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エピローグ
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じっと椿先輩を見る。それから、周囲を見回した。
――遮るものがない世界って、こんなにも鮮やかだったんだ……。
目に映す価値なんてないと思っていた世界は、あまりに美しく私の目に映っていた。
――すごく、きれい。
すべてが、額縁の中の一枚の絵のように見える。
そっと、前髪を押さえてみる。
「……ピン、借りればよかったかな」
「明日、借りたらいいんじゃない」
「……明日」
――明日か。そうか。
私には、明日があるんだ。椿先輩にも。
「顔を上げると、いろんな色があるよ」
「え……」
「下を向いてると、見えるのってアスファルトとか石とか土とか、暗くてつまらない色ばっかり。……だから、顔を上げるの。顔を上げればきっと、いろんな色があるから」
――そっか。
世界はきっと、あの頃からなにも変わっていなかったのだ。
変わったのは私。
あの頃の私はだれも信用できなくて、だれかと目が合うのが恐ろしくて、俯いてばかりいた。
少し顔を上げれば、こんなにきれいな世界が広がっているのに。そのことに気付く余裕もなかった。
「……あの、椿先輩」
「ん?」
「さっきの、本当ですか」
「さっきの?」
椿先輩が首を傾げる。
「もし私が裏切られたら、ぶん殴るって話」
じっと見つめると、椿先輩はまっすぐに見つめ返してくれた。
「うん、ほんと。手が壊れるまで殴ってやる」
なんて、大真面目な顔をして言うものだから、私はつい吹き出して笑う。
「……ふっ……怖いですね」
ふふっと声を漏らして笑うと、つられたように椿先輩も笑った。
「しずくはそうやって笑うんだね」
「え?」
「あたし、ずっと見たかったんだよ。しずくのその顔。思ったとおり、めっちゃ可愛い」
と言って、再び笑った。
「……そっちこそ」
人前で笑ったのなんて、いつぶりだろう。少し照れくさいけれど、案外いやじゃない。
「ねぇ、椿先輩」
「なぁに」
私たちは、友だちではない。恋人でも、家族でもない。
「また、駆け落ちしましょうね」
ただ同じバス停を使っていて、とある雨の日にたまたま出会って、不思議な共通点で結ばれた私たち。
「うん」
私たちは、同盟関係を結んでいる。
お互い心の窓をちょっとだけ開ける関係。弱さを見せられる関係。
奇妙で、だけど唯一無二の特別な……。
言うなれば、そう。
お互いがお互いの傘のような、冷たい雨からじぶんだけを守ってくれる、そんな存在。
「さて。帰るか」
椿先輩が私に手を差し伸べてくる。
「はい」
私はその手を取って、立ち上がった。
家に帰ったら、以前、祖母にひどいことを言ってしまったことを謝ろう。
母にもちゃんとお線香をあげて、近況報告をしよう。
それから、明日になったら牧さんにちゃんと今日の謝罪をして、精一杯バドミントンの練習をしよう。
そしてもし、もしもまだ勇気が残っていたら、牧さんのことを、優子ちゃん、って呼んでみたい。
バス停までの道を歩きながら、そんなことを思った。
状況が変わったわけではない。
大切なひとが戻ってきたわけでもない。
ただ、今日この広い大海原で叫んで、私と椿先輩の中のなにかが変わった。
ほんの、少しだけ。
見上げた先の空には、もったりとした雲が横たわっている。けれど、よく見ればそこにはわずかな晴れ間があって、星がちらちらと瞬いていた。
――遮るものがない世界って、こんなにも鮮やかだったんだ……。
目に映す価値なんてないと思っていた世界は、あまりに美しく私の目に映っていた。
――すごく、きれい。
すべてが、額縁の中の一枚の絵のように見える。
そっと、前髪を押さえてみる。
「……ピン、借りればよかったかな」
「明日、借りたらいいんじゃない」
「……明日」
――明日か。そうか。
私には、明日があるんだ。椿先輩にも。
「顔を上げると、いろんな色があるよ」
「え……」
「下を向いてると、見えるのってアスファルトとか石とか土とか、暗くてつまらない色ばっかり。……だから、顔を上げるの。顔を上げればきっと、いろんな色があるから」
――そっか。
世界はきっと、あの頃からなにも変わっていなかったのだ。
変わったのは私。
あの頃の私はだれも信用できなくて、だれかと目が合うのが恐ろしくて、俯いてばかりいた。
少し顔を上げれば、こんなにきれいな世界が広がっているのに。そのことに気付く余裕もなかった。
「……あの、椿先輩」
「ん?」
「さっきの、本当ですか」
「さっきの?」
椿先輩が首を傾げる。
「もし私が裏切られたら、ぶん殴るって話」
じっと見つめると、椿先輩はまっすぐに見つめ返してくれた。
「うん、ほんと。手が壊れるまで殴ってやる」
なんて、大真面目な顔をして言うものだから、私はつい吹き出して笑う。
「……ふっ……怖いですね」
ふふっと声を漏らして笑うと、つられたように椿先輩も笑った。
「しずくはそうやって笑うんだね」
「え?」
「あたし、ずっと見たかったんだよ。しずくのその顔。思ったとおり、めっちゃ可愛い」
と言って、再び笑った。
「……そっちこそ」
人前で笑ったのなんて、いつぶりだろう。少し照れくさいけれど、案外いやじゃない。
「ねぇ、椿先輩」
「なぁに」
私たちは、友だちではない。恋人でも、家族でもない。
「また、駆け落ちしましょうね」
ただ同じバス停を使っていて、とある雨の日にたまたま出会って、不思議な共通点で結ばれた私たち。
「うん」
私たちは、同盟関係を結んでいる。
お互い心の窓をちょっとだけ開ける関係。弱さを見せられる関係。
奇妙で、だけど唯一無二の特別な……。
言うなれば、そう。
お互いがお互いの傘のような、冷たい雨からじぶんだけを守ってくれる、そんな存在。
「さて。帰るか」
椿先輩が私に手を差し伸べてくる。
「はい」
私はその手を取って、立ち上がった。
家に帰ったら、以前、祖母にひどいことを言ってしまったことを謝ろう。
母にもちゃんとお線香をあげて、近況報告をしよう。
それから、明日になったら牧さんにちゃんと今日の謝罪をして、精一杯バドミントンの練習をしよう。
そしてもし、もしもまだ勇気が残っていたら、牧さんのことを、優子ちゃん、って呼んでみたい。
バス停までの道を歩きながら、そんなことを思った。
状況が変わったわけではない。
大切なひとが戻ってきたわけでもない。
ただ、今日この広い大海原で叫んで、私と椿先輩の中のなにかが変わった。
ほんの、少しだけ。
見上げた先の空には、もったりとした雲が横たわっている。けれど、よく見ればそこにはわずかな晴れ間があって、星がちらちらと瞬いていた。
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