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第1章
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石段が途切れると、目の前に大きな朱色の鳥居が現れた。
くぐり抜けると、広場の中央に櫓が建っている。その櫓を取り囲み、浴衣を着た人たちが楽しげに盆踊りを踊っていた。
戦隊もののキャラクターのお面を付けて踊る子供。
ゆったりと優雅に舞う老人。
親子で、友達同士で、カップルで。それぞれ楽しそうに笑いながら櫓の周りを回る人たち。
……楽しそう。
そう思うけれど、その中に入ろうという気にはならない。
屋台のりんご飴も、かき氷も、お好み焼きも、食べたいと思わない。
今、私の中にある欲求はただひとつ。
死にたい。
それだけだった。
お祭りが催されている広場を抜け、神社の後ろ側へ行くと、またさらに石段が現れた。
こんな場所あったんだ……。
地元だけれど、初めて来る場所だ。いったいこの石段はどこまで続いているのだろう。
両脇の木が、石段を覆うように青々と繁っている。
木々がざわめくその石段を、私はなにかに誘われるように、ただひたすら昇った。
どれくらい昇っただろう。いつの間にか、お囃子の音はほとんど聞こえなくなっていた。
石段を昇り切ると、突然視界が明るくなった。
それまで生い茂っていた木々はすべて切り倒されていて、そこだけぽっかりと開けた空間が現れる。
進むと、燃えるような夕焼けと喧騒にまみれた見慣れた街の景色が広がっていた。
街の向こうにある大きな山と、さらにその向こうにあるオレンジ色の大きな太陽、分厚い入道雲。
車のクラクション。信号機の音。だれかの笑い声。
ぜんぶが、遠い。街も、人も、未来も……過去すら――。
かさりと音がした。
音のしたほうへ目を向けると、少し先に転落防止用の柵があった。錆びて色が変わり、傾いている様子は心もとない。
そっと足を踏み出して、そこへ向かう。下を覗くと、その高さに目眩がした。
ふと、思う。
ここから落ちたら、死ねるだろうか。死んだら、あの子に会えるだろうか。私が死んだら、あの子の心は、あの人は救われるだろうか……。
私も……楽に、なれるだろうか。
足が動く。さっきまでと違って、足取りは驚くほど軽い。
柵を越える。
そっか。私は、ずっとこうしたかったんだ。
この先には、きっと私にしか行けない道があるんだ。
そこはきっと私が楽になれる場所。あの子に会える場所。あの視線から、ため息から開放される安らかな場所。
足を前に踏み出した。
足場のない空間に浮いた足は、重力に沿って落ちていく。目を瞑って、すべてを遮断する。
風が私の体を包み込もうとした、次の瞬間。
「なにしてるの!」
突然、腕に痛みが走った。
驚いて目を開く。振り返る間もなく、ぐっと乱暴に腕を引かれ、息を詰める。
キィ、と錆びた柵が音を立てた。
その場に倒れ込んだ私は、呆然と顔を上げた。そこには藍色の浴衣を着た男の子がいた。赤色の狐のお面を被っているため、顔は分からない。
「……だれ?」
訊ねると、男の子の喉仏がわずかに上下して、掴んだ腕の力をゆるめた。けれど、ここが柵の外側であることを思い出したのか、すぐに力がこもる。
男の子は私の腕を掴んだまま、仮面を少し横にずらした。
目が合う。
仮面の下から半分だけ覗いた素顔は、ハッとするほど整っていた。切れ長の瞳に、すっと通った鼻筋。上品な唇はきつくきゅっと引き結ばれていた。
さらさらとした黒髪が夏風に揺れている。
同い年くらいだろうか。たぶん知らない子だ。私は眉を寄せて、睨むようにその子を見返した。
「なに? 手、痛いんだけど」
強く抗議するが、しかし、男の子の手の力が緩まる気配はない。
「とにかく、こっちきて」
「あっ……ちょっと!」
さらに強い力で、半ば引きずるように柵の内側へ引っ張られた。そのまま地べたに落ちると、男の子はようやく私から手を離した。
くぐり抜けると、広場の中央に櫓が建っている。その櫓を取り囲み、浴衣を着た人たちが楽しげに盆踊りを踊っていた。
戦隊もののキャラクターのお面を付けて踊る子供。
ゆったりと優雅に舞う老人。
親子で、友達同士で、カップルで。それぞれ楽しそうに笑いながら櫓の周りを回る人たち。
……楽しそう。
そう思うけれど、その中に入ろうという気にはならない。
屋台のりんご飴も、かき氷も、お好み焼きも、食べたいと思わない。
今、私の中にある欲求はただひとつ。
死にたい。
それだけだった。
お祭りが催されている広場を抜け、神社の後ろ側へ行くと、またさらに石段が現れた。
こんな場所あったんだ……。
地元だけれど、初めて来る場所だ。いったいこの石段はどこまで続いているのだろう。
両脇の木が、石段を覆うように青々と繁っている。
木々がざわめくその石段を、私はなにかに誘われるように、ただひたすら昇った。
どれくらい昇っただろう。いつの間にか、お囃子の音はほとんど聞こえなくなっていた。
石段を昇り切ると、突然視界が明るくなった。
それまで生い茂っていた木々はすべて切り倒されていて、そこだけぽっかりと開けた空間が現れる。
進むと、燃えるような夕焼けと喧騒にまみれた見慣れた街の景色が広がっていた。
街の向こうにある大きな山と、さらにその向こうにあるオレンジ色の大きな太陽、分厚い入道雲。
車のクラクション。信号機の音。だれかの笑い声。
ぜんぶが、遠い。街も、人も、未来も……過去すら――。
かさりと音がした。
音のしたほうへ目を向けると、少し先に転落防止用の柵があった。錆びて色が変わり、傾いている様子は心もとない。
そっと足を踏み出して、そこへ向かう。下を覗くと、その高さに目眩がした。
ふと、思う。
ここから落ちたら、死ねるだろうか。死んだら、あの子に会えるだろうか。私が死んだら、あの子の心は、あの人は救われるだろうか……。
私も……楽に、なれるだろうか。
足が動く。さっきまでと違って、足取りは驚くほど軽い。
柵を越える。
そっか。私は、ずっとこうしたかったんだ。
この先には、きっと私にしか行けない道があるんだ。
そこはきっと私が楽になれる場所。あの子に会える場所。あの視線から、ため息から開放される安らかな場所。
足を前に踏み出した。
足場のない空間に浮いた足は、重力に沿って落ちていく。目を瞑って、すべてを遮断する。
風が私の体を包み込もうとした、次の瞬間。
「なにしてるの!」
突然、腕に痛みが走った。
驚いて目を開く。振り返る間もなく、ぐっと乱暴に腕を引かれ、息を詰める。
キィ、と錆びた柵が音を立てた。
その場に倒れ込んだ私は、呆然と顔を上げた。そこには藍色の浴衣を着た男の子がいた。赤色の狐のお面を被っているため、顔は分からない。
「……だれ?」
訊ねると、男の子の喉仏がわずかに上下して、掴んだ腕の力をゆるめた。けれど、ここが柵の外側であることを思い出したのか、すぐに力がこもる。
男の子は私の腕を掴んだまま、仮面を少し横にずらした。
目が合う。
仮面の下から半分だけ覗いた素顔は、ハッとするほど整っていた。切れ長の瞳に、すっと通った鼻筋。上品な唇はきつくきゅっと引き結ばれていた。
さらさらとした黒髪が夏風に揺れている。
同い年くらいだろうか。たぶん知らない子だ。私は眉を寄せて、睨むようにその子を見返した。
「なに? 手、痛いんだけど」
強く抗議するが、しかし、男の子の手の力が緩まる気配はない。
「とにかく、こっちきて」
「あっ……ちょっと!」
さらに強い力で、半ば引きずるように柵の内側へ引っ張られた。そのまま地べたに落ちると、男の子はようやく私から手を離した。
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