上 下
13 / 85
第1章

12

しおりを挟む
 こんなに暑いのに……。
 綺瀬くんの手はなぜか、なにかに怯えるように震えている。

「あなたも、寂しいの? あなたも、孤独なの?」
 綺瀬くんは静かに微笑むだけで、なにも言わない。

 不思議だ。今日出会ったばかりの同じ歳くらいの男の子なのに。
 名前以外、お互いに大切な人を亡くしたということ以外、なにも知らないのに。
 家の場所も、通っている学校も。
 なにも知らないのに。
 でも、でも……。
「……ありがとう」
 私はその手を、ぎゅっと強く握り返した。


 ***


 それから数日後の夕方。
 私はまたあの神社の先にある広場にいた。

 石段に沿うようにつけられた提灯を見ながら、神社の鳥居を目指す。
 神社を抜けて、その奥にある石段をさらに登っていくと、街を一望できる広場に出る。その一角にあるベンチに綺瀬くんがいた。
 ホッとして、そっとベンチに向かう。

「やぁ。また来てくれたんだ」

 綺瀬くんは私に気が付くと、読んでいた本を閉じて、ベンチをとんとんと叩いた。

「おいで」

 私は素直にとなりに座る。
「本……読んでたの?」

 緊張しながら話しかける。一度泣き顔を見られているせいか、ちょっと落ち着かない。

「ううん。開いてただけ」
「え、開いてただけ……?」

 綺瀬くんを見ると、綺瀬くんは恥ずかしそうに笑って、頬を掻いた。ほんのり頬が赤くなっている。

「本を読んでるふりしながら、水波を待ってた」
「え、私を?」
 綺瀬くんが苦笑する。
「……寂しくて。でも、昨日も一昨日も来なかったし、もしかしてもう来てくれないのかなぁって思って、ちょっと落ち込んでたところ」

 ぱたん、と本を閉じて、綺瀬くんは私を見た。どきりとして、思わず目を逸らしてしまう。

 なんだろう。目を合わせるのが、恥ずかしい……。

「……ごめん。何度かその、表の神社までは来たんだけど」
「だけど?」
「その、なかなか勇気が出なくて……」
 すると、綺瀬くんがふっと笑う。
「……そっか」

 会いたいけど、会いたくない。

 そう思ってしまったのだ。だって、言われたとおりに甘えてここに来て、もし綺瀬くんがいなかったら。
 私は、今度こそ生きていける気がしない。

「おかげで俺は、毎日寒くてたまらなかったんだけど」
「あ……」

 綺瀬くんは膝の上で手を組んだ。
 あの日のぬくもりを思い出す。夏の陽の下にいるとは思えないほど冷たい手。なにかに怯えるように、震える手……。

 そういえば、綺瀬くんも私と同じだったのだ。綺瀬くんも寂しくて、私のぬくもりを求めていたのだった。
 それなのに、私はまた自分のことばかり……。

「……ねぇ綺瀬くん。手、繋いでもいい?」
 おずおずと声をかける。
「え?」

 綺瀬くんは、驚いたように私を見た。私はハッとして、立ち上がる。

「あっ……い、いや、なんでもない。ごめん、今のは、忘れて」
 いたたまれなくなって逃げ出そうとしたとき、パシッと手を掴まれた。

「待って」
 引き止められ、足を止める。

「……せっかく来たのに、もう帰るのはなしでしょ」
「でも……」
「もう少し、そばにいてよ。お願い」

 縋るような声に、私はもう一度綺瀬くんのとなりに座り直した。すると、綺瀬くんがぎゅっと私の手を握り直す。少しかさついた指先が、くすぐったい。

「……うん。私も、ここにいたい」
 あぁ、そっか。
 寂しいのは私だけじゃないんだ……。

 ひんやりとした手を握り返して、目を閉じる。

「……私ね、綺瀬くんのとなりなら、ちゃんと眠れるの」

 あの恐ろしい悪夢を見ずに、ぐっすりと眠ることができる。なぜかは、分からないけれど。

「……違うよ。俺が手を繋いでいれば、でしょ。俺もそうだから、分かる。俺も、君と手を繋いでいると、ぜんぜん寒くないんだ。やっぱり俺たちは、似たもの同士なんだよ」

 そう言って、綺瀬くんはにっこりと笑った。

「……うん、そうかも」

 身を寄せ合って、手を握り合って、目を閉じる。
 静かに、波が引くように、私はゆっくりまどろみへと落ちていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

水やり当番 ~幼馴染嫌いの植物男子~

高見南純平
青春
植物の匂いを嗅ぐのが趣味の夕人は、幼馴染の日向とクラスのマドンナ夜風とよく一緒にいた。 夕人は誰とも交際する気はなかったが、三人を見ている他の生徒はそうは思っていない。 高校生の三角関係。 その結末は、甘酸っぱいとは限らない。

僕《わたし》は誰でしょう

紫音
青春
※第7回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。 【あらすじ】  交通事故の後遺症で記憶喪失になってしまった女子高生・比良坂すずは、自分が女であることに違和感を抱く。 「自分はもともと男ではなかったか?」  事故後から男性寄りの思考になり、周囲とのギャップに悩む彼女は、次第に身に覚えのないはずの記憶を思い出し始める。まるで別人のものとしか思えないその記憶は、一体どこから来たのだろうか。  見知らぬ思い出をめぐる青春SF。 ※表紙イラスト=ミカスケ様

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

姉らぶるっ!!

藍染惣右介兵衛
青春
 俺には二人の容姿端麗な姉がいる。 自慢そうに聞こえただろうか?  それは少しばかり誤解だ。 この二人の姉、どちらも重大な欠陥があるのだ…… 次女の青山花穂は高校二年で生徒会長。 外見上はすべて完璧に見える花穂姉ちゃん…… 「花穂姉ちゃん! 下着でウロウロするのやめろよなっ!」 「んじゃ、裸ならいいってことねっ!」 ▼物語概要 【恋愛感情欠落、解離性健忘というトラウマを抱えながら、姉やヒロインに囲まれて成長していく話です】 47万字以上の大長編になります。(2020年11月現在) 【※不健全ラブコメの注意事項】  この作品は通常のラブコメより下品下劣この上なく、ドン引き、ドシモ、変態、マニアック、陰謀と陰毛渦巻くご都合主義のオンパレードです。  それをウリにして、ギャグなどをミックスした作品です。一話(1部分)1800~3000字と短く、四コマ漫画感覚で手軽に読めます。  全編47万字前後となります。読みごたえも初期より増し、ガッツリ読みたい方にもお勧めです。  また、執筆・原作・草案者が男性と女性両方なので、主人公が男にもかかわらず、男性目線からややずれている部分があります。 【元々、小説家になろうで連載していたものを大幅改訂して連載します】 【なろう版から一部、ストーリー展開と主要キャラの名前が変更になりました】 【2017年4月、本幕が完結しました】 序幕・本幕であらかたの謎が解け、メインヒロインが確定します。 【2018年1月、真幕を開始しました】 ここから読み始めると盛大なネタバレになります(汗)

学校で人気な二子玉家の双子はいつでも仲がよろしい(?)ようです

暁Fiar
青春
うちのお隣さんはいつでも賑やかだ。 なぜなら俺の幼馴染である二子玉兄妹がいるから。 彼(女)らは朝から晩まで何かしらについて争っている。 しかし時々、妙なところで意気投合していたり… 昔から2人と一緒にいることの多い俺は、大体それに巻き込まれることばかりで… 今日も彼(女)らの兄妹喧嘩が始まる

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【たいむりーぷ?】『私。未来であなたの奥様やらせてもらってます!』~隣の席の美少女はオレの奥様らしい。きっと新手の詐欺だと思う……たぶん。~

夕姫
青春
第6回ライト文芸大賞 奨励賞作品(。・_・。)ノ 応援と感想ありがとうございました(>_<) 主人公の神坂優斗は普通のどこにでもいるような平凡な奴で友達もほとんどいない、通称ぼっち。 でも高校からは変わる!そう決めていた。そして1つ大きな目標として高校では絶対に『彼女を作る』と決めていた。 入学式の帰り道、隣の席の美少女こと高宮聖菜に話しかけられ、ついに春が来たかと思えば、優斗は驚愕の言葉を言われる。 「実は私ね……『タイムリープ』してるの。将来は君の奥様やらしてもらってます!」 「……美人局?オレ金ないけど?」 そんな聖菜は優斗に色々話すが話がぶっ飛んでいて理解できない。 なんだこれ……新手の詐欺?ただのヤバい電波女か?それとも本当に……? この物語は、どこにでもいる平凡な主人公優斗と自称『タイムリープ』をしているヒロインの聖菜が不思議な関係を築いていく、時には真面目に、時に切なく、そして甘酸っぱく、たまにエッチなドタバタ青春ストーリーです。

さよならまでの六ヶ月

おてんば松尾
恋愛
余命半年の妻は、不倫をしている夫と最後まで添い遂げるつもりだった……【小春】 小春は人の寿命が分かる能力を持っている。 ある日突然自分に残された寿命があと半年だということを知る。 自分の家が社家で、神主として跡を継がなければならない小春。 そんな小春のことを好きになってくれた夫は浮気をしている。 残された半年を穏やかに生きたいと思う小春…… 他サイトでも公開中

処理中です...