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第1章

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 その笑顔に、思わず言葉を失って見惚れる。
 返す言葉も忘れて呆然としていると、綺瀬くんはかき氷のカップを傾け、溶けたそれを喉に流し込んだ。

「ひゃ~っこいっ!! 頭がぁっ!」
 かき氷を食べたとき特有の頭痛に叫ぶ綺瀬くんを、呆れて見つめる。
「一気に飲むからだよ」
「んーっ、でもうまい!」

 痛みが落ち着いたのか、綺瀬くんはからりと笑った。

「……まったく、子供みたい」
「ははっ。ねぇ、俺の舌どうなってる? 赤くなったでしょ?」
 と、綺瀬くんは私に顔を近付け、舌を出した。
「ちょ、なに。いきなり近っ……」
 咄嗟に身を後方へ避けると、バランスを崩した。
「わっ……!」

 バランスを崩し、ベンチから落ちそうになる私を、綺瀬くんが掴み、抱き寄せる。

「……大丈夫?」
 すぐ耳元で声がして、うわ、と思う。
 私は、綺瀬くんに抱き締められていた。
「……だ、大丈夫。ありがと」
 身体を離しながら、熱くなった頬を押さえた。
 そんな私を見て、綺瀬くんはにっこりと微笑んでいる。

 ……不思議な人だ。
 初対面なのに、私が死ぬのを力づくで止めて。
 無理やり私の心に土足で踏み込んできて。励ましてくれて、食べ物まで与えてきて。
 ……でも、嫌じゃない。というか、初対面なのにこんなにも安心感があるのはなんでだろう……。

 涼し気な藍色の浴衣と、赤いきつねのお面。いまどきの高校生らしくない、落ち着いた言動。話せば話すほど、不思議な人だと思う。
 綺瀬くんは、しばらく日が暮れて落ち着いた色の街並みを眺めていた。

「……さっき、君に触れて、君が生きていることが実感できて、よかった」
 綺瀬くんはそう、しみじみとした口調で言った。見ると、綺瀬くんは静かに涙を流していた。

「綺瀬くん……?」
 驚き、私は息を詰める。

 どうしてあなたが泣くの。どうしてそんなに、私のことを心配してくれるの。あなたは、なんなの。

 綺瀬くんの涙は、私の心まで揺り動かした。

「……あのね、水波。心が死んでいくのは、目では見えないんだよ」
「え……?」
「だから、手遅れになる前にだれかに助けを求めなきゃダメなんだ」

 助けを、求める。
 まっすぐな視線から、目を逸らす。

「自殺というのは、心が死んだ人がする行為だから」

 低い声にどきりとしてもう一度綺瀬くんを見ると、彼は少し責めるような眼差しで私を見ていた。

 私は綺瀬くんから視線を外し、手元を見る。

「……自殺はいけないって言う綺瀬くんの気持ちは分かるよ。でも、私には、そんなことを考えてる余裕なんてなかった。とにかくこの状況から逃げたかったの。私だけまだ生きているのが辛かったから」

 綺瀬くんが、寂しげな眼差しを私に向ける。

「でも、もし俺が来未ちゃんだったら、水波だけでも助かってよかったって思ってると……」
「やめてよ」
 静かに綺瀬くんの言葉を遮る。
「そういうの、いらないから」

 綺瀬くんが息を詰めるのが分かった。見ず知らずの私にこんなによくして、話まで聞いてくれている人に、私はなんてひどい言葉を投げているのだろう。

 頭では分かっているのに、でも、止められない。

「なにを根拠にそんなこと言えるの? 死んだ人の気持ちなんてだれにも分からないじゃない! 勝手なことを言わないで」

 心臓がどくどくと騒ぎ出す。一瞬にして全身から酸素が消失したように息苦しくなった。

「ごめん、水波……」

 違う。謝ってほしいわけじゃない。

「私は……」

 身体を折り曲げ、両手で自分を抱き締める。
 私は、だれかにそんなことを言ってもらえるような人間じゃない。

「私は……私は」
 苦しい。息ができない。まるで、水の中にいるみたいだ。
 過呼吸のようになって、背中を丸めた。

「はぁっ……」
「水波、ごめん。大丈夫だから落ち着いて」
 綺瀬くんが優しく私の背中をさすってくれる。

「大丈夫だから、ゆっくり息を吸って」

 苦しい。息が、できない。
 あのときの来未も、こんな感じだったのだろうか。こんなふうに、苦しんだのだろうか……。

 どれくらいそうしていただろう。過呼吸が治まる頃には、空はすっかり藍色になっていた。
 こめかみを汗がつたい落ちた。

「……毎日、あの日のことを夢に見るんだ」
「……うん」

 綺瀬くんは控えめに相槌を打ってくれる。

「来未が流されていく夢。来未が必死に助けを求めてくるのに、私は一度だってその手を取れないんだ」
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