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夜の海

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 船の外に出て、先端へ向かう。
「よし。この辺りでいいかな」
 いよいよだ。
 心臓がちょっとバクバクする。
 緊張する~!
「えいっ!」
 パンッ!
 自分の体から小気見良い音がする。ほっぺを両手で叩いて気合いを入れ直すと、私は大きく息を吸った。
「ラララ……ララ」
 時折、ひんやりと冷たい海水が肌を撫でていく。
「ラララ……」
 しーん……。
 歌いながら、薄目を開けて辺りの様子を見てみるけれど、全然、ちっとも異変はない。
 ……あれ~?
「おかしいな……歌、ちゃんと歌ってるのに」
 声が小さいとか?
 もういいや。この際直接話しかけちゃえ!
「おーい、グラアナ~! ここにマーメイドがいるよ~。歌ってるよ~! 出ておいでよ~。ルールルル~」
 しーん……。
 出てこない。なにも起きない。
 いや、おかしいでしょ。こんなプリティなマーメイドが歌を歌ってるっていうのに放置かい!
「おいこらグラアナッ!! 無視か! 無視すんのかっ! ほれほれ出てこいやっ!」
 力の限り叫んだ、そのとき。
 どこからか、おどろおどろしい黒い海流が吹き出してきた。
 それは、透明だった海水をどこか遠くへ追いやるように、もくもくと私の周りに充満していく。
「わわっ! 来た来た!」
 黒い海流はあっという間に周囲を真っ黒に染め上げた。
 水温がぐっと下がった。
 ゴゴゴゴゴッ!!
 その直後、地割れのような音とともに、ものすごい威力の突風のような海流が流れ出した。
「っ……きゃっ!」 
 海流の凄まじい勢いに目を開けていられず、両手で顔をガードして耐える。
 息が苦しくなってきた。
「うぐっ……」
 海流は水煙を上げ、ぐるぐるととぐろを巻いている。
 どうしよう、闇の中に閉じ込められちゃった! 抜け出さなきゃ!
 私は急いでステッキを出した。
「ロジカル・マジカル! 霧よ、晴れろー!」 
 しかし、黒い海流はビクともしない。
「……あ、あれぇ? おかしいな……」
 冷や汗が吹き出す。
 どろ……っと、嫌な水が肌を撫でた。
 と、そのとき。ふふ、とどこからか声が聞こえた。
『――愚かな小娘よ。お前の望み通り、きてやったぞ』 
 黒い霧のような渦の中から深い声がする。
 こわっ! 声だけで既にこわいよっ!
「あ、あなたがグラアナ?」
 ひよっていることがバレないよう、精一杯声を張った。
『そうだ。私がグラアナ。今からお前の魔力をすべて吸い取ってやる魔女の名前だ』
 うぐっ、出た~!!
 思わず足(尾ひれ)を引きそうになる。
 ゴゴゴゴゴッ!!
 再び地響きのような音がした。
「きゃっ……!? なっ、なに!?」
 岩が鳴り、地面がごろごろと揺れ……目の前に、巨大ななにかが現れた。
「わわわっ……なにこれ!? 龍!?」
 黒い海流は大きな龍のような姿になって、私に牙を剥いている。
 こうなったら……!!
「ロジカル・マジカル! シャチよ、出てきて! 私を守って!」
 さらさらと星のシャワーが降りそそぐ。
『ギュィィイ!』
 私とシャチの間に、大きなシャチが現れた。
「よしっ!」
 ガッツポーズをする。
 よかった! 今度は成功した!
 ホッとしながら、私はシャチに指示を出す。
「シャチさん、あの黒い龍を倒して!」
『キュイィ!』
 シャチは頷くように声を上げ、とぐろを巻く黒い龍に向かっていく。
『グァァアッ!!』
 シャチは青白い炎のようなオーラを放ちながら、龍に噛みつき、ぐいぐいと押しのけていく。
 黒光りする龍はシャチに噛みつかれ、ゆっくり、スローモーションのように海底に倒れ込んだ。
 ドゴォォォオッ!
 どろん、と大きな水煙が暗く不確かな視界をさらに曖昧にする。
「よし、今のうち……!」
 シャチが龍の相手をしてくれている間に、私はグラアナを探そうと辺りを泳ぎ回る。
 けれど、グラアナの姿は全然見当たらない。 
「ちょっと、どこにいるのよ……! 自分だけ顔を見せないなんて卑怯なんじゃない!? 出てきなさいよ!」
 大きく叫ぶと、龍の動きがぴたりと止まった。
『……卑怯、だと?』
 静かな声だった。静かだけれど、恐ろしいくらいに低い声だった。
「う……な、なによ」
 なんか、まずかったかも……。
『ふざけるな……! なぜ私が卑怯者などと罵られなければならないっ!』
 龍が大きく動いた。
 海流がそれまでよりさらに強く動き出し、私を襲う。
「……きゃああぁっ!」
 あまりの勢いに耐えられず、吹き飛ばされる。
 大きな渦に巻き込まれ、感覚が分からなくなる。
 それまで辺りを包んでいた青白い光が、ふわっと消えた。直後、漆黒の炎が海底一面を焼き尽くした。
「え……」
 嫌な予感がして振り返る。
 私が魔法で生み出したシャチが倒れていた。
「そんなっ……!!」
 ゆらゆら揺れていた海藻はちりちりに燃え、貝たちは我が身を守るため、パカッと殻を閉じる。
『私を……』
 どこからかグラアナの声がする。
『私を……』
 なにかを押し殺したような、はたまたなにかを必死に吐き出そうとする苦しげな声に、ぐっと息を飲む。
 この、苦しげな声は。
 私もよく知っている――。
「……グラアナ……? どうしたの? 苦しいの?」
『私を、侮辱ぶじょくするなぁぁぁああっ!!』
 直後、一際大きな黒い海流が私を包んだ。
「きゃぁぁぁあっっ!!」
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