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――ブォォォ。
化け物のような音を出して、バスがやってきた。
プシュッと空気の抜けるような音とともに、乗り口が開く。
乗り込もうと立ち上がるが、となりで一緒にバスを待っていた彼女は目を閉じたまま、起きない。
乗らないのだろうか。でも、バスは一時間に一本。これを逃したら、また一時間、この場所で待つことになる。
「あの……」
小さく声をかけるが、女生徒は起きない。肩を叩こうかとも思ったが、それはなんとなく申し訳ない気がした。
そうこうするうち、バスがクラクションを鳴らす。
バスの乗り口を見ると、その先の運転席にいる運転手と目が合った。
乗るならさっさとしろ。
運転手の目が言っている。
――どうしよう。
なにも言えず、そのまま突っ立っていることしかできない私の前で、バスの扉が閉まる。
結局、私まで乗り過ごしてしまった。
バスのおしりを眺めながら、ため息をついてバス停のベンチを振り返ったときだった。
女生徒が目を開けてじっと私を見ていた。
「わっ」
思わず驚きの声が漏れ、慌てて両手で口元を押さえる。
――え、なにどういうこと? もしかしてこのひと、ずっと起きてた?
女生徒はバスが来ていたことに気づいていて、さらに私が声をかけたことにも気づいていたのかもしれない。
――じゃあ、わざと乗らなかったってこと? なんで?
長いまつ毛を何度か揺らして、女生徒がふとバス停の前に立っていた私を見上げる。
「座る?」
あの日と同じ、雨音に遠慮するようにひそやかな声だった。
「……ありがとう、ございます」
私は戸惑いつつも、再びとなりに腰を下ろした。
次のバスが来るまで、あと一時間。
どうやって時間を潰そうか考えていると、声をかけられた。
「ねぇ、あんた」
びくりとする。
「なんで乗らなかったの、バス」
乗らなかったわけじゃない。乗れなかったのだ。だれかさんのせいで。
言いたかったけれど、結局私の口はなにも言葉を紡がない。
「よかったらだけど」
女生徒が無視する私にかまわず続ける。
「あんた、あたしと同盟組まない?」
「――へ?」
――どうめい? ドウメイ? あ、もしかして、同盟?
私は、聞き間違いかと耳を疑った。
「あの……どういうことですか?」
おそるおそる訊ねると、彼女は言った。
「ひとりぼっちの似た者同士、あ、雨宿り同盟とかど? なんかよく会うじゃん、特に雨の日にさ」
「……?」
意味が分からない。命名のセンスも、似た者同士、というのも。
「え、なに。まさかあんた、あたしのこと知らない?」
こくりと頷くと、彼女はさらに驚いた顔をした。
当たり前だ。知るわけがない。
「あたし、雪女よ」
「……は……?」
「スキー部の雪女。噂くらい知ってるでしょ」
スキー部。雪女。その言葉でピンときた。
彼女は、『雪女センパイ』だ。彼女は、昨年起こってしまった悲劇の事故の生き残りなのだ。
このひとが。
「……もしかして、昨年事故があったスキー部の……元部員、ですか?」
その表現が正しかったのかどうかは分からない。ただ、それ以外の言葉が頭に浮かばなかった。
「そ。全校生徒に知られてると思ってたのに、そんな反応なのね」
『全校生徒に知られてる』
さっぱりとした口調で、女生徒は言う。
「……すみません」
知らなかったことを謝ると、女生徒がくすっと笑った。
「それ、クセ?」
「え?」
「なんでもかんでも謝るの。じぶんを下げすぎるのは、よくない。傘渡したときもそうだけど。ああいうときは、『すみません』じゃなくて『ありがとう』って言うもんでしょ」
言われて初めて、じぶんが謝ってばかりだったことを自覚する。
「あ……そ、そうですよね。すみませ……えっと、ありがとうございました」
またすみませんと言いそうになって、やはりそれがじぶんのクセになっているのだと理解する。
「あんた、名前は?」
「え?」
「名前。あたしは椿みぞれ」
みぞれ。
きれいな名前。だけど、その名前は冬や雪を連想させる。だから『雪女センパイ』なのかと納得した。
「……私は、葉桜しずくです」
名乗り返すと、椿先輩は静かに微笑んだ。
「しずく。あたし、いつもここでだれかを待ってたんだ」
「待ってた?」
「あたし、ぼっちだから」
「ぼっち……」
「仲が良かった子たちはみんな部活にいたからね」
みんな、部活にいた。
それは、つまり。みんなあの事故で亡くなってしまったということだ。
このひとも、ひとり。
私と同じで、孤独なひと。
化け物のような音を出して、バスがやってきた。
プシュッと空気の抜けるような音とともに、乗り口が開く。
乗り込もうと立ち上がるが、となりで一緒にバスを待っていた彼女は目を閉じたまま、起きない。
乗らないのだろうか。でも、バスは一時間に一本。これを逃したら、また一時間、この場所で待つことになる。
「あの……」
小さく声をかけるが、女生徒は起きない。肩を叩こうかとも思ったが、それはなんとなく申し訳ない気がした。
そうこうするうち、バスがクラクションを鳴らす。
バスの乗り口を見ると、その先の運転席にいる運転手と目が合った。
乗るならさっさとしろ。
運転手の目が言っている。
――どうしよう。
なにも言えず、そのまま突っ立っていることしかできない私の前で、バスの扉が閉まる。
結局、私まで乗り過ごしてしまった。
バスのおしりを眺めながら、ため息をついてバス停のベンチを振り返ったときだった。
女生徒が目を開けてじっと私を見ていた。
「わっ」
思わず驚きの声が漏れ、慌てて両手で口元を押さえる。
――え、なにどういうこと? もしかしてこのひと、ずっと起きてた?
女生徒はバスが来ていたことに気づいていて、さらに私が声をかけたことにも気づいていたのかもしれない。
――じゃあ、わざと乗らなかったってこと? なんで?
長いまつ毛を何度か揺らして、女生徒がふとバス停の前に立っていた私を見上げる。
「座る?」
あの日と同じ、雨音に遠慮するようにひそやかな声だった。
「……ありがとう、ございます」
私は戸惑いつつも、再びとなりに腰を下ろした。
次のバスが来るまで、あと一時間。
どうやって時間を潰そうか考えていると、声をかけられた。
「ねぇ、あんた」
びくりとする。
「なんで乗らなかったの、バス」
乗らなかったわけじゃない。乗れなかったのだ。だれかさんのせいで。
言いたかったけれど、結局私の口はなにも言葉を紡がない。
「よかったらだけど」
女生徒が無視する私にかまわず続ける。
「あんた、あたしと同盟組まない?」
「――へ?」
――どうめい? ドウメイ? あ、もしかして、同盟?
私は、聞き間違いかと耳を疑った。
「あの……どういうことですか?」
おそるおそる訊ねると、彼女は言った。
「ひとりぼっちの似た者同士、あ、雨宿り同盟とかど? なんかよく会うじゃん、特に雨の日にさ」
「……?」
意味が分からない。命名のセンスも、似た者同士、というのも。
「え、なに。まさかあんた、あたしのこと知らない?」
こくりと頷くと、彼女はさらに驚いた顔をした。
当たり前だ。知るわけがない。
「あたし、雪女よ」
「……は……?」
「スキー部の雪女。噂くらい知ってるでしょ」
スキー部。雪女。その言葉でピンときた。
彼女は、『雪女センパイ』だ。彼女は、昨年起こってしまった悲劇の事故の生き残りなのだ。
このひとが。
「……もしかして、昨年事故があったスキー部の……元部員、ですか?」
その表現が正しかったのかどうかは分からない。ただ、それ以外の言葉が頭に浮かばなかった。
「そ。全校生徒に知られてると思ってたのに、そんな反応なのね」
『全校生徒に知られてる』
さっぱりとした口調で、女生徒は言う。
「……すみません」
知らなかったことを謝ると、女生徒がくすっと笑った。
「それ、クセ?」
「え?」
「なんでもかんでも謝るの。じぶんを下げすぎるのは、よくない。傘渡したときもそうだけど。ああいうときは、『すみません』じゃなくて『ありがとう』って言うもんでしょ」
言われて初めて、じぶんが謝ってばかりだったことを自覚する。
「あ……そ、そうですよね。すみませ……えっと、ありがとうございました」
またすみませんと言いそうになって、やはりそれがじぶんのクセになっているのだと理解する。
「あんた、名前は?」
「え?」
「名前。あたしは椿みぞれ」
みぞれ。
きれいな名前。だけど、その名前は冬や雪を連想させる。だから『雪女センパイ』なのかと納得した。
「……私は、葉桜しずくです」
名乗り返すと、椿先輩は静かに微笑んだ。
「しずく。あたし、いつもここでだれかを待ってたんだ」
「待ってた?」
「あたし、ぼっちだから」
「ぼっち……」
「仲が良かった子たちはみんな部活にいたからね」
みんな、部活にいた。
それは、つまり。みんなあの事故で亡くなってしまったということだ。
このひとも、ひとり。
私と同じで、孤独なひと。
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