上 下
11 / 51
海の王国

5

しおりを挟む

 一息つくと、シュナは静かに話し始めた。
 話によると、シュナは声が出せないわけではないらしい。
 シュナの声は特殊で、声自体は出せるのに発した声はなぜだか誰にも届かないのだという。
 理由は、海に住むという悪い魔女、グラアナ・サンダースに、声に宿る魂を奪われてしまったから――。
『そう、幼い頃お母様から言われたわ』
 物心ついた頃から自分の声が誰にも届かなかったシュナは、友達もできず、自分の気持ちを伝えることもできず、いつもこの沈没船の中でひとり寂しく歌を歌っていた。
 いつか誰かにこの声が届くことを信じて……。
『半分、諦めていたのだけどね。そうしたらあなたたちが来たから驚いたわ』
「……いやいや! なにそれっ!? グラアナって超最低な魔女じゃない!? 星の原石を独り占めするだけじゃなく、シュナの声も奪うなんて、魔女の風上にもおけないよっ!」
 ぷんっと怒ってみせると、ヒュ~とどこからかなにかが飛んでくるような音がした。
 そして、
 コツン!
「イタッ!」
 どこかから、空き缶が飛んできた。
「え、なに?」
 誰が投げたの? 見事に私の頭にクリティカルヒットしたんだけど。
 辺りを見るけれど、もちろん私たち以外には誰もいない。
 ……となると。
「ちょっとドロシー、痛いよ!」
「って、私じゃないよ! それより火花ちゃん、ちょっと!」
 ドロシーはくわっと目と口を大きく開くと、私の腕をグイッと引き寄せて小声で言った。
「なにこれ!? 今のこの状況、ぜんっぜん意味分からないんだけどっ!?」
「あわわわわっ……」
 ド、ドロシーがキレた……。
「ご、ごめんごめん……」
 苦笑いで謝ると、ドロシーも我に返ったようにコホン、とひとつ咳払いをした。
「ちゃんと説明して!」
「は、ハイハイ……」
 若干まだ怒ってるドロシーに、私はシュナから聞いた話を簡単に説明した。
 シュナはユーレイではないということ。
 海の王国アトランティカのマーメイドプリンセスだということ。
 それから……海の魔女に声を奪われてしまったらしいということ。

 ドロシーは話を聞き終えると、驚いたようにシュナを見つめた。
「シュナちゃん、可哀想……」
 シュナから聞いた話をドロシーに伝えると、ドロシーはぽろぽろと涙を流していた。っていっても、水の中だから涙は見えないんだけど。
「シュナちゃん……!!」
『わっ……』
 シュナは驚いてよろけながらも、抱きついたドロシーを受け止めた。
「ごめんね、シュナちゃん! 私、なんにも知らずにシュナちゃんのことユーレイだなんて思って……必死に上げていた叫びを怖いだなんて、私最低だった……これじゃあなたから声を奪った魔女となにも変わらないよね! 本当にごめんなさい!」
 ガバッと頭を下げたドロシーの手を握り、ふるふると首を横に振った。
『いいの。分かってくれてありがとう』
 シュナの声は泡になって、ドロシーの耳には届いていないけれど、きっとその思いは伝わったのだろう。ドロシーはこくんと頷いた。
 シュナの苦しみは、私ではとても理解することはできないけれど……想像することはできる。
 足元に散らばった真珠を見る。
 ここに散らばった真珠全部、シュナの涙なんだよね……。
 これまでいくら叫んでも、自分以外の誰にも届かなかった声の結晶。辛くても、悲しくても寂しくても、誰にもわかってもらえなくてあふれた叫び。
 家族にさえも……。
「…………家族、かぁ」
 ぽつりと独り言が漏れた。
「火花ちゃん? どうしたの?」
「あっ……いや、なんでもない」
 私は慌ててドロシーとシュナに笑顔を向けて誤魔化した。
「とにかく、シュナのことを助けよう!」
「そうだね……でも、どうやって?」
「海の魔女、グラアナに会いに行く!」
「だから、どうやって? それに、グラアナに奪われたはずの声が、どうして火花ちゃんには聴こえるの?」
『私も、不思議に思ってた。お母様すら私の声を聴き取れないのに』
「それはもちろん、私が特別だからじゃないかなっ!?」
 きらきらスマイルで言ってみる。
 ――と。
「……ハッ。まさか」
 ドロシーに鼻で笑われた。
 むぅ。
「……冗談はさておき、それもグラアナに聞けば分かることでしょ!」
 えっへんと胸を張って言うと、シュナは眉を八の字にして言った。
『でも、居場所が分からないわ』
「イルカさんはグラアナは深海にいるって言ってたよ」
『深海は光もないし、闇雲に探すなんて無茶よ』
「むぅ……」
「もう少し情報を集めないと、グラアナの居場所を突き止めるのは難しいね」
 シュナがこっくりと頷く。
「それならまず、グラアナの情報集めだっ! 魔女って言うくらいだから、学校図書館に行けばなにかしらの情報が得られるんじゃない!?」
「図書館か……それはありかも」
「このまま魔法で学校に瞬間移動しちゃう?」
「火花ちゃん、そんな高度な移動魔法できるの?」
「うん! 今ならできる気がする!」
「却下! そもそも私たち学生は、学校でまだ習ってない魔法を使うのは禁止されてるでしょ! また停学になりたいの!?」
「え~きっとバレな……」
「この前、キッチンに不法侵入且つ爆発、一棟半壊させて停学! そのあとの無断外出カラオケと売店のポテチ三つまでの個数制限無視して七個買ったのがバレて停学一週間追加されたこと忘れたの!?」
『……火花……』
 シュナがえ、マジで? みたいな顔で私を見てくる。
「あはは……」
 いや、面目ない。
「それにシュナは陸に上がれないよ。足がないんだから」
 ぐぬぬ……早くも詰んだ。
「じゃあどうすればいいの~!?」
 ぐしゃぐしゃと髪を両手でかき混ぜていると、それまで黙っていたシュナが口を開いた。
『ねぇ火花、図書館ってなに?』
「あぁ」
 そっか。海の世界には本なんてもの、ないもんね。
「ごめんごめん。図書館っていうのはね……」
「図書館っていうのは、物語を文字で綴ったものとか、勉強になる数式とか魔法の呪文とかが載ってる本がたくさん置いてある場所のことだよ」
 私の言葉を遮って、ドロシーが説明する。
 するとシュナはしばらく黙り込んで、伏し目がちに瞬きをした。
『……それなら、この船にもあるよ?』
 えっ?
「あるの!? 海に図書館!!」
「うそ!?」
 まさかの展開!!
 こうして私たちは、沈没船の中にあるという図書館に向かうことになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

知ったかぶりのヤマネコと森の落としもの

あしたてレナ
児童書・童話
ある日、森で見つけた落としもの。 動物たちはそれがだれの落としものなのか話し合います。 さまざまな意見が出ましたが、きっとそれはお星さまの落としもの。 知ったかぶりのヤマネコとこわがりのネズミ、食いしんぼうのイノシシが、困難に立ち向かいながら星の元へと落としものをとどける旅に出ます。 全9話。 ※初めての児童文学となりますゆえ、温かく見守っていただけましたら幸いです。

猫のモモタ

緒方宗谷
児童書・童話
モモタの出会う動物たちのお話。 毎月15日の更新です。 長編『モモタとママと虹の架け橋』が一番下にあります。完結済みです。

こわモテ男子と激あま婚!? 〜2人を繋ぐ1on1、ブザービートからはじまる恋〜

おうぎまちこ(あきたこまち)
児童書・童話
 お母さんを失くし、ひとりぼっちになってしまったワケアリ女子高生の百合(ゆり)。  とある事情で百合が一緒に住むことになったのは、学校で一番人気、百合の推しに似ているんだけど偉そうで怖いイケメン・瀬戸先輩だった。  最初は怖くて仕方がなかったけれど、「好きなものは好きでいて良い」って言って励ましてくれたり、困った時には優しいし、「俺から離れるなよ」って、いつも一緒にいてくれる先輩から段々目が離せなくなっていって……。    先輩、毎日バスケをするくせに「バスケが嫌い」だっていうのは、どうして――?    推しによく似た こわモテ不良イケメン御曹司×真面目なワケアリ貧乏女子高生との、大豪邸で繰り広げられる溺愛同居生活開幕! ※じれじれ? ※ヒーローは第2話から登場。 ※5万字前後で完結予定。 ※1日1話更新。 ※第15回童話・児童書大賞用作品のため、アルファポリス様のみで掲載中。→noichigoさんに転載。

我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。

たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。 しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。 そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。 ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。 というか、甘やかされてません? これって、どういうことでしょう? ※後日談は激甘です。  激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。 ※小説家になろう様にも公開させて頂いております。  ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。  タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

処理中です...