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 家についたのは、それから二時間後のことだった。
「ただいま」
 言いながら引き戸を開けて中に入ると、祖母は、玄関先にある電話を使ってだれかと話をしているようだった。すぐに通話は終わり、祖母は受話器を置く。そしてちらりと私を見て、目を見張った。
「おかえりなさい……って、あなたびちょ濡れじゃない」
「……学校から歩いてきたから」
 びちょ濡れになった私を見て、祖母は一瞬顔をしかめてから、洗面所へタオルを取りに行った。
「ほら、早く拭きなさい」
 差し出されたタオルを受け取って、黙ったまま濡れた制服や身体を拭いた。
「……しずくちゃん、」
 祖母が私の名前を呼ぶ。
「なに」
「もうすぐお母さんの命日でしょう。だから、今年は一緒に……」
 お墓参りに行きましょう。そう言われる前に、私は祖母の声を遮った。
「行かない」
「しずくちゃん」
「行きたいなら、ひとりで勝手に行けばいいでしょ。私を巻き込まないでよ」
「巻き込むってあなたね……じぶんの母親の命日でしょう」
「はぁ?」
 苛立ちで、声が震えそうになる。
「母親? 子どもを置いて自殺したあのひとが? 子どもがその生い立ちのせいでいじめられてるのに、じぶんだけさっさと死んだあのひとが?」
「それは……たしかに、あなたも辛い思いをしたかもしれないけれど……あの子だって辛かったのよ」
 あなたも辛い思いをしたかもしれないけれど?
「……なにそれ。私より、あのひとのほうが辛かったって言いたいの? だから、自殺を許せって? ふざけないでよっ……! だったら産まなきゃ良かったじゃない! 勝手に産んで、勝手に死んで、残されたこっちはずっと後ろ指を指されて生きてきたんだよ! あのひとのせいで私は、ふつうにすらなれないの! 私のほうがずっとずっと辛いんだよ!!」
「それは……ごめんなさい、しずくちゃん……」
 祖母が言葉につまるのを見て、どうしようもない苛立ちが込み上げてくる。
「……っ、もういい。お風呂入ってくる」
 それだけ言って、私は脱衣所に逃げ込む。荒々しく扉を閉めると同時に涙が出そうになって、私は奥歯を強く噛み締める。
 ――バカじゃない。祖母に言ったって、なんにもならないのに。
 洗面台に手をついて、心を落ち着けるようにゆっくりと息を吐く。
 私はいったい、どうしてここにいるんだろう。
 祖母は昔の母の話ばかり。
 あの子は昔は素直で優しくて、とってもいい子だった。いい子だったから、あんな男に騙されたの。すべてあの男が悪い。
 いつも、そう言う。
 でも、私がお腹に宿ったとき、産むという選択をしたのは母だ。
 私を産めば、あの男がじぶんを見るとでも思ったのだろうか。そんなわけないのに。
 母は素直だったんじゃない。ただ無知で、おろかだったのだ。
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