上 下
18 / 85
第2章

5

しおりを挟む

 夏休みが明け、学校が始まった。

 私は、家から徒歩十数分のところにある県立けんりつ南ヶ丘高校みなみがおかこうこう、通称南高なんこうという高校に通っている。
 最近、老朽化がひどくて校舎を建て替えるという話が出ているくらい古い歴史のある学校だ。

 高校での私は、来未と出会う前の私だ。だれとも喋らず、ただ机に向かってノートとにらめっこして、街をふらふらして時間を潰してから帰る。

 学校のだれも、私に話しかけてこない。空気のように扱う。けれど、中学のときのような、変に気を遣われる空気よりは今のほうが幾分マシだった。

 私はもう、友達を作る気はない。どうせ卒業したら疎遠になるのだし、そもそも人と関わるのは面倒だ。

 ……それに、あんな思いをするのはもういやだから。

 バッグから文庫本を取り出し、開いたときだった。

「榛名さん、おはよう!」

 突然挨拶され、顔を上げると女の子が立っていた。長い黒髪の毛先は丁寧に切りそろえられていて、前髪もいわゆるパッツン前髪。
 目鼻立ちがはっきりした女の子だ。

「……おはよう」

 挨拶を返しながらも、内心戸惑う。だれだっけ。クラスメイトなのは分かるが、名前が分からない。彼女は私の前の席に座ると、くるりとこちらを向いて話しかけてきた。

「榛名さん、夏休みはどこか行った?」
「……ううん、特には」
「そっか」
「…………」
「…………」

 しばらくお互い無言だった。女の子は気まずそうに瞬きをしながら視線を泳がせている。

 まったく、用がないなら私なんかに話しかけてこなければいいのに、と思う。

「あっ、そうだ!」

 ふと、思い出したようにカバンを漁り出した。
「あのね、榛名さん。これ、あげる」
 と、女の子は、私に手のひらサイズのウサギのぬいぐるみを差し出した。

「え……?」

 戸惑いがちに女の子を見る。
 すると女の子はちょっと恥ずかしそうに頬を紅潮させながら、落ち着かない様子で私を見ている。私はぬいぐるみに視線を落とした。
 渡されたぬいぐるみは、仮面舞踏会のようなゴージャスな仮面を付けていて、
「可愛い」
 そう。可愛かった。

「微妙にキモいけど」
 呟くと、彼女はパッと表情を明るくした。

「ほんと!? これね、ご当地ぬいぐるみなんだ。お盆に実家に帰ったときにたまたま見つけたんだけど、なんとなく榛名さんに似てて、可愛いなって思って」
「……え、私に似てるの?」

 今私、キモかわいいって言ったんだけど。じっとぬいぐるみを見つめていると、女の子が慌て出す。

「あ、へ、へんな意味じゃないよ!? ただ、可愛いなって。ほら、おそろい」と、女の子は自分のカバンを見せてきた。そこには私にくれたものと同じ仮面をつけたネコバージョンのぬいぐるみキーホルダーがある。
「……ありがとう」

 ぬいぐるみを見つめ、考える。彼女はどうして、私にこれをくれたのだろう。友達でもなんでもないのに。私なんて、あなたの名前も知らないのに。

「夏休み明けちゃってちょっとダルいけど、今月は文化祭だし楽しみだよね! これからまたよろしくね!」
「うん……」

 無邪気な笑顔を向けてくる女の子に、私は目を細める。眩しく感じた。まるで太陽のようだ、と思う。
 ちらりと覗いた教科書から、志田しだ朝香あさかという名前が見えた。

 志田さんというのか。
 ほんの少し、声が来未に似ている気がする。
「……よろしく」
 志田さんがからりと笑う。
 その笑顔が来未の笑顔とダブったのか、私の心は妙に胸がざわついていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―

入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。 遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。 本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。 優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

榛名の園

ひかり企画
青春
荒れた14歳から17歳位までの、女子少年院経験記など、あたしの自伝小説を書いて見ました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

ライトブルー

ジンギスカン
青春
同級生のウザ絡みに頭を抱える椚田司は念願のハッピースクールライフを手に入れるため、遂に陰湿な復讐を決行する。その陰湿さが故、自分が犯人だと気づかれる訳にはいかない。次々と襲い来る「お前が犯人だ」の声を椚田は切り抜けることができるのか。

処理中です...