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「私は、とても悪いことをした。もうアトランティカの王妃でいる資格はない。シュナの母親でいる資格もないわ」
『そんなことないわ! お母様がいなくなるなんていやよ!』
「それにね、アーノルド。あなたには、今度こそ好きなひとと一緒に過ごしてほしいの」
「コルダ……?」
 王妃様は涙を滲ませながら微笑んだ。
「待ってくれ、コルダ……」
「ごめんなさい。私、もう決めたの」
 好きなひとって、もしかして……。
 私はちらりとグラアナを見た。グラアナは険しい顔をして、王妃様を見つめている。
 きっと、王妃様はグラアナが国王様と一緒になれるように身を引こうとしているんだ。
 どうしよう。こんな状況になるなんて思ってもいなかった。
 ひとりおろおろしていると、グラアナが口を開いた。
「……悪いけど、私はもうアーノルドをなんとも思っていないわ」
 え?
 グラアナは無表情のまま、王妃様を見下ろした。
「アーノルドとの恋はもう過去の話。初恋は、思い出だから美しいものよ」
「……でも」
 グラアナは王妃様にそっと近付き、ふふっと笑った。
「それにね、王妃様。アーノルドは、とっくにあなたにベタ惚れよ」
「え……?」
 王妃様が驚いて目を見張る。
「……そうだよ、コルダ。好きなひとと過ごしてって言うなら、僕は余計君と別れることはできない」
「え……?」
 国王様は王妃様の手を取り、真剣な眼差しを向けた。
「僕が愛しているのはコルダ、君だけだよ」
 王妃様は戸惑うように目を泳がせる。
「でも……あなたは、国のために私を選んだのでしょう?」
「違う。僕は王国を選んだ時点で生涯君だけと決めていたんだ。僕は、これから先もずっと君を愛すると誓うよ。だから、別れるなんて悲しいこと言わないでくれ」
「アーノルド……」
 国王様は、涙する王妃様を優しく抱き締めた。
 とっても素敵な夫婦だと思ったけど、ちょっと複雑かも。
 だって、ここにはグラアナがいるから……。
 きっと、グラアナは今でも国王様のことを愛してる。それでも、嘘をついたんだ。ふたりのために……。
 グラアナを見る。グラアナは、思いの外優しい顔をしていた。でも、瞳には白い涙が浮かんでいる。
「……グラアナ。大丈夫?」
 そっと声をかけると、グラアナはパッと私から顔を背けて、目元を拭った。
「なにが?」
 なにがって……。
 まったく素直じゃないんだから。ま、そういうとこはグラアナらしいけどさ。
「……ありがとう」
 ぼんやりとシュナたちを眺めていると、隣にいたグラアナがぼそっとなにかを呟いた。
「え? グラアナ、なにか言った?」
 聞き逃して聞き返すと、グラアナはつんとして、
「べつになんでもないわ。バカって耳もつんぼなのね。かわいそ」
「なっ!! ひどい!」
 いきなり喧嘩腰! なぜ!?
「……あら、あなた、頭にゴミついてるわよ」
 グラアナは突然私の頭をぐしゃぐしゃと撫で回し出した。
「わぷっ!」
「あー髪に絡まっちゃってるわねぇ」
 さらにぐちゃぐちゃされる。
「いやいや、絶対ゴミ取る気ないでしょ!」
 ばっと手を払い除けると、グラアナはふふっと笑った。
「なにさ!」
「あなたって、よく見たら可愛い顔をしてるのね」
「はっ……はぁ!? なに、いきなり!」
 さっきからグラアナがよく分からない!
「あら、怒らないでよ。褒めてやってるんじゃない」
「褒められてる気がしないよ~。というか、もう離してよ~髪がぐちゃぐちゃだってば!」
 私の頭を撫で回しながらからからと笑うグラアナは、どこかさっぱりしているように見える。
 元気そうな姿にホッとした。
 でも、髪をぐちゃぐちゃにするのはやめてほしいけどね!
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