切な人を思っているときのそれだった。助けられなかったその人を思い出しているのかもしれない。
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