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「珠!」
 橘花の声に、珠が顔を上げる。
「お、奥さま……?」
 驚く珠の背後で、メイド長は引き攣った顔をして礼をした。橘花と、その横にいた白玖に気付いたのだ。
「これは、若さま。奥方さままで……」
 橘花は庇うように珠の前に立つと、メイド長を睨みつけた。
「あなた、私のお付になんてことをするの」
「あれは……その、教育でございます。この子は覚えが悪くて……」
「教育? 打つのが?」
 橘花はメイド長に聞き返す。
「珠は私の世話に関して、なにも問題はない。それに、失敗したからといって、なにもぶつことないでしょう。教育係だからって、なんでもやっていいわけじゃないはずよ」
「それは……」
「珠にじぶんの仕事まで押し付けて……私のお付の件だって、最初はメイド長に任せた仕事だったと聞いたけれど」
「それは……」
「珠」
 白玖が珠の手を掴む。袖を捲りあげた。珠の肌には、痣がいくつもあった。白玖は眉間に皺を寄せた。痣を指でなぞると、珠は痛かったのか、びくりと肩を震わせた。
「これは、メイド長にやられたのか?」
「…………」
 白玖が問うと、珠は泣きそうな顔をして頷き、そのまま俯いた。
「なっ……珠! あなたよくも私を……」
 メイド長は顔を真っ赤にして珠に詰め寄る。すかさず白玖が背中に珠を隠した。
 白玖の眼差しに怯んだように、メイド長は言葉を飲んで後退る。縋るようにメイド長は橘花を見た。
「っ……奥方さま、違います! 私ではありません! 珠は嘘をついております。私を陥れようと……」
 言い訳を始めるメイド長に、橘花は冷ややかな視線を送る。
「私は、珠の言うことを信じる。この子は嘘は言わないもの」
 はっきりと告げると、メイド長は悔しそうな顔をして、小さく舌打ちをした。
「……贄の花嫁のくせに」
 メイド長は蔑むような視線を私に向ける。
「…………」
 言葉を失くす橘花に、メイド長はふっと鼻で笑った。
「あなた、この屋敷のメイドたちになんて言われてるか知ってる? 毒妃って呼ばれてるのよ。毒で若さままでたぶらかした忌まわしい毒妃。目障りだからさっさと死んでくれないかしら」
「今、なんと言った?」
 身震いするほど、低い声がした。
 白玖がメイド長の前に立つ。冷ややかな眼差しで、彼女を見下ろした。
「俺の花嫁を罵倒するのは許さな――」
 白玖がメイド長を叱りつけようとしたときだった。珠がメイド長の前に飛び出し、その身体を突き飛ばした。
「きゃっ!? ちょっと、なにするのよ!!」
「撤回してください!」
 珠は顔を真っ赤にして、メイド長に覆い被さる。
「奥さまは毒妃なんかじゃない! とっても優しいひとです! 撤回して!」
 珠は泣いていた。橘花は、声を荒らげた珠に呆然とする。
「た、珠、落ち着け」
 橘花と同様、一瞬呆然とした白玖だったが、ハッと我に返ると珠をメイド長から引き剥がした。
「奥さまはだれより素敵なひとです!」
 白玖に押さえつけられながらも、それでも珠はじたばたともがきながら、メイド長に叫んだ。
「突然叫んで……なんなのよあなた! 私にこんなことしてただで済むと思ってるの!?」
「珠。大丈夫だ。橘花のために怒ってくれてありがとう」
「う……若さま」
 白玖は珠の頭を優しく撫でると、メイド長の前に再び立った。
「ただで済まないのはお前だ」
 白玖の眼差しに、メイド長がハッとする。途端に肩を落とし、俯いた。
「浅、今の珠への暴行と花嫁への暴言は、次期当主として到底看過できるものではない」
 白玖の口調は厳しいものだった。
 本来なら、長としてメイドたちを導かなければならない立場だ。そんな人間がいじめを主導していたなど言語道断である。じぶんへの暴言は置いておいても。
「メイド長は変える。それから浅、しばらくの間謹慎を命ずる」
「…………」
「返事は」
「……はい。申し訳ございませんでした……」
 白玖がメイド長に下した処罰は、寛大なものだった。
 花嫁のメイドに日常的ないじめを行っていたのだ。ふつうなら、屋敷を追い出されてもおかしくないことである。
 しかし、橘花は正式な花嫁ではない。花嫁という位はあるものの、結局は七日後には死ぬ贄である。
 だから白玖は、この程度で済ませたのだろう。珠の今後については白玖のことだから配慮があるだろうが、これからのことを思うと、橘花は複雑な気持ちになった。
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